33 突撃
「フィリアの加護で何度も助けられたというのに。こう言うべきだった――ありがとう、と」
マーテル様たちと合流してカーニャ村の祭事を終わらせ、次のマグニフィカト村へと向かう道中。
何度目か分からない魔物の襲撃の中、つい出しゃばって加護をかけてしまった私に、オルニット殿下が特大の爆弾を投げてきました。
うわわわあ!
不意打ちの殿下のキラキラオーラが殺到し、私は慌てて馬車の中に引っ込みました。
ただでさえ最近の殿下はちょっと大人っぽくなってて危険なのに!
タオル! タオル!
これ、絶対に鼻血でるから!
身体の中で大暴れする金色の光を宥め、抑え、隙を見てラエティティア様の腕輪に流して。
独り座席にうずくまってなんとか大波を凌いでいると、突然誰かの叫びが聞こえました。
「――前方に魔物の大群ッ! 奴ら、マグニフィカトを囲んでやがるッ!」
え? どういうこと――
周りを見回すといつの間にか馬車の中は私一人。
マーテル様もクラヴィス様もイネス姉さまも馬車の外に出ているようです。戦いが終わり、負傷者に治癒術を施しに出たのでしょうか。
私は慌てて馬車の出入り口に飛びつきました。
「――落ち着きなさい! 魔物の数は? そして、村の被害は?」
「はっ! 失礼しましたマーテル様。数は数百、小型から中型、村の外縁を囲んでいますが、村の中で戦いをしている気配はありません!」
馬車の外では魔物の撃退に成功した騎士さんたちが怪我の手当てや装備の点検の手をピタリと止め、揃って一点を見詰めていました。
マーテル様と一緒に後から合流した騎士さんが風竜から転げ降り、マーテル様とエンゾさんの前で膝をついていたのです。
「村はまだ襲われていないのね?」
「はっ! 村人たちは防魔柵で弓を構えて威嚇していますが、未だ戦闘には至っていないかと!」
「……それは有難いが、妙だ。何故そんなに魔物の統制が取れている? 普通は我先に突っ込んで行くものだろう」
「イェスペル、他に気付いたことはないか?」
クラヴィス様とエンゾさんが僅かに眉をひそめ、報告した騎士さんを問いただしました。
「申し訳ありません、慌てて飛び戻って来たもので――」
「――それでいいわ、イェスペル。ご苦労さま、素晴らしい情報だったわ」
マーテル様が騎士さんを労い、そして背筋を伸ばして高らかに告げました。
「皆、行くわよ! 今なら間に合うわ、背後から魔物を急襲し、村を守ります!」
「「「応ッ!」」」
普段温厚なマーテル様からは考えられない猛々しい宣言に、一糸も乱れず即座に応える騎士さんたち。
瞬時に空気が緊迫したものとなり、みな手際良く装備を確認し、次々に自分の騎竜に騎乗していきます。
固い表情のイネス姉さまが小走りで馬車に戻ってきて、クラヴィス様は馭者席にひらりと飛び乗ってきました。そして、マーテル様本人は――
なんと、マーテル様は、合流する時に乗ってきた専属の騎竜――ひと際大きな、水竜のエズメラルダちゃん――に乗っていくみたいです。
「クヌート! 馬車が壊れてもいいから全速力で村へ走って頂戴。エンゾ、ルシオラ、オルニット、貴方たちは騎乗して馬車を守って。イネス、貴女の加護は村の人たち用に温存。ルカと馬車の中で待機していて。クラヴィスはクヌートの脇、馭者席から精霊術で援護を」
巨大な水竜に騎乗し、威風堂々、矢継ぎ早に指示を出していくマーテル様。
何とも言えない威厳と迫力があります。普段は見たことがないですけれど、これが民を守る王族の顔というものなのでしょうか。若かりし時は巫女長の座にありながらも自ら魔物討伐を行い、大陸中にこの人ありと名を轟かせていたそうですが、それもすんなり頷けてしまう姿です。
「残りは飛んで、私についてきて。上空から奇襲をかけます。まずは一発、大きいのをお見舞いしてあげる」
にこ、と妖艶な微笑みを浮かべるマーテル様。
そして。
悠然と私を見て、水竜の上から手招きしてきました。
「フィリア、お願い、手伝って頂戴。貴女の加護と力があれば、中型の魔物だって一掃できるわ」
「おばあ様! まさかフィリアを乗せて戦闘に――」
「大丈夫よオルニット。私も年だもの、上から範囲攻撃術を撃つだけよ。昔のように突撃はしないわ」
え、昔は突撃してたんですか?
ちょっとびっくりです。さすがはクラヴィス様の精霊術の師匠といいますか。
エズメラルダちゃんに乗れるのは嬉しいですけれど、こ、今回はお言葉どおり突撃はナシの方向でお願いします……。
「フィリアも心配しないで。とっておきの一発があるの。上手くいけばそれだけで蹴散らせるわ。後は馬車を援護しつつ、できるだけ早く村に入る予定。きっと魔物は大混乱になるから、少しでも村を守らないと」
おお、そういうことですか。
それなら私も頑張ってお手伝いしないとですね。村の人たちを守ってあげないと。
よしっ! 私も行きますよっ!
「うふふ、頼むわねフィリア。今のうち、念のため皆に加護をかけ直してもらってもいいかしら? それが終わったらそのまま出撃よ」
「はいっ!」
私は即座に目一杯の加護を打ち上げました。
一緒に行く人たちにも後から来る馬車組の人たちにも怪我をしてほしくないですからね、私の精一杯の想いを込めた遠慮なしの目一杯です。
どよめく騎士さんたちにいつもより濃厚な加護の光が降り注いでいきます。精霊たち、ありがとう! そして皆さん、気をつけて!
降り注ぐ加護の金色の光の中、私はマーテル様が乗るエズメラルダちゃんに向かって駆け出しました。
馬車を降りる時にルカ君が「……き、気をつけて!」とすれ違い様に声を掛けてくれ、同時に繊細な暖かさを送ってくれて元気百倍です。いつも私を守ってくれるルカ君から離れることに少し胸がざわめきましたが、これからマーテル様の大事なお手伝いなのです。ルカ君も気をつけて!
「し、失礼します、エズメラルダちゃん」
「グルルル……」
深い紺色の鱗輝くマーテル様の騎竜にひと声かけて、その女王然とした巨体に登っていきます。
エズメラルダちゃんは加護の光が気持ちいいのか、喉を鳴らしながら私が登りやすいように躰を屈めてくれていますが、その背中はなにせ馬車の屋根と同じぐらいの高さがあります。あ、でもゴツゴツしてて結構登りやすいかも。
「さあ、ここに座って」
マーテル様が鞍の後ろに少しずれてくれ、そこにちょこんと座ると、後ろからぐるりと両腕を回してくれました。
「うふふ、エズメラルダはこれでも古竜の仲間なの。飛ぶのも上手いから怖くないわよ。ほら、鞍のここに掴まって、足はそこに――」
マーテル様の言うとおりにすると、確かに身体が安定します。もぞもぞとベストポジションを探っていると、ふわり、と巨大な竜体が浮き上がりました。
うわあ。
飛んだ。飛んでるよ、私!
バサリ、バサリと羽ばたく大きな紺色の皮翼。
地面がゆっくり遠ざかり、全身を包むなんとも言えない浮遊感とこみ上げる感動。
木々の梢が視線と同じ高さになって――
同行する騎士さんたちも次々に飛び立ってきました。
全部で五騎――みんな、マーテル様たちと一緒に後から合流してきた近衛騎士団の精鋭さんです――、蒼やら碧やら紅やら、それぞれ輝くような竜体が加護の残光を曳きつつ力強く羽ばたいています。
「フィリア殿! これほどの加護、けして無駄にはしません! 魔物どもが何百いようと、軽く蹴散らして御覧に入れましょう!」
火竜に騎乗している一番近くの騎士さんが呼びかけてきました。いつもマーテル様の護衛をしている無口な騎士さんです。決意で昂ったその声に続いて、他の騎士さんたちからも「応ッ!」「任せてください!」と気迫溢れる声が上がってきます。
「エンゾ、クラヴィス、途中の魔物は無視して、馬車を守ってしっかり追いついて来るのよ!」
マーテル様が地上の人たちに向かって声を掛けました。
馬車の傍らで棒立ちする殿下と一瞬だけ目が合ったような――その蒼い瞳の中に、華々しくマーテル様と飛び立つ私に対する憧憬と寂しさのようなものがちらりと浮かんでいたような――気がしましたが、続いて高らかに告げるマーテル様の声に強制的に意識が切り替わります。
「さあ! 悪しきモノから村を守るのです――女神の加護は我らにあり! 出撃!」
ガクン、と、エズメラルダちゃんが急加速しました。
上空で優雅に旋回していた穏やかさが嘘のように、高度を上げつつ北に向かって一直線に加速していきます。
抜けるような青空、眼下に広がる森、そしてその向こうに広がる荒野と、雄大に裾野を広げる未だ真っ白な雪を被った霊峰ソルス。
「いたわ!」
マーテル様の視線の先には、霊峰ソルスの懐にうごめく大規模な魔物の群れが。
かなり近いです。偵察のイェスペルさんがすぐに戻って来たのも頷ける近さ。もし私たちがあそこで止まらずに進んでいたら、じきに何も知らぬまま突入してしまっていたかもしれません。
そして、数百なのか千を超えているのか分かりませんが、どんどん数を増やしつつある無数の魔物が取り囲んでいるのは村らしき集落。あれがマグニフィカト村でしょうか。
「行くわよッ! 突撃ッ!」
マーテル様が短く叫びました。
すぐさまエズメラルダちゃんがその蒼く輝く頭を下げ、さらに加速しながら高度を落としていきます。
ぐんぐん近づく魔物の群れ。
マダラスネークがいます。さっき戦ったグレイウルフもいます。深紅の体躯の巨大熊がいます。その他、見たこともない魔物が禍々しい咆哮を上げていて――
と、その時、背筋を凍らすようなおぞましい声が脳髄に突き刺さりました。
――行ケ! 殺セ! 村ヲ埋メ尽クセ!
これまで村を囲んでいただけだったのに、堰を切ったかのように一斉に村に向かって動き出す狂乱する魔物たち。
あっという間に村の防魔柵との距離を詰めていきます。
村の人たちが防魔柵の上から次々に弓を射っていますが、狂ったように押し寄せる魔物の群れには殆ど効果がなく――
「くっ、アルビオンの民に手出しはさせないわッ! フィリア、力を貸して!」
緊迫したマーテル様の声と共に、私たちの周囲ぐるりに巨大な霊力陣が展開されました。
見たこともない複雑で鋭い模様。
これがマーテル様が言っていた「とっておき」でしょうか、上級どころではない超攻撃的な複合精霊術――
――でも、足りない。
これだけじゃ魔物の勢いを止めることができないということが、直感的に分かってしまいました。
だって――さっきの声が、普段の本能以上に魔物の心を駆り立てているから。
咆哮をまき散らし、地響きを上げて村に迫っていく魔物の群れ、薄っぺらな防魔柵の上で必死に弓を射っている村の人たち。
マーテル様の複合精霊術はきっと魔物の大半を薙ぎ倒せるけれど、でも、きっとそこまでで。
後から後から狂ったように押し寄せていく魔物全部を止め、その心を根こそぎ折って退却させるところまでは足りなくて。
そうしたら、あの防魔柵なんて――
「精霊たち! お願い、手伝って!」
無意識のうちに喉から溢れ出た絶叫。
お願い、みんな手伝って!
あの人たちを守って!
お願い――――
明日からの更新もこのぐらいの時間(19時~20時)になりそうです。




