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03 フィリア、精霊を見る

 おおう。

 エマ姉さま、見事な般若の形相です。

 お日様の光に隠したので周囲の人にはバレていないですが、この人の鋭い眼は逃れられなかったみたいです。


 そう、このエマ姉さまはマーテル様の側仕え、「出来るだけフィリアに祝福を出させないように」という主人の指示をきっちりと守ろうとする教育お姉さまだったりします。


 うげげ。

 やばいです。


 確かに、神殿内部とはいえ殿下やら外部の人に見られる可能性がある場所で祝福を出したのは良くないことですが。


 でも。


 私が今日の日を迎えられたのは、巫女の先輩たちはもちろん、この人のお陰もあるのですよ。

 ここでエマ姉さまにだけ祝福を贈らないのもなんか変ですよね。

 なら神殿にいる今のうちに――



「エマ姉さまも、今日までありがとう」



 そう言いながらエマ姉さまに歩み寄り、ひしっと抱きついてみました。

 そして、ていっ!

 今の私の感謝の気持ちを小さく濃密な祝福にして、直接エマ姉さまの身体に押し込んでみました。


「な……。まあ、フィリアあなた! まあ!」 


 むふふふ。

 絶対に周囲に分からないように贈ってみたのです。

 これならいいですよね。今日という日に贈る、私からの感謝の気持ちなのです。

 エマ姉さま、今までありがとう。大好きです。


 抱きついた時に顔がふにゃりと大きなお胸様にめり込み、非常にけしからんかったので祝福が少しだけ予定より強いものになったのは内緒です。


「んまあ! ちょっとフィリア、こんなところでこんな……はしたないですわよ……」


 顔を真っ赤にしたエマ姉さまが、珍しくわたわたと後ずさりしていきます。

 うふふ、思いっきり照れてますね。

 エマ姉さまを困らせるのは私の本意ではないので、そっと抱擁を解きました。


 この世界では、祝福を受け取るということはそう珍しいことではありません。

 ここにいる皆さんは違いますけれど、霊力を持たない一般の人たちは定期的に祝福をもらっていないと病気になってしまうそうです。

 今日これから行く春の祝福祭はまさにそういった人たちにまとめて祝福を授ける儀式なのですが、精霊にお願いするのには霊力陣というものを精密に描いた上にかなりの霊力を注ぐ必要があるという関係上、儀式以外で任意に祝福を贈るという行為はとても贅沢で特別なものという位置づけなのです。


「もうこの子は仕方のない……。ああもう、後でお小言ですからね!」


 あくまでも教育姉さまを貫こうとするエマ姉さまから、言葉と裏腹にまるで洪水のような暖かさが流れてきています。

 うわああ、本当に暖かくて、喜んでもらえたということがはっきりと伝わってきます。やったね!


 私の祝福で本当に運が良くなるのなら、この間失恋したという噂のエマ姉さまに少しでも良い出会いがあるといいなあ。

 あ、そんなことを言ったらまたお説教なので、絶対口には出せませんけれど。


 足早に「もうっ」と言い残してつかつかと馬車の群れの方へと歩み去るエマ姉さまの後ろ姿を見送りながら、私は残された暖かさにしばし浸っていました。

 それにしても、この暖かさは大きくて包み込まれるようですよ。エマ姉さま、ありがとう。


 はあ、私は本当に幸せ者ですよね。

 あ、でも、そうしたら――


 私は少し視界を意識するようにして視線を上げました。


 ああ、やっぱり。

 抜けるような青空を背景に、私たちの周りで、いくつもの光のかたまりが嬉しそうに飛び回っています。

 白いのやら赤いのやら青いのやら、ふわふわととてもきれい。


 そう、私はこの身体を得てからも、意識をすれば人には見えないはずの精霊の姿を見ることが出来るのです。

 これも人前では言えない私の秘密のひとつで、知っているのは巫女長のマーテル様とその腹心、一級神官のクラヴィス様だけです。


 私が見ているのが分かると、精霊たちは以前と同じように相変わらず嬉しそうにすり寄ってきます。

 うふふ、可愛いなあ。


 精霊は全ての場所にいる訳ではないけれど、特定の人と契約して付き従っているものもいて、無邪気に光を放ってふわふわと漂うその姿はとても可愛らしいです。

 今でいうと、ここにいる人はみんな最低ひとつ、多い人でみっつ――これはマーテル様だけですけど――の契約精霊を従えていまして、それに元々私についてここに来ていた大小さまざまな精霊たちを合わせて全部で百近く。それらふわふわ光る精霊たちが今、エマ姉さまが流した暖かさを歓迎するように一斉に飛び回っているのです。


 そう、あなたたちもこの暖かさが嬉しいのね――心の中で、軽やかに舞い踊る精霊たちに笑いかけました。


 と、それが聞こえたのか、精霊たちは同意するように一段と活発に舞い始めました。大群の精霊たちが一緒になって空をぐるぐると回り出し、ちょっとした光のお祭りのようです。


 あはは、みんな、嬉しそうねえ――




「――何を見ている?」




 低く艶やかな声に我に返ると、いつの間にかすぐ脇にマーテル様と腹心のクラヴィス様が。

 ありゃ、いけない。

 私は慌てて表情を取り繕って、素早く両手を交差して貴族のお辞儀をしました。


「お、おはようございます、クラヴィス様。今日の空はその…………とっても、その、青いです?」

「馬鹿者。間抜けな顔をそれ以上晒すな」


 私の渾身の話題逸らしを盛大なため息と共に切って捨てるクラヴィス様。

 この御方、若くして一級神官という神官トップの役職に就きながらも、時間を作って私のことを教育してくれている大恩ある御方なのですが。


 エマ姉さま以上に頭が上がらないというか。


 教わっているものは主に精霊術。

 エマ姉さまに一般教養や礼儀作法を教わって、正規巫女のお姉さま方には巫女術を、そしてこのクラヴィス様には精霊術を、という住み分けです。

 まあ、精霊術を教わるといっても、精霊と契約していない私の世代では初歩的なものに限定されてはいます。精霊と契約するのは通常、十三歳から通うコンコルディア教国にある精霊院で、霊峰テペに籠る儀式をしてようやく実現するものですから、私も当然契約をしていません。それでもまあ、精霊と未契約でも霊力さえあれば使える無形術というものがあるので、主にその辺りを教わっているのですが。


 この年で巫女見習いになれたように私は巫女術に関しては大得意で、巫女のお姉さまたちは私にとっても柔らかく接してくれます。けれど、残りの礼儀作法と精霊術の出来については……エマ姉さまとこのクラヴィス様という二人の先生たちの私の扱いを見て察してもらえれば…………ほんとにすみません。


 今もクラヴィス様の視線は氷点下。

 悲しいことに、私に対してはもうこれが標準装備かと。


 でもこの人、もう少し表情を緩めればものすごいイケメンさんなんですよ?

 細身のしなやかな身体にさらさらの黒髪、彫像のような端正な顔という、まるで恋物語の登場人物のごとき素材をお持ちなのです。


 ただ、その知性豊かなグレイの瞳に見据えられる私の背筋は常に凍えております。恋物語の甘さなんてこれっぽちもありません。


 救いといえば、そうした氷点下モードが標準装備のお陰か、これだけのキラキライケメンさんなのにこのクラヴィス様だけはなぜか私の祝福が暴走しないこと。

 この人の前で鼻血を垂らそうものなら何を言われるか分からないので、ありがたいことです。



「……まあ、似合っては、いるか」



 クラヴィス様が、もう一度盛大なため息をつきながらあからさまに視線を逸らしました。

 おおう、間抜け面が似合ってるとか、相変わらず乙女の心をえぐってきますね――でも。


 でも、私は知っているのです。

 クラヴィス様からいつもこっそり私に流れてくる静かな暖かさを。


 本人は知らないでしょうけど、どんなに酷い扱いをしてきても、私に向かうこの暖かさが途切れたことはありません。だから――


「まあクラヴィス、あなたが人の服装を褒めるのなんて初めて聞いたわ」


 マーテル様がくすくす笑いながら、減らず口を言い返そうとした私の肩に優しく腕を回しました。

 クラヴィス様は不機嫌そうにふいっと顔を逸らしましたが、否定はしないようで。


 え?

 どゆこと?


 えと、まさか、つまり。


 まさかさっきの「似合ってる」はこの巫女服のことだったと?


 うきゃあ嬉しい! クラヴィス様が初めて褒めてくれた!

 しかもこの日このタイミングで、憧れだった巫女姿が「似合ってる」なんて!

 嬉しすぎてやばい!

 何かがどうかなっちゃいそうなぐらい嬉しいですっ!


「フィリア、ちょっと落ち着いて」


 マーテル様が声を掛けてくれますが、それどころじゃないです。

 あの厳格で冷酷無比、口では私のことを虫けらのように酷評するクラヴィス様が、初めて言葉に出して私を褒めてくれたのです!

 これが落ち着いてなんかいられますか!


「フィリアっ!」


 マーテル様が私に覆いかぶさるように抱き締めてきました。それはまるで私を周囲の目から隠すようで――



 あ。



 私の巫女服の隙間という隙間から金色の光が溢れ出しています。

 そしてその光は祝福の粒へと変わり、瞬く間に舞い広がって。



 祝福、暴走してしまいました……





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