20 ご褒美
その後、ライナー君のお部屋でしばらく休ませてもらった私。
みんな突然の大量祝福にびっくりしていたようですが、イネス姉さまが「この子は見習いのギフテッドで、制御がちょっと不安定」とうまく取り繕ってくれ、どうにか納得してくれたようです。
ソレーヌちゃんにもいくつか祝福が届いたようで初めは大はしゃぎしていましたが、すぐ私の状態に気付いてものすごく心配してくれました。
さすがに人様のお宅で巫女が突然「鼻血どばー」ですからね、ライナー君のご両親にも大層心配をかけてしまいました。本当にごめんなさい。
ライナー君本人は今は静かに眠っています。
すうすうと寝息を立てて、とっても気持ち良さそうな微笑ましい寝顔。
眠りに落ちる前、はにかみながらも「おねえちゃ、ありがと」と言ってくれた笑顔が忘れられません。
念のため神官のケールおじさんが治癒術をかけていましたが、驚くほど術の通りが良くなっているそうで。
おそらくこの先は徐々に外で遊べるくらいに回復していく可能性が高いとの見立てで、食事や運動などの細かい注意をご両親にしていました。
それが私の祝福のせいか、前回クラヴィス様がかけたという高位治癒術のせいかは分かりませんが、きっとクラヴィス様の術の影響だろうと若干お茶を濁していましたが。
少しだけ、ケールおじさんの私を見る目が変わったような、怖がられてはいないと思うのですが、なんだか微妙な空気です。
とまあそんな具合で、せっかく寝ているライナー君の前であんまり長居するのも悪いので、しきりに頭を下げてくれるご両親に暇を告げて私たちは外に出ました。
「なあ、フィリア嬢ちゃん。さっきの……」
加工場の前でずっと手を振るご両親が見えなくなるや、神官のケールさんがどこかはっきりしない口調で切り出してきました。
「こないだの祝福祭の奇跡、あれってオルニット殿下の精霊契約が元だって聞いてたんだけど――」
「ケール殿、それ以上は今、口にすべきことではない」
「エンゾ君……」
「巫女殿、だいぶ失血していたが具合は平気か?」
ケールさんの言葉を短くさえぎり、精悍なお顔から、包み込むような眼差しで私をまっすぐ見詰めるエンゾさん。
なんだかさっきまではなかった崇拝の色が混じっている気もしますが、神殿騎士の輝く鎖帷子からじんわりと暖かさが滲み出てきていて、本心から私のことを気遣ってくれているのが分かります。
「……えと、だいたい大丈夫、です」
「無理してはいけない。一旦神殿に戻っても良いが、ケール殿、この後の予定は?」
「っと。そうだよな、悪かった嬢ちゃん。さっきのは気にしないでくれ。この後の予定は一軒だけ、普通ならここで長めのお昼休みってところだな。ちょっと時間は早いけど、どこかでひと休みするかい?」
ええと。
やっぱりケールさんは私の祝福が気にはなってそうですが、気持ちを入れ替えたようなさっぱりとした笑顔に曇りはなく、エンゾさんと同様に暖かさも流れてくるようになりました。
気を遣わせちゃったのでしょうか。ううーん。
正直、私の祝福がさっきのライナー君の回復に影響したのか、自分でもよく分からないのです。
そして、それだったら嬉しい部分もあり、どこか気まずい部分もあるというか。
このままだと何かもやもやのしこりが残りそうなので、せっかくケールさんが庇ってくれたのですが、思い切って自分から尋ねてみることにしました。
「あの」
人当たりの良い顔で、ん?と首を傾げるケールさん。見るからに気さくで面倒見の良さそうな神官さんそのものです。流れてくる暖かさも本物。
よし、ここはストレートにぶつかってみよう。
「ええと、ライナー君の症状が良くなったことに、私の祝福は関係しているのでしょうか? 私、自分でもよく分からなくて……」
「ああ、やっぱりそうなんだね。さっきの一件だけじゃなんともいえないけど、神殿の治癒室に長年いる私の印象では、確率は五分五分ってところかな。一番ありそうなのは、クラヴィス様の高位治癒術との併せ技ってあたり。でもね」
ケールさんは憑き物の落ちたようなすっきりとした笑顔で、ぽんぽんと私の頭を叩きました。
「それで嬢ちゃんが気まずい思いをすることはないってこと。さっきは変な態度をして本当に悪かったね。どうも治癒に携わる者の研究心が前に出過ぎてしまったみたいで。嬢ちゃんは嬢ちゃんで、出来ることを精一杯やって胸を張っていればいい。あとは僕たち周りの大人の仕事だよ。嬢ちゃんがラエティティア様の務めを立派に果たせるよう、守ってあげるから」
ケールさん……。
「うふふ、本当にそうね」
イネス姉さまも話に加わってきました。なぜか上品なお顔にちょっと悪戯っぽい笑みが浮かんでいます。
「それと、もうちょっと制御は練習しないと駄目ね。フィリアの練習についてはエマ様とヴァレリが大騒ぎしているみたいだけれど、私もそこに混ぜてもらってもいいかしら?」
ふえ?
イ、イネス姉さまはもう充分キレイだと思いますけど!
それにあれ、本当に効果があるか微妙ですし。
でも、そうして傍にいてくれようとするのはちょっと嬉しい、かも。
「ふふ、巫女殿の顔色もだいぶ良くなってきたな」
エンゾさんがその無骨な印象からは想像もつかない優しい眼差しで微笑んでいます。
もう、イネス姉さまもケールさんもエンゾさんも、みんなそうやって暖かさをいっぱいくれるから、いつの間にか私の顔もほっこりと弛んでしまっていて。
「そうねえ、フィリア。私は一軒しか祝福をしてないから余裕があるのだけれど、あなたさえ大丈夫だったら、次は私が祝福を行うことにして手早く今日の予定を終わらせてしまってもいいわね。せっかくここまで来ているし、それから帰れば文字どおりゆっくり休めるけれど……どうかしら?」
「おお、それもアリかな。嬢ちゃんはどう?」
うん、身体はもう全然平気。でも、それなら――
「あの、出来れば、なんですけど。私にもう一度祝福をさせてもらっても良いですか? いやその、もうすっかり元気ですし! ちょっと失敗のまま終わりにして後悔したくないというか、あの……迷惑でなければ、なんですけど」
「あははっ、嬢ちゃんらしいね! 顔色もすっかり戻ったし、嬢ちゃんが大丈夫ならそれで構わないよ。無理しない程度に軽くやってみても良いんじゃないかな。イネスさんもいるし、実践は一番の練習だからね」
「うふふ、私はいいわよ。無理はしないようにね」
「うむ、巫女殿がそう言うなら」
「ありがとうございますっ! 次はきちんと制御できるように頑張りますので! じゃあ次はどこですか? 行きましょう行きましょう!」
こうして私たちは、休憩やらを挟むことなくそのまま次に向かったのでした。
◆ ◆ ◆
「ねえフィリア、それが気に入ったんでしょう?」
「ふえっ!? でもイネス姉さまコレ、他のと比べてなんか高そうで……」
私たちは本日最後の祝福先を無事に終え、今は帰り道にお花屋さんに寄っているところです。
イネス姉さまは朝の約束をちゃんと覚えていてくれて、この素敵すぎる魅惑のお店でどれでもひとつ好きなものを買ってくれるというのです。
あ、最後の人の祝福はバッチリ完璧に出来ましたよ?
とっても優しい、でも足の悪いおばあさんで、私が慎重に祝福を贈るとものすごく喜んでくれました。私としても、祝福の量やら濃度やらも問題なく、鼻血も暴走もなしに順調にこなせたので二重の意味で嬉しかったです。
油断せず、最初から制御に意識を割いていたのが良かったのかもしれませんね。
その後おばあさんにもいっぱい褒められ、最後に飴玉までもらってしまいました。なんだか上手にお手伝いが出来た子供のような扱いだった気がしなくもないですが、まあ、私も嬉しかったですし良しとしておきました。
飴玉はもちろん、私が食べるんじゃなくて神殿の孤児たちにあげようと思ってますよ?
「うむ、私もお金を出そう。素晴らしい祝福だった」
「おおっとエンゾ君が珍しい。これは僕も参加しなきゃかな」
うわあ、エンゾさんとケールさんまで?
イネス姉さまの先導で帰り道に寄ってもらったこのお花屋さん。
中に入るなりいい匂いが全身を包んで、それはもういろんな色のお花が並んでいます。
季節がら野に花が咲き出す時期ですし、裏に温室があって、さらに先のお花まで揃っているのです。
そして今、私たちの視線の先にあるのは、白く可憐な花をいっぱいにつけたマヤリスの鉢植え。
谷間の姫百合とも呼ばれるこれは、豊かな森の奥にしかない貴重な花なのです。
「あらお二人とも、宜しいのですか? ではこれをくださいな」
うわわ、本当に良いの!?
わあああ、嬉しいっ! こんな可愛いお花が部屋の窓際にあったら、毎日が幸せすぎます!
「うふふ、そちらの新しい巫女様へのプレゼントですか? 毎度ありがとうございます」
銀髪の若い店員さんが、にこにこ笑いながら手際良く鉢植えに真っ赤なリボンを掛けています。
うわあ、すっごくお洒落になっていきますよ!? あのリボンも大事にとっておかなきゃ!
「巫女様からはお金を頂きにくいのですが……これは貴重なので済みません。代わりに、同じマヤリスの種をお付けしておきますね。なかなか栽培は難しいのですけど、神殿の清浄な環境なら増えてくれるかもしれませんよ」
「わあ、ありがとうございますっ! 皆さんも、本当にありがとうございます!」
きれいなウインクと一緒に種を渡してくれた店員さんと、溢れんばかりの暖かさで私を包んでくれる姉さまたちに私は大きくお辞儀をしました。
そして、顔を上げるなり目の前にはマヤリスの鉢植えが。
「はいフィリア、今日はお疲れさま。よく頑張りました」
鈴なりに揺れるたくさんの白い花の向こうで、イネス姉さまが白百合のような微笑みを浮かべています。
「ほわああ、えと、ありがとうございますっ! 大切にします!」
素敵な鉢植えを受け取りながら、湧き上がる喜びのままにもう一度みんなにお礼を――うあっと危ないです。
感情につられて祝福が走り出していましたが、ぐっとこらえて……。
ふと思いつきで、両手で抱えた鉢植えにその祝福を流し込んでみました。
うふふん、あなたはもう私のお花なのです。いっぱいお世話をするから、頑張って長く咲いてね!
と、可憐に揺れる花が一斉に仄かに光ったような気がしましたが、流し込んだ祝福は関係ないはずです。鉢を抱えた手の平から、鉢に直接流し込みましたからね。花弁の隅々まで光るような量でもないので気のせいに違いないのですが、なんだかこのマヤリスが返事をしてくれたようでちょっと嬉しいです。
「さ、神殿に戻ってお昼を頂きましょうか。気を付けて持っていくのよ?」
「はいっ!」
私は大事に大事に鉢植えを抱え、店員さんにもう一度お辞儀をしてから店を出たのでした。




