26 金色の神光
「……やり過ぎだ、馬鹿者」
途方に暮れたような呟きにそうっと視線を向けると、クラヴィス様が静かに頭を振っていました。
ぐあ。
や、やっぱり、そう思いますよね。
私、またやっちゃいました……。
「だがまあ、ぶっつけ本番にしては上出来、か。怪我をさせるよりはいいだろう。目撃者も少ないし、情報秘匿には協力してくれる筈だ。何より――」
クラヴィス様が私の目をまっすぐ覗き込んで、ふ、と小さく息を吐きました。
「――ぶっつけ本番でやれといったのは私だ。其方が気にせずともよい」
ク、クラヴィス様……。
いつもの静かな暖かさが、言葉と一緒に私を慰めるようにふんわり包んできます。
うわわ、なんかちょっと泣きそうです。
安堵と一緒に涙が込み上げてきて、なぜか心臓がドキンと飛び跳ねています。私は妙な気恥しさをごまかすように、戦闘の音が静まりつつある前線の方へと視線を逸らしました。
そこでは、当初と比べて倍ほども長く伸びた赤と緑の光剣がふた筋、圧倒的な威力でマダラスネークの最後の一匹を駆逐したところでした。
エンゾさんたちもやっぱり金色のオーラをまとっていて、素早すぎて何が何だかよく分からない動きになっています。
ああ、でもコレはやっぱりちょっとやりすぎですよね……。
戦闘を終えた三人ともが、その場に立ち尽くして自分の身体から出る金色のオーラを呆然と見ています。
私がしょんぼりと馭者席でうなだれていると、精霊たちが一斉に戻ってきました。
金色の小太陽はいつの間にか消えていて、そしてエンゾさんたちのオーラもなくなっていて、きっともう全部終わったってことですね。
上目でもう一度様子を窺うと、エンゾさんたちも冒険者さんも、みんな怪我なく戦いを終わらせられたようで、それだけは良かったです。
精霊たちが、まるで褒めて褒めてと言わんばかりにしょんぼりモードの私にまとわりついてきました。
え、今はちょっとアレなんだけれど――でも、この子たちのお陰で誰一人として怪我をせずに撃退できたんですよね。
うん。私の変なお願いを聞いて手伝ってくれて、みんな本当にありがとう。
私は膝の上で握りしめていた手を解いて、お礼という訳ではないですけれど、精霊たちの大好物――私の金色の光を、ちょっとだけ放散してあげました。
うわ、精霊たち、ちょっと集まりすぎ。
何十もの精霊たちが私の手に群がって、ご褒美の光を取り込んでは飛び跳ね、はしゃぎまわっています。
あは。
そんな風に無邪気に喜んでくれる様子がとっても可愛くて、すごく心が癒されます。思わず光の放散を増やしてあげました。
うふふ、いっぱい食べて。みんなありがと。
「金色の巫女姫……」
ん?
背後の呟きに振り返ると、すぐ後ろの馬車の窓からこちらを凝視している鍛冶屋のお弟子さんと目が合いました。
未だ具合の悪そうな顔をしていますが、馬車には乗り込めたのですね。清潔にまとめられていた赤髪は泥まみれですけど、純朴そうな顔立ちに印象的な若草色の瞳、間違いなくあのお弟子さんです。でも今はその若草色の目がまんまるに広がっていて、私の顔と膝の上の手に視線が行ったり来たり――
「その光、やっぱりラエティティア様の御使いだったんだ。すべての……の母、金色の巫女姫。僕の…………」
へ?
何ですって?
まさか、精霊たちにあげていた光が見えてる!?
いやいや、この光は人間には見えないはず。だったらなんで――
と、次の瞬間、お弟子さんが引っ張られたように後ろを向きました。
馬車の中から誰か――イネス姉さまかな?――に話しかけられているようです。
そのまま座席で横にさせられたみたいで、上掛けをかけてあげるイネス姉さまの上半身がちらりと見えました。
…………。
え、え? さっきのは何!?
そういえばあの人、オルニット殿下と同じように私の金色の光の気配があったし、何か関係があるとか?
それと金色の巫女姫って何?
初めて聞く言葉ですし、それに、何かの母とかなんとかも。
私、母どころか未婚ですし、それどころかこれから青春を謳歌する予定のぴっちぴちの乙女なんですけど!
え、ちょっと、どういうこと――
「巫女殿、無事か?」
落ち着いた低い声が私を混乱から引き戻しました。
エンゾさんたちが戻ってきたようです。
「……さっきの加護は巫女殿が?」
う、その話題ですか。
馬車の脇には、エンゾさん、ルシオラさん、クヌートさん、そして冒険者のヴェークさんが揃って私を見上げています。さっきまで戦っていた人たち――クラヴィス様流に言うと、目撃者――ですよね。
その後ろでは、大活躍だった騎竜たちがキラキラした瞳で私を一直線に見詰めながら皮翼をバタバタと羽ばたかせ、馬車に繋がれたままのティト君はどうにか振り返ろうとモゾモゾ身じろぎをしています。
「えと、その、なんていうか……」
「――全員無事なようだな」
クラヴィス様がきっぱりと、場を仕切るように話し出してくれました。
「この場で言えるのは、他言無用ということだけだ。ここは血の匂いでまた魔物が集まってくる可能性がある。細かい話は後、まずは移動だ」
「……そうですね、クラヴィス殿。少し時間を食われました。日暮れまでにフーフェンに着けるよう、ここはこのままで進みましょう。冒険者殿も同行頂きたいが、宜しいか?」
エンゾさんがクラヴィス様に同意し、話を進めてくれました。ヴェークさんも問題ないようです。途中から顔を出したもう一人の冒険者、ヘンリックさんも、怪我人二人をこのまま馬車に乗せて村まで連れて行くと話したところ、感激した様子で同意してくれました。
「――それと、クヌート、ルシオラ」
冒険者さんたちが馬車に乗り込んだところで、エンゾさんが残りの騎士二人に声を掛けました。
三人の間で視線のやり取りがあり、クヌートさんとルシオラさんは真剣な面持ちで深々と頷いています。
そして、三人揃ってその場に跪いて…………はい?
「巫女殿。我ら三人、改めて御身の盾となることを誓う。この場ではそれだけ知り置き願いたく」
うわあ……。
これ絶対さっきの加護を変に勘違いして、さらに拗らせちゃってますよ。
私、そんなんじゃないんですけど、それを言っても聞いてくれなさそうな雰囲気……。
「ま、フィリアちゃんはそのままで良いんだけどね」
私が顔を強張らせていると、クヌートさんがそばかすだらけの顔でパチリと綺麗なウインクをしてきました。続いて上がる、あっけらかんとした笑い声。
「また外の世界のこと、色々と教えたげるよ」
ああクヌートさん、そうやって気さくに言ってくれるの、本当にありがたいですう。
残る二人も同じような考えのようで、さっきの厳粛さとはうって変わった柔らかい眼差しで私を見てくれています。もう、おどかさないでくださいよ!
三人からひたひたと流れてくる暖かさが、すっぽりと私を包んできます。
ああもう、本当にみんないい人です。
こんな私ですけれど、これからもどうぞよろしくお願いしますっ!!
◆ ◆ ◆
騎乗したエンゾさんとルシオラさんがさっきと同じように護衛につき、クヌートさんが馭者席に収まって、再び馬車は動き出しました。
私はおとなしく中に入りまして、そこでは、クラヴィス様主導で終始和やかに会話が進められていきます。
戦いの場でのあれこれについては、私が不安定なギフテッドだというクラヴィス様のどこか苦しい説明を、冒険者さんたちはまっすぐに信じてくれました。さらに、自分たちから進んでラエティティア様に秘密厳守の誓いを立ててくれたりして、本当に素朴で心持ちのいい人たちです。
「しっかし、神殿騎士さんってのはホント強えんだな。俺たちもギルドじゃそれなりなんだけど、別世界つうか」
「まったくだ。それにしても、意識のないソフィを運んでいる時のコイツの顔ときたら――」
「あーあーあー! それは内緒だヘンリック、勘弁してくれ!」
話題のソフィさんは私が祝福を贈るとすぐに意識を取り戻し、頭を強打した後遺症もないようです。そして、今はヴェークさんの隣で顔を真っ赤にして固まっていまして――
うふふ、恋人同士さんなのかな。見ていてニマニマが止まりません。
あ、イネス姉さまがちょっと羨ましそうに二人を見ています。
あれ、これだけ美人の割にはそれっぽい話ひとつ聞いたことがありませんでしたけど、ひょっとして最近そういう心境なの?
ぐふふ、今度ぜひ突っ込んで聞いておかねば。ヴァレリ姉さまに報告しなきゃいけないですからね。
そうそう、もう一人の怪我人、鍛冶屋のお弟子さん――ルカ君というそうです――はあれからまたすぐに気を失ってしまったようで、今は後部座席で一人静かに寝かされています。クラヴィス様曰くマダラスネークの毒も綺麗に浄化できているそうなので、私としてもひと安心なのですが。
ルカ君、なんと私の護身剣のための魔石を採りに来たんだそうです。確か三日で作って届けてくれるような話でしたけど、私はもう王都を出てしまってますし、こんな怪我までさせてしまったりと本当に申し訳ない限りです。
「よし、話もひと段落したし、俺らも外に出て騎士さんを手伝ってくるか」
「だな。暗くなってきたし、警戒の目と耳は多い方がいいだろ。さっきのマダラスネーク、あれがこの森にいるのは何か嫌な予感がするし」
「あ、あたしも行くよ。馭者席に座らせてもらえれば警戒くらいできるし」
急に引き締まった顔で窓の外に目を遣りながら、冒険者さんたちが一斉に立ち上がりました。ソフィさんは押し留められていましたけれど、結局手伝いに加わるようです。義理堅い人たちですね。
確かに外はだいぶ暗くなってきています。もう魔物なんて出なければいいんですけれど。
「ソフィ嬢、その少年なのだが――」
皆さんがわらわらと行動を始める中、クラヴィス様がふいにソフィさんを呼び止めました。
「霊力検査とかは受けているのか? 鍛冶屋の弟子というが、どんな生い立ちだ?」
「え、ルカ君?」
唐突な質問に、ソフィさんが目を丸くしています。
「あたしも良くは知らないけど、魔物にやられた行商人の息子さんで、鍛冶屋のラヴァルが騎士団から引き取ってきたはずだよ。こないだの秋の話だったと思うけど……神官様、ルカ君に何か問題が?」
「……いや、悪いことではない。今の保護者はその鍛冶屋のラヴァルか。ありがとう」
クラヴィス様がむっつりと頷き、ソフィさんは首を傾げながらも馭者席へ移っていきました。
「――さて、フィリア」
冒険者さんたちが外に出るなり私の前に移動したクラヴィス様の眼光に、思わず返事が背筋がピンと伸びました。
「そう構えるな。まず其方、だいぶ前に精霊が見えると言ったな。今も見えるのか?」
「あ……はい」
隣でイネス姉さまが息を呑みましたが、クラヴィス様の一瞥で元どおり座り直しました。
「そこの少年に其方は何を見る? 殿下の例もある、正直に言え」
「え、えと、赤い――火の精霊が、肩に寄り添ってます。…………契約、ですか?」
「やはり……。感じた気配は正しかったか」
考え込むように目を瞑るクラヴィス様。
「うむ、助かった。おそらく契約精霊だろう。マーテル様に相談し、場合によってはこの少年を神殿で引き取ることになるやもしれん。殿下に引き続き、精霊院を介さない精霊契約が一般庶民からもか。大騒ぎになるだろうな」
うわわ……大ごとですね。
というか、殿下と同じにルカ君にも私の金色の光の名残というか残滓が感じられること、クラヴィス様に話した方がいいのでしょうか。
でも、殿下は生まれた時に私の暴走した光を浴びてますけれど、ルカ君にはそんな接点ないですし。
それに、殿下には私の金色の光の残滓がこびりついてて――とか言い出すのって、私ってば何様だって話ですよね。一歩間違えば不敬罪です。
そしてそれがもし信じてもらえたとしても、それならどうして私が精霊契約してないのかって話になりますし。
きっと、ただの気のせいと偶然の産物なんでしょう。
それよりも、ルカ君がさっき口にしたことが気になりますよね。
あれからすぐまた気を失っちゃったみたいですし、ただのうわ言だったのかな。
あ。
でも、もしルカ君が神殿に来るとなると、どの部屋に住むのでしょうか。あの繊細そうな若草色の瞳にはなぜかちょっとドキドキしますけれど、私の祝福を刺激するイケメンオーラはないので、私としては安心安全どこでもウェルカムです。孤児たちもお兄ちゃんができれば大喜びしそうですし。
「――フィリア、話を聞いているのか?」
あれ?
ええとゴメンなさい。途中であさっての方向に頭が行っていました。
ん、イネス姉さま、なんでそんな同情するような顔でマヤリス――じゃなかった、デアステラの鉢植えを私に?
確か馬車の後ろに置いておいたと思うんですけど?
「念のためそれを抱えておけと言ってるだろうに」
うひゃあ。
いつの間にかクラヴィス様の視線が氷点下です。
すすす、すみませんでしたっ!
「さあ、早くさっきの加護をもう一度やってみるのだ。出来ぬとは言わせぬぞ、ほら」
うげ、その顔はなんか新しい玩具をみつけた子供のような……。
け、研究魂に火がついちゃってますよね、絶対。
……その後私は、フーフェンの村に着くまで何度も小さな太陽を出し続けたのでした。
精霊たちは大はしゃぎだったけれど、巻き込んじゃってごめんね。
ちなみにデアステラの花、一気に輝きが強くなりました。とほほ。




