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金色《こんじき》の巫女姫 ~イケメンとショタは乙女の敵なのです~  作者: 圭沢
第二章 「アルビオン王都の秘蔵っ子」編
19/39

19 初仕事

 目的のライナー君の家は、角をふたつ曲がった先の中くらいの家でした。

 家と言うよりは工房――たしか、魔石加工場、でしたっけ――、倉庫のように広々とした土間の中で、赤く透きとおった魔石を何人もの職人さんが削ったり、宙に掲げて透明度を確認したりしています。


「おお、来てくださったんか、ありがてえ。さ、足元に気を付けて奥へどうぞ。ソレーヌちゃんもいつもありがとな」


 開けっ放しだった正面の大扉に近づくと、この場の責任者っぽい人が小走りで出迎えてくれました。女の子はソレーヌちゃんというんですね。


「おじちゃんこんにちは! これね、ライナーくんにあげるの!」

 勝手知ったる様子で走って中に入って行ってしまったソレーヌちゃんの後ろから、私たちは加工場の中に足を踏み入れました。


 ああ、魔石ってこうやって加工してるんですね。

 数は少ないですけれど、神殿にも魔石を使う魔道具があるのです。世間一般では、精霊と契約していなくとも霊力さえあれば使える無形術のことを「魔法」と呼び、ここで加工されているような魔石を使った魔道具に封じて生活に活用しているのです。


 一番浸透している魔道具は、灯りの魔道具とかでしょうか。

 私のお得意、まやかしの霊力陣の元となった光の無形術――くだけた呼び方で言うと光の「魔法」――を魔道具に封じたものですね。


 まあ、霊力がある人は何らかの形で国やら貴族やらに仕えることがほとんどなので、豊かとは言えない我がアルビオンでは、魔道具本体の生産は全て国営になっているらしいです。

 ここのような民間の工房で行っているのは、その動力源となる魔石――鉱脈で採掘したり魔物の体内から採取したり――をそんな魔道具で使えるように規定の大きさに加工する部分ですね。なんでもアルビオンの魔石は純度が高くて、中央諸国への主要輸出品目だとか。


 それは裏返せば、高価な魔道具が国内に少ないので、そんな高品質の魔石も自国内ではほとんど需要がない、という悲しい現実につながると以前マーテル様が嘆いていたような――まあ、それはさておいて。


「あ、イネス姉さま、あれ!」


 そんな魔石の加工場の中、私が思わず指差してしまった先には、神殿でよく見る半透明の結晶石の山が。


「おお、新しい巫女様じゃねえか。あれは来週に神殿に納めるもんだけど、足りなくなっちまったかい? 急いで仕上げるから、帰りに持っていってもらっても――」

「いえいえ、充分ありますので予定どおりで大丈夫ですよ」


 イネス姉さまがにっこりとフォローしてくれました。

 危ない危ない、そんなつもりは全くなくて、見慣れたものを見つけてつい声にしてしまったというか。あの結晶石、神殿で冬の間にさんざん加工しましたからね。


「イネスさん、そう言えば儀石の加工は進んでるのかい?」

「うふふ、フィリアのお陰でもうほとんど終わってるんですよ。ね、フィリア?」


 ケールさんの質問にイネス姉さまが私を振り返りました。

 そうです、私も手伝ったんですよ!


 この冬の間、さっき思わず指差してしまった結晶石を元に、儀石と呼ばれるものを頑張って百個以上も作ったのです。

 素の結晶石に姉さまたちが様々な儀式の霊力陣を込め、そこに私が祝福をドカドカと注ぎ込み、きれいな白色や緑色になったら儀石の完成です。


 なんでも、私たち巫女が出向かえない地方貴族さんの領地向けに、各種大規模儀式の霊力陣を込めたその石を配るのだとか。

 私たち巫女が全部行ければいいのですけど、そうもいかないですからね。地方貴族さんはその儀石と自分たちが霊力を貯めこんだ精霊石とで儀式をするのだとか。


 こないだ王都でもやった祝福祭はもちろん、特にこれからの作付けの季節は全ての村で畑の浄化の儀式が必要になったり等、儀石は大量に必要なのです。


 そして、その儀石作成にあたって、なんと今回は私にお手伝いの声が掛けられました。

 儀石での儀式は巫女がその場で行う儀式に比べてどうしても効果が落ちるらしいのですが、クラヴィス様の研究によると、儀石に祝福を注いでおくと効果が上がるとのことで。

 これまでは姉さまたちで祝福まで注いでいたのですが、今春の私の見習いデビューを踏まえて、今年の儀石作成から祝福を込める部分は私に任せてもらえたのです。むふふ。


 そうです。

 普段は抑えるしかなかった祝福も、正々堂々と使える場ですからね。ガンガン行っちゃいましたとも!


 ちょっと色が白や緑から金色っぽくなっちゃいましたけど、姉さまたちには早く終わったと感謝され、クラヴィス様にもものすごく遠まわしですがお礼を言われました。

 なんだか遠い目をして「ひょっとしたら今年はかつてない大豊作になるかもしれない……」なんて、すごい褒め言葉ですよね?

 問い合わせの対応ももうマーテル様と相談済みらしいです。ううーん、秋が楽しみですね!



「ライナー、神殿の皆さんが来てくださったよ。入るけどいいかい?」



 私たち一行を先導してくれていたライナー君のお父さんが、その言葉とほぼ同時に奥の居室の扉を開けました。

 おっと、儀石も大事ですが、こっちの祝福のお仕事も大事です。頑張らないと!

 私は真面目な表情を顔に貼りつけ、皆の後ろに続いて「お邪魔しますー」と小さく呟きながら中に入りました。




 奥のベッドにいたのは、五歳というには小柄すぎる男の子。

 寝てはいなかったようで、上半身を少しだけ起こしてソレーヌちゃんに渡された黄色い花を手に微笑んでいます。ふわふわの蒼髪に血の気のない顔、痩せているせいか特別大きく見えるグリーングレイの瞳。


 そしてなにより私の心に訴えかけてきたのは、あまりに透きとおっているその微笑み。


 ……おおう。

 胸がきゅううっと締め付けられました。

 なんて無垢で純粋な微笑みなんでしょう。


 こんな子が、外にも出れずにベッドに縛り付けられているなんて。


 私も小さいですが、この子はもっと小さくて。

 事前にイネス姉さまたちから聞いていた話がフラッシュバックして、でもこの子は何の屈託もなく嬉しそうに、ソレーヌちゃんに貰った花の匂いを嗅いでいて。


「ライナー君、元気だったかい――」

 先頭のケールさんが優しく男の子に話しかけています。


 けれど。

 私の中の祝福が、かつてないほど盛り上がって、視野がぐんぐんと狭くなっていっています。


 ああ、この子にはせめて私の祝福ぐらい、いっぱい贈ってあげたい。少しでも役に立てたら嬉しいから。でも――


 誰かが私の腕をぎゅっと掴みました。

 私の前にいた、イネス姉さまでしょうか。


 ああ、私、暴走しかけてる、のかな。

 暴走、いけないけど、でも――



 もう限界。



 視界が一瞬金色の光に埋まり、私は差し伸べられていた誰かの腕に掴まりました。

 鼻の奥が爆発したように熱くて、右手の腕輪がじんじんと疼いていて。


 咄嗟に、ほぼ無意識でまやかしの霊力陣だけは作ったけれど、それと同時に大量の祝福が部屋に溢れ出しました。

 ギリギリまで我慢したのが良かったのでしょうか、部屋に舞い荒れる祝福は濃いには濃いけれど小さな点のサイズで。

 それが幾十となくベッドのライナー君に向かって降り注いでいきます。


 これで、ちょっとは病気が良くなる――不思議とそんな確信が、へなへなと床に崩れ落ちる私の胸に溢れていて。

 私、少しは役に立てた、かな……?


「フィリア! フィリア!」


 イネス姉さまの声と、誰かが身体を支えてくれる感覚と、鼻に当てられるタオルの感触。


 うふふ、さすがイネス姉さま。

 この巫女衣装を汚したくないの、分かってる、なあ。



 ああでも……


 一人に祝福を贈るだけでこれじゃ、先は遠いなあ。


 この国の人たちみんなを笑顔になんて、私、出来るのかなあ。



 ――ううん、違う。

 少なくとも、きっとライナー君の役には立てたはず。


 そうだね、私に出来る範囲で頑張っていこう。

 まだまだ始まったばかりだもの、私がいると精霊術の効果だって高まるっていうし、他にもきっと何か役に立てることがある気もするし。


 私が精霊たちにお願いすれば、聞いてくれたりするのかな。

 はっきり会話ができる訳じゃないから、試したことはないけれど。


 ううん、それも悪くないけれど。

 今は、目の前のことに集中しなきゃ。

 みんな私を支えてくれる、こんな優しい人たちだもの。


 うふふ、イネス姉さま、あたたかい、なあ…………




 私は、意識こそ失わなかったけれど、少しの間だけ、そのやわらかな温もりにもたれて休むことにしました。







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