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金色《こんじき》の巫女姫 ~イケメンとショタは乙女の敵なのです~  作者: 圭沢
第二章 「アルビオン王都の秘蔵っ子」編

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21 忍び寄る影

 最高のご褒美を抱き締め、やっぱりたくさんの人に声を掛けられながら私たちが神殿に帰り着くと。


 神殿の門のすぐ手前で、私の感情のままに周りではしゃぎまわっていた筈の精霊たちの様子が少しおかしいことに気付きました。

 同時に、イネス姉さまたちの肩にいるそれぞれの契約精霊たちの様子も。


 はっと見回した先にいる、少し離れたところで漂っている精霊たちもみんな、飛び回るのを止めて警戒するようにその光をひそめています。



 どういうこと?

 精霊たちが警戒するほどの、何か?



 それまで燦々と降り注いでいた春の日差しがふいにその温もりを失い、徐々に私の中にも嫌な予感が広がっていきます。

 と、先頭を歩いていた護衛騎士のエンゾさんの足がふいに止まりました。




「おや、大神官さまではありませんか。マーテル様との会談はお済みで?」




 神官のケールさんが屈託のない声をかけたその先には、神殿の門を背に違和感たっぷりの一団が佇んでいました。


 見慣れない神官服を着た集団の一番後ろには、更に見慣れない豪華な神官服の男性。

 大神官と呼びかけられたその豪華な神官服の男の人は、にこりと優美な微笑みを私たちに向けてきて――しかし私と目が合った瞬間、反射的に私の背筋にはおぞましい忌避感が走り抜けました。


 人当たりの良さそうな雰囲気を身にまとっていますが、流れてくる暖かさは絶無。

 仕事が出来そうな壮年のイケメンさんではありますが、私の祝福が暴走する気配は全くありません。


 それどころか。

 肩の上には精霊が三体、これはマーテル様と並ぶ稀有なことですが、その精霊たちが輝きも虚ろにうなだれていて。


 なにか、黒い光のようなもので縛られている……?

 何これ? こんなの見たことないです。


 まさか、周囲の精霊たちはこれに怯えている、とか?



「これはこれは、ケール二級神官殿、でしたかな? ええ、先ほどマーテル殿との会談は済みまして――おっと、そちらが噂の神託の巫女姫殿ですかな?」


 不気味な男の人があくまでも快活に私に話しかけてきて……はい?

 神託の、巫女姫?


「まあ、誰がそんな大袈裟なことを」

 イネス姉さまがいつもより少しだけ固い声ですっと一歩前に出ました。

「コリント卿ともあろう御方が、娯楽のない雪に埋もれた田舎の噂を真に受けてはいけませんわ」


 さすがイネス姉さま、この人の見た目に騙されてはいません。きっと神託云々という不穏なひと言で警戒モードに入ってくれたのでしょう。


「この子はこの子で頑張っておりますけれど――万年人手不足の田舎神殿の苦肉の策、あんまりからかわないでくださいませ」


「おおっとこれは失礼。イネス殿、でしたかな? 私がこの地に派遣されたのは、彼女をこの目で見てくる、ということも含まれてまして」


 ……中央の偉い人が、わざわざ私を?

 背筋がざわっと粟立ちました。さっきの不穏な言葉といい、何を知っているのでしょうか?

 視界の端でエンゾさんが僅かに重心を落とし、さりげなく私を庇うような位置についてくれたのが見えました。


「――しかし、こんなに小さいお嬢さんだとは。今回ばかりは噂に踊らされましたかな、はっはっは。……いやしかし、オルニット殿下の精霊契約は本物らしいですな。これから王宮で彼と昼餐会なのですが、どうです、イネス殿もご一緒しませんか?」


 私に向けられた底冷えのするような視線がふいっと外され、ほっとはしたものの。


 今度はその視線が、イネス姉さまの豊かな胸に向けられているではありませんか!

 私の時と打って変わって粘着質になったその視線――私にはない豊かな膨らみを、まるで舐めまわすように眺めていて――ぐぬぬ、このむっつりエロエロ魔人め!!

 私から興味が外れてくれたのは良いのだけれど、良いのだけれど!




「お待たせしましたコリント卿、馬車の修理が終わりました! 急ぎ王宮の昼餐会に向かいましょう!」




 私が安堵半分モヤモヤ半分で中央の大神官を睨みつけていると、通りの向こうから、見慣れぬ騎士がもの凄い勢いで馬を駆ってきました。

 その後ろには豪奢な馬車も続いていて、通りの人々がちょっとした混乱に陥っています。


「では、またお会いできることをお祈りしております」


 その一瞬の隙をついてイネス姉さまが会話を切り上げ、ラエティティア様のご加護がありますよう、と問答無用の会釈をして神殿の中へとスタスタと歩き出してしまいました。

 コリント卿は名残惜しそうに何か口を開きかけていましたが、私もこれ幸いとイネス姉さまについて神殿の門をくぐってしまいました。


 まったく、何なんでしょう、あの人は。



「……巫女殿、巫女殿!」



 イネス姉さまと振り向きもせずに礼拝堂に入ったところで、エンゾさんに呼び止められました。


「巫女殿、何を怒っているのか分からぬが、冷静になられよ。さっき自分がどれだけの危地にいたかお分かりか?」


 ふえ? ……危地?

 エンゾさんの真剣な眼差しに、波立っていた私の心がすとん、と落ち着きました。

 ああうん……危地だった、かな?


「あの男は妙なことを口にしていた。神託の巫女姫? 自分の目で見に来た? 幸い巫女殿の外見に惑わされたようだが、中央の高官に目を付けられそうだったのだ。それを巫女殿ときたら、相手を正面から睨みつけて――」


 おおう。

 そうでした。つい乙女の沽券(コンプレックス)を刺激され、思考が逸れていましたが……。


 冷静になると、今更ながらじわじわと得体のしれない震えが込み上げてきます。

 あの男の人を見た瞬間の、背筋に走った忌避感。警戒も露わだった周囲の精霊と、縛り付けられて虚ろになっていた三体の精霊たち……。


 あの人は何者で、そして私のことをなぜ「神託の」巫女姫などと呼んだのでしょうか。

 腕輪にまつわる神託が下ったことを知っていた?

 それなら、腕輪と同じく極秘である、私の能力のことも知っている?



「ああ、コリント卿は悪い人じゃないよ。いろいろと知っていそうな口ぶりだったけど、会談でマーテル様に聞いたって可能性も――」

「ありえません」


 呑気な口調のケールさんに、一切の表情を消したイネス姉さまがピシリと口を挟みました。


「それは、ありえません。マーテル様は今回の中央の動きに特に警戒しておいでです。私とフィリアはこのまま報告に向かいます。お二人も帰還の報告など済ませましたら、巫女長室にお越しくださいませ」


「うむ、すぐに参ろう」

「え、あ、ああ。僕も出来るだけ早く行くよ」


「はい、お願いします。ではフィリア、行きますよ」


 いつにない勢いのイネス姉さまに連れられ、私は鉢植えを抱えたままマーテル様の巫女長室へと向かうのでした。




  ◆  ◆  ◆




「しかし、神託の巫女姫、か」

 マーテル様を見送るなり、いつにも増して難しい顔でクラヴィス様が呟きました。


 ここはマーテル様の巫女長室。

 イネス姉さまと私の顔を見るなりマーテル様がクラヴィス様を呼び、詳細を一緒に聞いてもらったのです。

 そしてマーテル様はすぐに例のコリント卿とオルニット殿下との昼餐会に出席するためにエマ姉さまを連れて慌ただしく出立し、部屋に残されたのはクラヴィス様とイネス姉さまと私、途中から合流したケールさんとエンゾさんの五人。


「……クラヴィス殿、詮索するつもりはないが、なにか神託が下りているのか?」

 神殿騎士の鎖帷子を着たまま駆けつけたエンゾさんが、顎をぎゅっと引き締めて問いかけました。


「うむ……。其方らを信用していない訳ではないが、今日、ラエティティア様へ秘密厳守の誓いは立てたな?」

 こくり、と頷く二人とイネス姉さまを見て、クラヴィス様は言葉を続けていきます。

「――うむ、では覚悟して聞け。……端的に言うと、神託はあった。中央神殿が涎を垂らしそうな内容だ。そしてマーテル様は、このアルビオンの神殿を盾にしてでもそこの阿呆娘を守ると決意されている」


「な……」


「それ以上は話せぬ。だが、我らがアルビオン王国どころか、場合によっては大陸全土の未来に関わるかもしれぬ内容だ。其方らも今日半日行動を共にしたのだ、その娘の異質さは垣間見えたであろう?」


 ごくり、と唾を飲み込みながら私を振り返るエンゾさんとケールさん。


 うおう。

 そんな目で見ないでください。とてもいたたまれないんですが……。

 私、そんなに凄くないといいますか、ラエティティア様の神託も寝ぼけてて覚えてないですし……。


 ど、どうしましょう?

 とりあえず腕の中のマヤリスの鉢植えをぎゅっと抱きしめ、持ち上げ気味にして顔を隠してみました。


「幸い、中央の犬はその阿呆娘の幼さに惑わされた様子。オルニット殿下の煙幕もあるし、今日のところはこれ以上の動きはないだろう」

「今日のところは、と言うと、明日以降また接触してくる可能性があると?」

「ああ、コリント卿は霊力測定の魔道具を持ち込んでいる。もちろん殿下の測定が目的だろうが、この阿呆娘も測らせろと言ってくるやもしれぬ。我がアルビオンは現状それを断れない状況にあるが……フィリア、理由は分かるな?」


「ひゃい……」

 こ、声が裏返っちゃいました。

 ひええ。

 霊力測定の魔道具って、あの、わ、私が壊しちゃったアレですよね?


 この国では十歳になると全国民が持っている霊力量を測定して、霊力があると分かった子供は貴族に召し抱えられたり奨学金を貰ったりして、中央のコンコルディア教国にある精霊院に通う準備を始めるのですけれど。

 貴族などの子供の場合は、その貴族が治めている領地に必要な霊力量が一族で足りるかどうか等々、非常に重要な数値になってくるのですけれど。


 ……私、王宮にある王族用の測定能力が一番高い魔道具、壊しちゃいまして。


 いや、言われたとおりただ触っただけなのに、ピカッて。

 で、煙がもくもくって。

 そして最後にボフンて。


 マーテル様は私は悪くないって言ってくれたんですけど、それで殿下は測れなくなっていて。

 新しく買うにはものすごく高価なものらしくて、たしか中央神殿に貸出しをお願いしていると聞いていたのですが。


 中央神殿、このタイミングで持って来たんですね……。


「我々だけで測定すれば多少の誤魔化しは可能だが、コリント卿やらの目の前でとなるとそれは無理だ。測定値がそのまま中央諸国に筒抜けになると思っていい。殿下はまだ多少騒がれるだけで済むだろうが、この爆弾娘の場合は……」


 頭痛を紛らわすようにこめかみをグリグリし始めるクラヴィス様を、ケールさんが口をぽかんと開けて見詰めています。


「とりあえず、だ。最終的にはマーテル様とまた相談するが、フィリアは王都から離しておきたい。イネス、エンゾ、少し早いがフィリアを連れて豊穣祈祷の村巡りに出られるか? 巡る村は予定どおり、王都の祝福行脚の残りはこちらで調整する。早ければ今日の夕刻、遅くとも明日の朝一番で出発できるよう準備を進めておいてくれ」


 え、えと、なんか凄いことになってる?

 豊穣祈祷の村巡りって、作付けの前に王領各村の畑の浄化をして回るってやつですよね。来週からって聞いてたんですけど……。


「急な話だ、王族の同行は難しいだろう。代わりに私が精霊石を借り受けて同行する。ケールは残りの祝福行脚の指揮と、治癒室の穴埋めを頼む。護衛騎士はもう二人……クヌートとルシオラに声を掛けておけ。そして……フィリア。その鉢植えはここに置いて、イネスに見てもらって用意が済んだら、すぐまた私のところに来い。分かったな?」


「ひゃい」

 なんだか話が早すぎて、頭がぐるぐるしてきたような……。



「…………イネス、この阿呆娘の支度を面倒見てやってくれ。終わったら私のところへ、いいな?」



 おおう。

 クラヴィス様の目の回るような指示に間髪入れずに「はい」と答えるイネス姉さま、なんだかとてもかっこいいと思います。






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