25 女神の加護
「おい魔物が来るぞ! マダラスネークの群れだ、逃げろ!」
木立の中から転び出てきたのは、二人の男の人。
私たちに気付くなり大声で警告を発してきました。
二人は軽装ではありますが武装をしていて、それぞれ女の人と少年を抱えています――怪我人、でしょうか?
「奴らすぐ後ろに……ってまさか、神殿の騎士さん――巫女様まで!?」
「うおお、巻き込んですまねえ! 群れが来るぞ!」
「マダラスネーク……数はどの位だ?」
火竜に騎乗したままのエンゾさんが、荒い息を吐く二人に木立の奥を見据えたまま冷静沈着に問いかけました。
「数なんて分からねえ! デカいのがたぶん二十か三十、突然襲ってきやがった!」
「おいヴェーク、神殿に迷惑をかける訳にはいかねえ! ここは俺たちが時間を稼ぐぞ! 騎士さんたちは巫女様を連れて早く!」
「冒険者か」
クラヴィス様がエンゾさんと一瞬の目配せをして頷きました。
「怪我人をこちらへ。私は神官だ。癒してやろう」
うわ、この人たち冒険者なんですか。
街の外に出て危険な採集をしたり、行商人さんの護衛をしたりする人が民間にいるって話だけは聞いていましたけど、この人たちが……。
身に付けている防具は使い込まれていて、一人は大剣、一人は短杖のようなものを持って、いかにも歴戦の戦士といった風貌です。
抱えられた怪我人二人はぐったりして意識がないみたいですが、クラヴィス様の治癒術に頼りましょう。それよりこの人たち、私たちを逃がしてここで戦う気のようですが――それってつまり――
「すまねえ神官様! 俺はBランク冒険者のヴェーク、こいつはヘンリックだ。怪我したその少年はマダラスネークに足を噛まれてて、こっちのソフィは頭を打って意識がねえんだ! 後は引き受けるから、どうか二人だけでも助けてやってくれ!」
「奴らが来たぞ! どれだけ時間を稼げるか分からん! 早く引いてくれ!」
悲鳴にも似たヘンリックさんの叫びと共に、木立の奥から丸太のように太い大蛇が滑り出てきました。
一匹、二匹、いえ次々に赤と紫でまだらに染まった巨大蛇が押し寄せてきます。
「信仰篤き戦士たちよ、それには及ばん! 神殿騎士の戦い、とくとご覧あれ!」
エンゾさんが力強く剣を天に掲げました。それに合わせ、騎乗した火竜が猛々しく咆哮を上げています。
「女神の加護は我らにありッ! ルシオラ、右正面に当たれ!」
高らかな雄叫びと同時に、人竜一体となったエンゾさんが進路をやや左側にとって突っ込んでいきました。
同時に、その騎竜の口から吐き出される強烈な炎。
火竜のブレスです!
灼熱の炎が弧を描いて魔物の群れの出鼻を焼き払い、勢いを挫いて大混乱を引き起こしています。
「我が風の契約精霊よ、魔を祓う剣に力を!」
長い銀髪を靡かせて中空を矢のように飛び去って行ったのは、風竜のイリーナちゃんに騎乗したルシオラさん。絹のような声で紡がれた力強い詠唱だけが背後の虚空に漂っています。
そして、前線に到達した彼女の振りかぶる剣に、肩の精霊が同化していって――
ぶわりと刀身が伸び、剣がまばゆい緑の光に包まれました。
次の瞬間、ぐるりと大きな円の残光を残し、右側に来ていた先頭の大蛇が薙ぎ払われました。
飛燕のごとき人竜主従はそのまま空中で急激な方向転換をして隣の大蛇を屠り、反撃をひらりと躱してさらに一撃。
「我が火の契約精霊よ、魔を滅する剣に力を!」
エンゾさんの野太い詠唱では剣が炎を噴き出し、押し寄せる大蛇を当たる端から猛火に包んでいきます。
すごい、二人とも精霊剣を使えるんだ。
エンゾさんの下の火竜も負けじと近寄る魔物に嚙みつき、ブレスを吐き、猛り狂ったように敵を蹂躙していって――。
「おおっと、抜かせる訳ないじゃん?」
エンゾさんとルシオラさんの間を抜けて滑り寄ってきたマダラスネークに、大槍を手にしたクヌートさんが目にも止まらぬ突きを放ちました。前線の二人のような派手さはないですが、丸太のように太い巨大蛇の首を瞬時に貫き、すぐさま抜かれた槍が今度は横に払われて頭蓋を強打しています。
空気を切り裂くような断末魔と共に、横倒しに地面に沈むマダラスネーク。
クヌートさんはそれを足場に次のマダラスネークめがけて跳躍し、馬車に近寄る敵を軽々と仕留めていきます。
神殿騎士三人が巻き起こす激しい戦闘音ともうもうと上がる土埃、鼻にこびりつくような魔物の血の匂い――そしてなす術もなく斃れていく魔物たち。
「す、すげえ。これがアルビオンの守護者、神殿騎士の戦い……」
「くそ! 任せっぱなしでいられるかよ! ヘンリックも来いっ」
怪我をした少年を抱えたまま茫然と呟くヘンリックさんを置き去りに、ヴェークさんと名乗った大剣を持つ方の男性冒険者が闇雲に前線へ突っ込んでいきました。
「おいヘンリックとやら、治療は終わってるぞ。患者は馬車に運び入れて寝かせておくように。イネス、手を貸してやってくれ」
いつの間にか治癒術をかけ終えたクラヴィス様が、怪我人を抱くヘンリックさんからすっと一歩離れました。慌ててエンゾさんたちの戦いから視線を引き剥がし、怪我人二人をまじまじと見比べるヘンリックさん。
あ、ヘンリックさんに抱えられた少年に意識が戻っているようで――えっ? 鍛冶屋さんのお弟子さん!?
お弟子さんが青い顔で何かを囁き、ヘンリックさんはどうやら女の人を先に馬車に運ぶようです。
え、え? 朝は普通にお店にいたお弟子さんが、どうしてこんなところで魔物に追われて?
「フィリア、呆けていないで念のため後で其方の祝福を患者に。そして今は、あの者に――」
クラヴィス様が眉間に皺を寄せ、前線へ駆けて行った冒険者さんを振り返りました。
「――其方の加護を贈ってやれ。私も術で援護する」
はい?
えええ、私まだそれ、習ってないんですけど!?
クラヴィス様の視線を辿ると、大剣の冒険者さんが巨大なマダラスネークに正面から斬りかかろうとしています。
が、怪我人を抱えて走ってきて、やっぱり足に疲れが残っているのでしょうか。動きに勢いがありません。丸太のような巨大蛇が機敏に斬撃を躱し、黒紫色の大きな口を開いて――
と、一陣のカマイタチが空を走り、大口を開けたマダラスネークの上顎が頭ごとすっぱり切り飛ばされました。
クラヴィス様です。
すっと掲げたその手の先で、役目を終えた複雑な霊力陣が幻のように消えていって――すごい、風の上位精霊術です!
「何をやっている! 早く加護を! イネスはまだ消耗が大きい。其方の祝福なら濃縮すれば何がしかの効果がある筈だ!」
えええ、無茶振りですソレ!
しかも、ある筈だ、って!
クラヴィス様の術で頭を失った巨大なマダラスネークが、地響きを立てて倒れていきます。
そのあおりを受け、術に救われたはずの冒険者さんが足を僅かにもつれさせてしまいました。やっぱり体力が限界に近いのかも。
うおう危ない! ええもう、やってみろです!
私は体内の金色の光の泉を思いっきり汲み上げ、遠慮の欠片もない祝福のかたまり――というかほとんど金色の光そのもの――をふらつく冒険者さん目がけて放出しました。
お願い! あの人の力になって!
精霊さんたちも、みんな手伝って!
私の切羽詰った想いを乗せ、ひと抱えほどのかたまりとなった金色の光が、いやにゆっくりと大きな弧を描いて飛んで行きます。
同時に、周囲の精霊たちが一斉にその金色の光を追いかけ――ありがとう! 手伝ってくれるんだね!――、辺りは色とりどりの光に埋め尽くされました。
そして、精霊たちが冒険者さんの頭上で光に追いついて――
そこに出来上がったのは、燦然と輝く、小さく優しい春の太陽。
争いが止まり、突然の静寂に包まれた戦場の上から、やわらかい光が冒険者さんを、襲い来る魔物を、周囲の全てを金色に染めていきます。
「うおお、何だコレ!? うおおおおおっ!」
光を浴びた冒険者さんが雄叫びを上げ始めました。
仁王立ちしたその体から立ち昇っているのは……金色のオーラ?
「イケるっ! イケるぞコレ!」
唐突に動き出した冒険者さんが、目にも止まらぬ速さでマダラスネークに斬りかかっていきました。
一閃、素早く移動してまた一閃。
先ほどとは桁違いの力強い動きで、金色の残光を残しながら次々と巨大蛇の魔物を斬り伏せていきます。エンゾさんたち騎士さんに勝るとも劣らない、鎧袖一触の蹂躙劇。魔物もどこか動きが鈍っていて、煌めく剣閃を避けもせずにその身に喰らっているようです。
……ふえ?
ええっと、あれれ?
イネス姉さまのと違ってちょっと派手だけど……良かった、のかな?
ま、まあ、危なさはぐぐっと減ったみたいですし?
「……やり過ぎだ、馬鹿者」
途方に暮れたような呟きにそうっと視線を向けると、眉間を押さえたクラヴィス様が弱々しく頭を振っているところでした。
ようやく合流しました。長かった
この冒険者さんたち誰?という方は、「幕間 ルカの物語」のvol.2~3あたりをお読みください。
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