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金色《こんじき》の巫女姫 ~イケメンとショタは乙女の敵なのです~  作者: 圭沢
第三章 「金色の巫女姫」編

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32 ルカの物語 vol.5

「どうしたッ! そこまでかッ!」

「――まだっ!」

「っと、今のは良かった。天性のものか」


 アルビオン王国の北深く、霊峰ソルスに程近いカーニャ村。

 昨日到着したばかりのその翌朝、早い時間。目の前には剣を持って仰け反った貴公子と、その後ろで腕組みをする偉丈夫。

 貴公子が瞬時に体勢を立て直し、豪奢な剣を振りかぶって――




 僕の名前はルカ。

 鍛冶屋のラヴァルさんの弟子なんだけれど、何故かアルビオンの神殿に乞われ、臨時の護衛見習いのようなものになってしまった。

 今は神殿騎士団のエンゾ隊長に剣の指導をつけてもらっていて、剣を合わせている相手はなんと、この国の第一王子、オルニット殿下だ。


「――ぐはっ!」

「どうしたルカ、攻撃の後が甘いぞ!」

「相手をよく見ろルカ。剣に振り回されるな」


 この二人は本当に僕に良くしてくれる。

 今だってわざわざ早起きして付き合ってくれているんだ。


 今の立場を正式に言うと、臨時の護衛兼側仕え。

 しかも相手はフィリア様だ。巫女長様からその話を聞いた時、僕は即座に頷いてしまった。 

 驚くほど高額のお給金も貰えるらしいけれど、そんなものは関係ない。いや、関係なくはないけど、何よりあのフィリア様の傍にいられるんだ。ちらりとラヴァルさんの顔が浮かんだけれど、村巡りが終わるまでのことだし、どのみち一人では帰れないから。


 側仕えに関しては、礼儀も貴族の作法も知らないこの僕に何の冗談かと笑っちゃうぐらいだけれど、護衛の方ならなんとかなるんじゃないだろうか。いざという時の盾ぐらいにはなれると思う。


 だから僕はこうして、エンゾ隊長にお願いをして剣の稽古をつけてもらっている。

 何故かやたらと親身になってくれるオルニット殿下も、僕の行動を知ると何も言わずに付き合ってくれた。殿下は僕と同い年だけどすらりと背が高く、剣の腕前も一級品だった。幼い頃から血の滲むような努力をしてきたらしい。その他にも教養やら精霊術やら全てが完璧で、僕なんかが近寄ることすらおこがましい程に優秀で誇り高い御方だ。


 そんな雲の上の人が、気さくに僕に付き合ってくれている。


 精霊院に行く前に精霊と契約をしたという共通点があるからか、戸惑うぐらいに僕のことを気遣ってくれる。まるで僕が同じ身分で、古くからの友人であるかのような扱いだ。

 とても畏れ多くて僕から話しかけることなんて滅多にないけれど、それでも剣の稽古だけは話が別。僕はフィリア様の盾だ。僕が努力して少しでも強くなれば、それだけフィリア様が安心して過ごせるのだから。



「そこまで!」



 エンゾ隊長が打ち合い稽古の終わりを告げた。

 もっとやりたいけど、確かに身体がもう動かない。ぜえぜえと掠れる息をまき散らし、僕はその場にへたり込んだ。


「ルカ、其方は天賦の才があるな。上達が早くて羨ましいぞ。だろう、エンゾ?」

「そうですな。私などすぐに追いつかれてしまいそうだ」

「本当か? なら俺も早くエンゾに追いついておかないとな。一本、頼めるか?」

「喜んで」


 殿下とエンゾ隊長が嬉々として打ち合いを始める中、よろよろと場所を譲る。

 ここまで差があるなんて。

 僕がこてんぱんにやられた殿下の剣を、エンゾ隊長は軽々と捌いていた。悔しさと少しばかりの嫉妬が湧き上がる。これがフィリア様の傍にいる正規の護衛騎士の力――



「……お疲れ様。朝から頑張るな」



 いつの間にか傍に立っていたのは、エンゾ隊長の部下、女性神殿騎士のルシオラさん。

 無表情で凛々しいこの人は女性冒険者の憧れの的で、ラヴァルさんのお店で嫌と言うほど噂を聞かされていた。常連パーティーのソフィさんはそれ程でもなかったけれど、一部の若い女性冒険者の間ではお姉様がお姉様が、と異様な人気だった。


 こうして間近でみるとそれも頷ける。

 上質の鋼のような鈍色の銀髪はさらりと長く、白磁のような肌に落ち着いた若竹色の瞳は怜悧な輝きを放っている。――でも、僕は知っている。この人の近寄り難さはただの人見知りで、本当は女性的で優しい人なんだ。

 だって、今もこうして――


「……風邪をひく。ふけ」


 ――騎士でもない俄か護衛の僕に、汗をふく手ぬぐいを渡してくれたりするのだから。


「……巫女様たちは昼から祝福祭だ。忙しくなる前に」

 ルシオラさんは唐突に腰の剣を外して小首を傾げた。

「……砥ぎ、頼めるか?」


 僕は小さく頷いて剣を受け取る。

 僕はこれでも鍛冶屋の弟子だ。ラヴァルさんに教わるようになってまだ半年にも満たないけれど、その前は砥ぎだけは上手な父さんにいろいろ教わってきた。研ぎにはそこそこの自信がある。剣を鍛えるのはまだまだだけど――


 ――ふと、脳裏にあの護身剣が浮かんだ。


 フィリア様に捧げた、僕の最高傑作。

 初めて鍛えた一振りだけど、この先あれ以上の物は打てないと思う。フィリア様と思いがけない再会をして王都に戻り、満を持して着手した渾身の作。


 初めのうちはラヴァルさんに教えてもらいながら槌を振るっていたけれど、いつしか忘我の境地に踏み入っていた。ラヴァルさん曰く、あれが「入神」という状態らしい。女神ラエティティア様に愛された腕の良い鍛冶職人が、一生に一度入るかどうかの鍛冶術の極み。

 ひたすら槌を振るい続け、気がついたら朝になっていた。目の前にはとてつもなく美しい刀身。信じられない思いで槌を置いた僕を、ラヴァルさんが乱暴に抱き締めてきた。号泣していた。一晩中、脇で見守ってくれていたらしい。



「……無理なら、いい」

「え、あ、ごめんなさい、だ、大丈夫です」



 僕の思考が彷徨っていたのを、ルシオラさんはためらいと勘違いしてしまったらしい。

 慌てて剣を持ち直し、するりと鞘から抜いて鍛冶士の目で刀身を点検する。


 ――そこにあったのは、刃こぼれこそないけれど、酷使されたのが明らかに分かる無数の線痕。


 そう、一昨日僕たちが合流してからも、何度となく魔物に遭遇している。

 騎士さん達曰く、ちょっとした異常事態らしいんだ。しかもどうやらほとんどが僕たちと同じく北に向かっているらしく、それはつまり、足の速い魔物が移動中の僕たちを追い越しながら襲ってくるということで。

 背後から何度も襲撃を受ける騎士さん達の苦労は素人の僕が見ても大変なものだったんだ。


「……昼の一刻前に村内の巡回に出る。それまでに出来るか?」

「え、あ、はい。だいぶ痛んでるけど、元がいいから」

「……助かる。それと」


 ルシオラさんが無表情だった頬を僅かに緩めた――微笑んだ、のかな?

 若竹色の瞳の奥に、なぜが悪戯めいた煌めきが踊っているような気がして。



「この後……宿の食堂で待機する巫女様たちの護衛に入る。そこで、砥いでほしい」



 は?

 ルシオラさん、今、何と?


「……ルカはフィリアの側仕え。離れるのはよくない。クラヴィス様も言っていた」


 え? フィリア様と一緒の室内にいろってこと?

 そりゃ食堂だったら水もあるし、場所もあるから出来ないことはないけれど。でも。


 頬が一気に熱くなっていく。いや、なんていうか、護身剣を渡した時に緊張のあまり変なことを言っちゃってて。

 受け取っては貰えたんだけど、それから顔を見れなくなっちゃたんだ。フィリア様もあれからなんだかぎこちないし、とてもじゃないけど胸がもたない。

 だから、フィリア様が安全な室内にいる間は、こうしてその近くにいればそれで――



「頑張れ、若人」



 ルシオラさんは一瞬だけ小悪魔のような笑みを浮かべ、そして颯爽と去って行った。

 エンゾ隊長と殿下の打ち合いはまだ続いていて、僕は手に残されたルシオラさんの剣とどうしようもなく乱れ出した心を抱え、その後ろ姿をしばし呆然と眺めていた。




  ◆  ◆  ◆




「まだ来るぞ! 気を緩めるな!」

「すみません殿下ッ! 一匹そっちにッ!」


 あれから二日。

 カーニャ村での土祓いを無事に終えた僕たち一行は、次の村マグニフィカトに向けて再び移動をしている。

 今日はこの間以上に魔物が多い。今、馬車の背後から湧き出てきているのはグレイウルフの群れ。馬並みの大きさ、狂気を宿した紅い目の化け物オオカミの一群だ。


 それが数十頭。

 後から後から湧き出てきていて、ヘタをしたら百頭を超えているかもしれない。


 僕たちの一行は騎士さんが八人に殿下、それと竜が十頭。

 結構な戦力だけれど、今回の魔物の勢いは凄まじいものがあって。

 奮闘する騎士さんの間を縫って、マーテル様やフィリア様が乗る馬車の方へとすり抜けてくるグレイウルフがちらほらいるんだ。



「皆さん、加護をかけます! 気をつけて!」



 予想以上の襲撃に飛び交う騎士たちの怒号の中、馬車の馭者席で身構える僕の隣に、フィリア様が馬車の窓から身を乗り出してきた。

 あれから結局まともな会話は出来ていないけれど、女神のような心根を持つフィリア様はこうして予想外の場面で自ら危険に身を晒してしまう。危ないせめて僕が盾に――


「フィリア何をしているッ! 大丈夫だ戻れッ!」


 凄まじい形相で殿下が騎竜を寄せ、抜けてきたグレイウルフを一刀の下に斬り捨てた。

 弧を描く緑の残光、風の精霊剣だ。

 僕はもう気付いている。殿下のフィリア様に向ける恋情の深さと激しさを。

 その殿下の前で、フィリア様に牙を向けた魔物が生き延びられるはずもない。殿下の想いが垣間見える、僕の胸をも抉る一振りだった。


 本当は僕も火の精霊剣が使えるようになるらしいんだけれど、今はその気配もない。

 エンゾ隊長に剣を教えてもらうようになったとはいえ、すぐに実戦で戦えるはずもなく。


 だからせめて、僕に出来る唯一のこと――身体を使ってでも、ひたすら盾に徹するんだ。


「……っ!」


 魔物から飛び散る血ですら、フィリア様には届かせない。

 顔に点々と散った黒い血潮を袖で拭い取り、背後のフィリア様の様子を窺う。大丈夫だ。


 と、本当に加護を放つらしい。

 一瞬だけ目が合って理解した。心の奥底に不思議な絆を感じるんだ。そのことにどうしようもない喜びが込み上げてくるけれど、今はそれどころではない。

 僕は邪魔にならないよう身体の半分だけずらして、何物にも邪魔させないよう無言で周囲の警戒を続けた。


「……おお!」


 背後で神々しい気配が高まり、同時に奇跡の光球が打ち上がった。

 思わず嘆声が零れる。フィリア様の金色の加護だ。


 奇跡の光球は馬車のほぼ真上で静止し、ラエティティア様の聖光もかくやとばかりの眩い光が周囲に降り注ぐ。


「加護だ! 巫女殿の加護だ!」

「一気に片付けるぞ!」


 騎士さん達とその騎竜が一斉に雄叫びを上げ、鬼神のごとき勢いで巨大狼の群れを殲滅していく。

 それぞれの身体を包む金色の光、次々に消えていく魔物たちの目の紅い光。



「――フィリア! 中に入っていろと言っただろう!」

「……え、あ……ごめんなさい」


 戦況が落ち着くなり、風竜に騎乗したままの殿下がフィリア様に詰め寄ってきた。

 途端に背後でしゅんと小さくなるフィリア様。


 そんな言い方はないじゃないか――思わずフィリア様を背中に庇ってしまったけれど、殿下の目を見て気がついた。殿下の言いたいことも分かるし、何より、僕に良くしてくれる殿下に対してなんて失礼なことをと、申し訳なさも込み上げてきて。


「……ええとその、すみません。僕がしっかりしてないばっかりに」


「……ルカ、其方の話ではない」

 殿下は僅かに硬直し、そして少し目を瞑って深々と息を吸い、やがて力なく呟いた。

「少し気が立っていたようだ。すまなかった」


 馬車の周りではエンゾ隊長が騎士たちの点呼を取り、被害の有無を確認している。

 いつの間にか馬車から降りていたクラヴィス様とマーテル様が、忙しなく怪我人に治癒術を施している。


「……今朝からの戦闘続き、やはり体力が続かないな」

 殿下が自分の手を見詰め、動きを確かめるかのように開いて閉じてを繰り返している。

「フィリアの加護で何度も助けられたというのに。こう言うべきだった――ありがとう、と」


「――ッ!」


 背後でフィリア様が息を呑み、唐突に馬車の中に引っ込んでしまった。

 ああ、今のはズルい。

 殿下のような人からあんなことを言われたら、どんな女の人の胸にだって刺さるだろう。とても僕なんかには敵わない――



「――ルカ、次のマグニフィカトの村はもう目と鼻の先らしいぞ。もうひと踏ん張り、フィリアを守ってやってくれ」



 もう、どうしてそんなに切なそうに微笑むかな。

 失礼なことをしたのは僕なのに。


 殿下はフィリア様を前にすると感情が抑えきれないようだけれど、そうでない時は努力を惜しまない本当に立派な御方だ。王都から同行してきた護衛騎士さんたちが心酔するのも分かる気がする。これが王族というものなんだろうか。

 時と場合が違ったら、僕だって殿下に忠誠を捧げていたかもしれない。

 でも、僕はもうフィリア様に――


「ルカ、そう泣きそうな顔をするな。俺はまだまだ実力不足だ。其方もきっと分かっているだろう、フィリアがどれだけ精霊に愛された特別な存在かということを。この村巡りに合流して、そこに自分がどれだけ届かないか思い知った」


「俺はこの村巡りに合流して、初めて実際に魔物と戦った。剣の鍛錬はしてきた筈なのに、いざ魔物を目の前にしたら膝が震えてた。余裕がある振りをしているけどな。けれども、フィリアは加護ひとつで簡単に戦況をひっくり返す。俺は祝福の王子なんかと騒がれて、一生懸命努力をしてアルビオンを背負って立つつもりできたけれど、今の俺ではこのアルビオンも、そんなフィリアも守れない――届かないんだ」


「…………」


「まあ、俺に出来ることといったら、馬鹿のひとつ覚えで地道に努力を繰り返すしかないんだけどな。なあルカ、こんな俺だけれど、一緒に付き合ってくれないか。何故だか、其方となら不思議と前に進める気がするんだ」


「殿下……」


「そうだ、この先のマグニフィカトには守護龍アルゲオウェントスを祀る古い祠があるらしい。村に着いたら一緒に守護の願掛けにでも行ってみるか」


 あはは、と屈託なく笑う殿下。

 その声には疲れなんて感じなくて、前に進む次世代の王様そのものの姿で――



 と、馬車の前方から、風竜に騎乗した騎士がもの凄い勢いで飛び戻ってきた。

 さっき、この僅かの休息のためにエンゾ隊長が送り出していた周辺警戒要員だ。


 飛び立って少ししか経っていないのに、なんでこんなに早く――


 まさか――





 矢のように飛来した風竜の上で、騎士が叫んだ。





「――前方に魔物の大群ッ! 奴ら、マグニフィカトを囲んでやがるッ!」









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