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金色《こんじき》の巫女姫 ~イケメンとショタは乙女の敵なのです~  作者: 圭沢
第三章 「金色の巫女姫」編

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30 守護騎士の誓い

「フィリア、良く頑張ったわね。本当にありがとう」

「マーテル様……」


 マーテル様がその豊かな胸に私を抱き締め、優しく頭を撫でてくれています。

 午後も半ばを過ぎた宿営地に、マーテル様一行がなんと竜に乗って空から到着したのです。容赦ない鍛錬に気力が尽きかけていた私は、優しい微笑みをたたえて自身の騎竜から降りるマーテル様に思わず抱きついてしまいました。


「フィリア、貴女のお陰で今、国中が歓喜に沸き立っているわ。きっと今年の冬は皆が安心して過ごせる。全ては貴女のお陰なの、本当にありがとう」

「え、あの、でも私はそんな……」


「マーテル様、これを」

 クラヴィス様がすっと絹の袋を差し出しました。

 あ、精霊石を仕舞っている袋です。豊穣祈祷で私が捧げるようになって、中に貯められた霊力はほとんど減ってないらしいですけれど。


 と、袋を受け取って中を確認したマーテル様が、唐突に驚きの叫びを漏らしました。


「まあ! 本当にこんなに残ってるなんて! これだけあれば魔物の結界をかなり強化できるわ! フーフェンの森ぐらいだったら丸々カバーできる……いや、この量だもの、もっと良い使い道が他にも……」


 そして、再び私を抱き締めるマーテル様。


「――フィリア、貴女、本当にラエティティア様がこのアルビオンに遣わせた奇跡の巫女なのね」


 あ、あのマーテル様、ほわほわのお胸様が……く、苦しいです……。



「フィリア! 見てくれ!」



 巨大なクッションに溺れそうになっている私の袖を、誰かがぐいぐいと引っ張ります。

 ……オルニット殿下?


「我が風の契約精霊よ、魔を祓う剣に力を!」


 殿下の叫びと共に、掲げた豪奢な剣がまばゆい緑の光に包まれるのがチラリと見えました。

 その背後では、今日まで殿下にそれを教えてきたのでしょうか、護衛の近衛騎士さんたちが嬉しそうに頷いています。


「どうだ! 私もフィリアを守るからな、安心していいぞ! あとそれから霊力検査でな、おばあ様と並ぶ数値が出たんだぞ! あとそれから――」


 いやあああ。

 精霊剣を出したまま迫って来ないで!

 それに鍛錬の成果でしょうか、久しぶりに見る殿下の顔はきりりと精悍さが加わっていて、私の、私の祝福も危なあああ。



 ………………ふんがっ!



 …………。


 ふああ、危なかったです。

 もう少しでマーテル様の巫女服に鼻血をドバッシュするところでした。


 は!

 殿下とくれば側仕え見習いのあのお方、少年破壊兵器の――あ、魔物が多いから連れて来なかったんですか。良かったです。



「ふむ、とりあえずは天幕へお入りください。強行軍、お疲れ様でした。イネス、ルシオラ、飲み物の用意を」

 混沌としかけた場を、クラヴィス様が立て直してくれました。


 な、何だか更にどっと疲れました……。




  ◆  ◆  ◆




「ではコリント卿は南には帰っていないと?」


 騎士さんたちが追加の天幕を組み立てている中、マーテル様とクラヴィス様とイネス姉さまと私、四人だけでクラヴィス様の天幕に入りました。

 殿下は同行してきた近衛騎士さんと一緒に、乗ってきた竜たちの世話をしているようです。


 それにしても、マーテル様も騎竜を持っていたのですね。エズメラルダちゃんという名の女王様のように大きく美しい水竜で、最近はほとんど放し飼いで呼んだのは十年ぶりなんだそうです。昔、マーテル様がまだ王女だった時に縁を結んだんだとか。

 男性王族の殿下が騎竜を持っているのは分かりますが、マーテル様、お転婆だったんですね。貴婦人の鑑のような今の姿からは想像もつかないですが、なんでも自ら魔物討伐を行って、当時は大陸中に名を轟かせていたとか。ほほう……。


 どんくさい私に魔物討伐は無理ですけれど、正直、竜に乗って空を飛ぶのは憧れますね。

 いつか乗せてくれないかなあ……。



 ――と、私の思考が脇道にそれまくっている間にも、天幕の中では相変わらずハイテンポの打ち合わせが始まっています。


 危ない危ない、ちゃんと聞いておかないと。


「そうなの。南のどの村からも通過報告はないわ。おそらく中央へ帰還間近に今年の豊穣祈祷の様子を耳に挟んで、何食わぬ顔をして王都の外で姿を消したのでしょう。今から四日前の話よ」

「こちらへ来ている可能性は?」

「五分五分。どこまで情報を掴んでいるか次第かしら」

「四日前だと……次のカーニャ村か、その次あたりで待ち構えている可能性がありますね」

「そう、あくまでこちらに来ているとすれば、だけれど」

「今回はあの懐刀の闇神官――ニゲルとやらは結局見かけず、ですか?」

「そうね、でも連れて来ていると考えて間違いないわ。きっと各地の豊穣祈祷の情報を伝えたのが彼よ」

「そうですか……そう、コリント卿がこちらに来ていなくとも、あ奴が村に潜入して何やら企んでいるという可能性も……まあ、マーテル様がいてくだされば大事には至らぬと思いますが」


 眉間に皺を寄せ、深々とため息を吐くクラヴィス様。

 ほへえ。相変わらずぽんぽんと会話が飛び交っています。あまりの情報量に追いつくのが精一杯ですよ。や、闇神官とか、ちょっとおっかない響きですよね。



「――まあ、デアステラがあんなに育っているわ」

 


 マーテル様が天幕の片隅に置かれた鉢植えを見て、小さく息を呑みました。

 うわ、見つかっちゃいましたか。


 今日は朝からこの天幕でそれを抱えて鍛錬をしていたので、またたっぷりと私の祝福を浴びているのです。

 昨夜の不思議な大精霊さんの気配はあれから全くないのですが、心なしかまた少し花が大きくなったような気がしないでもなかったり。


 アウローラと名乗ったその精霊のことはタイミングを見て話してみようとは思っているんですが、自分でもまだちょっと信じられなかったりするんですよね。

 マーテル様も来たことだし、夜にでもこっそり相談してみてもいいかなー、なんて思うのですよ。


 と、そこにルシオラさんがお茶を持って来てくれました。ナイスタイミングです。


 中のイネス姉さまにそれを手渡し、きびきびとした一礼をして退出していくルシオラさん。艶を増した鈍色の銀髪をひるがえし、うんうん、美人さん度が上がってますますカッコよくなりましたね。


「そういえば、あの子――ルカ君。クラヴィスのいうとおり彼の契約は本物ね」


 イネス姉さまの給仕したお茶を優雅に口に含んだマーテル様が、満足そうにふわりと微笑みました。

 お? あの鍛冶屋のお弟子さんの話に変わった?


「かなり力の強い個体と契約を交わしているように感じました。是非ともアルビオンに欲しい逸材かと」

「ここに来る前に保護者に挨拶をしてきたわ。神殿に来てくれるかどうか、結論はまだだけど」

「殿下に続いて二人目。こう連続して精霊院に行かずに精霊契約する者が出てくるとは……」


 え?

 そこでなんで二人揃って私を見るのでしょうか?

 たぶん私は関係ない――少なくとも、ルカ君の方は関係ないはずなんですが……。


「――そう、実は彼、一緒に来ているの。なんでも、フィリアの護身剣を作ったから直接渡したいとか」


 えっ、そんなわざわざ!?

 しかもこんなに早く――あ、でも元々三日で作るってお話だったし、あれから十日は経ってるから、移動時間を考えても無理なことじゃないのか。でも、竜で飛んできたとはいえ、怪我をしたばかりの体でそんな無理をしなくても……。


「うふふ、その後なぜかオルニットが気に入ってしまってね、恐縮して尻込みする彼を一緒の風竜に乗せてずっと相乗りしてきたのよ? 異例の精霊契約者同士、通じるものがあるのかしらね」


「ほう、では殿下の側仕えに入れるという手もありますね。エンゾが身のこなしを褒めていましたし、騎士団に入れても頭角を現しそうですが」

「まあ。彼の保護者は騎士団にゆかりのある鍛冶士でしたから、繋がりの残る騎士団の方が無難かしら」


 あ、あの豪快な鍛冶屋さんですね。

 でも保護者ってどういうことでしょう? 親子ではないのでしょうか?


「――たしかラヴァルという名の鍛冶士でしたか、神殿騎士団の大半が彼の剣を使っているようです。エンゾとクヌートに見せてもらいましたが、なかなかの業物でした」

「今回の護身剣は驚きの仕上がりでしてよ。クラヴィスも見ておいた方が良いわ、一見の価値は絶対にあるもの。早速呼んでみましょうか――」


「――はい、お待ちください」


 イネス姉さまが空気を読んですっと立ち上がり、天幕から出て行きました。

 うわあ、何も言われていないのにかっこいいです。さっきのお茶の給仕での凛とした立ち振る舞いといい、デキる女ってヤツですね。


 ――え、私ですか?

 ええと、私がお茶を給仕すると、カタカタ鳴って零れてしまうのでエマ姉さまに禁止されて……ゲフンゲフン。


 そういえばエマ姉さま、元気かなあ……。



「失礼いたします。ルカ様をお連れしました」



 しばし訪れた沈黙の中でお茶を頂いていると、天幕の入口からイネス姉さまの声がかかりました。

 マーテル様の許可を得、イネス様に続いてルカ君がおずおずと入ってきました。

 長めの赤髪は綺麗に後ろで束ねられ、身綺麗な服装をしていますが、傍目にも分かるほど緊張しているようです。


「ルカ、移動お疲れさまでしたね。初めて竜で飛ぶのは怖かったでしょう?」

「あっあの、こ、怖くはな、なかったです」


 優しく微笑むマーテル様に、心配になるぐらいガチガチで立ち尽くすルカ君。

 怪我の後遺症とかはなさそうですが、純朴そうな顔が耳まで真っ赤に染まっていて、印象的な若草色の瞳は地面の一点に固定されてしまっています。


 うーん、がんばって!

 ルカ君て、なんか親近感があるんですよね。ここは私の出番かな、よし!


「あの、竜に乗って空を飛ぶのって、やっぱり気持ちいいですか?」




「…………」




 あれ? にこっと笑いかけたら、もっと固まっちゃいました……。


「うふふ、これはオルニットのライバル出現かしら? ねえルカ、ちょっと座りなさいな。お茶、いただく?」

「うむ、其方が作ったという護身剣を見せてくれないか? 見事な出来栄えと聞いたが」


「――ッ! は、はい! これです!」


 ルカ君が弾かれたように、でもおどおどと差し出したのは、白檀の鞘に入った素朴な短剣。

 装飾はないですけれど、丁寧に気持ちを込めて仕上げられているのが、私のような素人にも分かります。


「……ほう。では、拝見する」


 クラヴィス様が姿勢を正して短剣を受け取り、静かに鞘から抜き放ちました。

 同時に頬を撫でる、一陣の薫風。


「……ふむ」


 白檀の鞘から姿を現したのは、水晶のように透きとおった刀身。

 刃渡りは二十五センチほど、素朴な直剣ですが、不思議と目が離せません。



「……ルカ、これは其方が拵えたのか?」



「は、はい! あ、鞘とかは親方が作ってくれて、でも! でも、刀身は教えてもらいながら僕が独りでっ! 風の精霊石を練り込んで、フィ、フィリア様を全ての悪意から護る、その一心で一槌一槌に祈りを込めて! …………あ、あの、すみません……そんなこと、どうでもいいですよね……」



「何を謝るのだ、ルカ」



 クラヴィス様が――なんとあの絶対零度のクラヴィス様が、ふわり、と笑いました。


「胸を張れ。これは極上の護身剣だ。これほど純粋な剣は見たことがない」


 そして短剣を鞘に納め、恭しくルカ君に差し出して。


「貴重な品を見せて頂いて感謝する。本人には其方から手渡すがいい」


「――ッ!」


 ルカ君が護身剣を受け取り、深呼吸をひとつ。

 こくり、と頷いてゆっくりと私に向き直りました。


 その純朴な顔には、いつか鍛冶屋さんで見た、あの時と同じ真剣な表情が浮かんでいて。

 繊細な若草色の瞳がまっすぐ私を見詰めています。

 そこに込められた真摯な想いが、私の心を包み込むように押し寄せて――



 私の胸が、とくん、と高鳴りました。 

 嬉しい、そう感じました。

 安心、信頼、安らぎ――そんな言葉が抑えきれないぐらいに胸一杯に湧き上がってきていて。



「フィ、フィリア様。す、全ての悪意からあなたが護られますよう、こ、この護身剣をさ、捧げます」



「……ありがとう、存じます」

 私は震える指先でその護身剣を受け取りました。


 ルカ君のごつごつした手には、潰れたマメとたくさんの火傷がありました。精霊石を剣に練り込むのがどれほど大変かは知りませんが、ルカ君はその華奢な手に槌を握りしめ、全霊を傾けてこの護身剣を作ってくれたのでしょう。


 身体の奥底で金色の光が目を醒まし、すごい勢いで走り出しています。

 これは久しぶりの大暴走です、なんとかしないと――そう思ったら、勝手に口が動いていました。




「――我が護りのつるぎに祝福を。そして、その誠心に光の加護あらんことを」




 どこからこんな言葉が出てきたか分かりません。

 もしかしたら、いつの間にか手首で脈打っているラエティティア様の腕輪から、かもしれません。


 頭の片隅をそんな考えが通り過ぎた瞬間、私の身体から金色の奔流がほとばしりました。ラエティティア様の腕輪はそれを調整するどころか、むしろ後押ししているようで。


 そして、その奔流に反応するように、天幕の片隅に眩い純白の神鳥が顕現しました。



 ――光の大精霊。



 天幕の中は強烈な光に包まれ、誰一人として口を開くことすらできません。

 幻想的だった半透明の小鳥の姿は一日で神々しく成長し、今や人間の幼子と同じくらいまで大きくなっています。



 …………私の名はアウローラ。光を統べ、闇との調和を図るものなり



 輝く翼をゆったりと羽ばたかせ、どこか女性を思わせる声で告げる光の神鳥。



 …………ラエティティア様の愛巫女、フィリアリア様の宣に従い我が加護を授けん



 次の瞬間。

 ルカ君が強烈な閃光に呑みこまれ。



 ……そして、全てが元どおりになりました。



 私が護身剣を受け取った、その瞬間と全く変わらず。

 まるで、何事もなかったように。


 茫然と立ち尽くすルカ君、座ったまま固まっているクラヴィス様たち。


 そして――


 輝ける神鳥は、またいつでもお呼びくださいお母様、という囁きを私の耳元に残し、まるで陽が沈むようにゆっくりと姿を消しました。





 …………ええと?







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