16 幕間 ルカの物語 vol.2
08話の幕間「ルカの物語」の続編です。
合流まであと数話、どうぞお付き合いください。
1話のみで本編に戻ります。
今回は少しだけ時間軸が戻ったところからの開始です。
「ラヴァルのおっさん、あんた最近また腕が上がったんじゃないか?」
店先に飾られた新作の剣を見詰めていた常連さんが、ほううっというため息と共に振り返った。
「がははは、そうだろ? なにせ弟子の火の扱いがとんでもなくてよお」
豪快に笑っているのはこの鍛冶屋の店主であるラヴァルさん。
僕の養い親であり、鍛冶の師匠にあたる人だ。
僕の名前はルカ。
元々はしがない旅の刃物商人の息子だけれど、色々あって今はここ、アルビオン王都の鍛冶屋で住込みの内弟子として生活している。
親方のラヴァルさんは凄い人で、大陸中にその名を知られたアルビオンの神殿騎士団に特注の武器を納めたりしている有名人だ。
もちろん、それ以外にもこうして店で冒険者さんたちにも武器を売っている。
今、店に来ているのは常連のヴェークさんのパーティー。
若いながらも確かBランクの凄腕で、冒険者ギルドでも慕っている人が多いんだとか。
「ヴェーク、まさか買うとか言わないわよね?」
三人組パーティーの紅一点、赤毛のソフィさんが疑わしげな眼差しでヴェークさんを見ている。
「胸当てを新調したばかりじゃない。そんなお金どこにもないわよ」
「いや、そういうつもりじゃなくて……ただ、こんな剣で戦えたらすっごく楽しいだろうなあって」
「もう、いっつもあんたはそう。子供みたいに目をキラキラさせちゃって。でも、無理なものは無理なんだからね!」
「分かってるって。ただ……ホントにいい剣なんだ。見てくれよこの刀身の輝き――」
「ヴェーク! その剣から手を離しなさい!」
「まあまあソフィ」
雲行きが怪しい二人の間に苦笑いで割って入ったのは、三人目のパーティーメンバーのヘンリックさん。
この三人のいつものパターンだ。
「もしあれだったら、そっちの小振りの剣をソフィ用に買って、ヴェークと二人、お揃いで持ってればいいんじゃない?」
「え、いいの!?」
「お揃いっ……」
顔を輝かせるヴェークさんと、ボフンとばかりに顔を真っ赤に染めるソフィさん。
うん、ここもいつもどおり。
こうしていつも何かしら買っていってくれるんだ。ありがたい常連さんだよね。
「いや、でも今本当にお金ないから……。いい剣なのは分かるんだけど」
ソフィさんががっくり肩を落として呟いた。
あれ、残念。
まあ、二本一緒にってなると結構な金額だし、仕方ないか。
「おうおう、そうだろうそうだろう。こいつは自分でもよく打てた剣だと思うからな。ウチの弟子は天才かもしれんぞ!」
がははと高笑いするラヴァルさん。
この人の空気読めないっぷりも、まあ、いつもどおりかな。
「弟子ってルカ君のことだよね? ……まさかラヴァル、ルカ君に無理させてないわよね?」
ソフィさんが心配そうな顔で僕に近寄ってきた。
半月ほど前に僕が祝福祭で倒れてからというもの、ソフィさんは本当に色々と僕の面倒を見てくれるんだ。
僕の母さんは早くに死んじゃってずっと父さんと旅暮らしをしてたから、そうやって女の人が世話を焼いてくれるのはなんとも不思議な感覚だった。恥ずかしいけどどこか嬉しくって、甘えてみたいような気もするけどヴェークさんの手前、あんまりベタベタもできなくて。
「あ、あの、僕もうすっかり元気だし、炉を見てるのがなんか楽しくて」
「そうともよ! ルカは呆れるぐれえに体力があって、しかもこいつと一緒に炉をいじると何故か温度がすげえ安定するんだぜ!」
ラヴァルさんの言葉に、僕は遠慮気味に頷いた。
そう、祝福祭で倒れてからというもの、身体の調子がものすごくいい。しかも炉の――というか火の――そばにいると、肩の上にうっすら赤い光が浮かんで、ある程度思ったように火が反応してくれるみたいなんだ。
ラヴァルさんに相談したら、その光はラヴァルさんには見えないらしくて笑い飛ばされてしまったけど、僕がいると良い剣を打てると喜んでくれて、最近はずっと傍について鍛冶を教わっている。
ラヴァルさんも嬉しそうに教えてくれていて、最近は会話もだいぶ増えてきた。日常のなんてことない会話が妙に楽しくって、ラヴァルさんの何気ない優しさが素直に嬉しい。魔物に殺された父さんのことを思い出すと未だに胸がチクリとするけれど、なんだかここはここで暖かい居場所のように思うんだ。
「そう……今度またご飯作ってあげるからね。何かあったら遠慮なく言うのよ?」
そう言ってソフィさんはヴェークさんの腕を引っ張って店を出て行った。
さっそくお金を稼ぐためにギルドの依頼を見に行くらしい。まあ、ラヴァルさんがまた儲けを無視した安売りをしなかっただけいいか。
急に静かになった店内で、剣を元どおりに展示し直すラヴァルさんの大きな背中を眺めながら、僕は奥の机で課題の砥ぎを再開させた。
◆ ◆ ◆
「よおし、早速ちびっ子巫女様の護身用の剣を作るぞ!」
ラヴァルさんが呆れるほど張り切っている。
僕は僕で、胸の高鳴りを鎮めようとこっそり深呼吸を繰り返している。
なんと、さっきまで店にあの子が来ていたのだ。
課題の砥ぎに集中していたらふいに神々しいオーラのようなものが店を満たし、視線を上げると祝福祭で見た、金色の光に包まれた妖精のようなあの女の子が立っていたんだ。
記憶にある以上に清らかですっきりと整った目鼻立ち。それは、見れば見るほどラエティティア様の像を彷彿とさせるもので。
ひょっとして、ラエティティア様の生まれ変わりとかじゃないだろうか。理由は分からないけど、強烈な帰属感のようなものが僕をぐいぐいと引き寄せるんだ。
彼女たち一行は祝福行脚で店の裏手に住むベルツおじいさんを訪ねてきたらしいんだけれど、僕の心臓がうるさいぐらいに飛び跳ね、まともにあの子と目を合わせることが出来なかった。ラヴァルさんが余計なことを言って、ついついむきになって突っ込みを入れちゃったから、きっと僕のことを野蛮な人だと思ったに違いない。
ため息を押し殺し、手元仕事の砥ぎを続ける振りをしながらバレないようにちらちらと見ていると、くるくると表情が変わる様子が更に僕の心臓を暴れさせた。そう、この子は神殿にある動かない彫像なんかじゃない。その生命を眩しいほどに輝せ、この世に生まれた奇跡の存在なんだ。
僕には分かる。なんて得がたい清らかさなんだろう。ずっと見詰めていたくって……さっきとはまた違うため息が何度も出てきてしまう。
ラヴァルさんが僕にあの子の護身剣を打たせてくれるって言い出した時は、文字どおり頭が真っ白になった。
だいたいの手順なんかは分かっているけど、僕なんかがこんなかけがえのない人の護身剣を作っていいものだろうか。
巫女長様が「精霊に愛された魂」とか言っていたらしいけれど、僕も心からそう思う。
途方もない祝福が舞い乱れたあの祝福祭は奇跡の祝福祭と呼ばれ、今じゃ街のみんなの語り草だけれど、あの祝福は精霊契約をした王太子殿下に向けられたものではなく、きっとこの人に向けられたものだと、僕はこっそりそう思ってるんだ。
「よし決めた! せっかくの護身剣だし、風属性のすんげえのにするぞ!」
ラヴァルさんは独りでそう叫ぶと、店の奥の鉱石箱をひっくり返し始めた。
「刀身に風の魔石を融合させてやろう! たしか在庫があったはずだぞ」
風属性――。
このアルビオンでは国の守護龍アルゲオウェントスにあやかって、護身用の小物に守護龍と同じ風属性をつけることが多い。僕がここに来てからもそういったものの依頼をいくつか受けたし、ラヴァルさんが問題なく作れるのも知ってる。
でも、風の魔石だって値が張るものだし、刀身に融合させるって言ったってそれ、僕がやるんだよな、きっと。
さすがに無理だと思うんだけど。
「うおお、ねえぞ! こないだので終わっちまったか!?」
「あら、なんだか賑やかね」
僕が半分呆れ顔でラヴァルさんを見守っていると、ソフィさんが店に入ってきた。
当然ヴェークさんもヘンリックさんも一緒で、このところ毎日、例のふた振りの剣を見に来ている。お金は徐々に溜まってきてるらしいんだけど、どうにも気になって仕方ないらしい。
空いた時間に店に来てはニマニマと剣を眺め、勝手にお茶を飲んで世間話をしてはギルドに依頼を受けに行く。もう常連さんと言うより茶飲み友達に近い。
「おお! おめえら良いタイミングで来たな! ちっと風の魔石を採ってきてくれねえか? あの剣に足りない分はそれでチャラにすっからよ」
「本当かラヴァルのおっさん! すぐ行く!」
「ちょ待てよヴェーク。……おい親方、まだ半分も溜まってないって知っててそれ言ってんのか?」
ラヴァルさんの言葉に即座に反応したヴェークさんをヘンリックさんが引き止め、真面目な顔でラヴァルさんに向き直った。ソフィさんもびっくりした顔でラヴァルさんを見詰めている。
「風の魔石っていえば、フーフェンの森でジャイアントバットを狩ればそれで採れるだろ。森まで二時間、狩りに二時間。俺たちにしてみりゃ半日仕事でしかないぞ?」
「ああ構わねえ。なにせちびっ子巫女様の護身剣に使うもんだからな。三日で届けるって約束しちまったし、急ぎで採ってきてくれりゃ剣は無料でやってもいいぐらいだ」
「え、あのフィリアちゃんの? 何、いつの間にそんな話になってるの!? ラヴァルずるい!」
ソフィさんが妙なところに反応してるけど、祝福祭で見かけて随分と気に入ったみたいなんだ。
あの子は女性冒険者の間でも結構人気になっているようで、お陰で僕は時々さりげなく情報収集させてもらってる。同志がいるって素晴らしい。
そんなソフィさんに、さっきぶらりと店に来てなあ、とラヴァルさんが自慢げに来訪の顛末を説明し始めた。
「えええー! ひょっとしてすれ違い? なんで引き止めておいてくれなかったのよ!」
「――よし決めた、神殿の為なら俺たちだってひと肌脱ぐぜ」
いつも一歩引いて冷静なヘンリックさんが、いつになく熱く話を遮った。
「悪いがさっきの話はナシ、無償で採ってくる。この店が剣を作るってのなら、俺たちにだって魔石の採集ぐらいさせてくれ。みんなもそれでいいだろ?」
ヘンリックさんの言葉に、ヴェークさんもソフィさんも当然といった顔で頷いている。
ああ。この国の人たちは、なんでこんなに神殿を大切にするんだろう。
まあ、この間の祝福祭とか、前にいたアルスでは信じられない無料の祝福行脚とか、理由はなんとなく分かるんだけど。
「よく言った! さすがはアルビオンのBランク冒険者だぜ!」
ラヴァルさんが満足そうに大笑いした。
「分かった、魔石はおめえらに任せる。剣も無料でやる。代わりにルカを連れてってやってくれ」
「ルカ君を?」
「そう、今回はルカに全部作らせるんだ。せっかくなら魔石の採集からやった方がいいだろ。おめえたちと一緒なら危なくもねえし」
「よし分かった。今から行くとなると、そうだな、ひょっとしたら無理に日帰りはしないでフーフェンの村に泊まってくるかもしれん。それでもいいか?」
「おう、じゃちょっと早ええが、ウチで昼飯食ってけ」
「ありがたい!」
ええと、なんかあっという間にラヴァルさんとヘンリックさんの間で話が決まってしまった。
まあ確かに、鍛冶士が自分の手で採った魔石は剣に馴染みやすいし、最終的な効果も高くなるらしいんだけど。
神殿の手伝いが出来て、かつ剣を無料で貰えることになったヴェークさんとソフィさんはニコニコしてるし、ウチは大赤字だけど店主がああ言うならいいか。
それに、僕が自分の手で採取した魔石であの子に護身剣を作る――なんだか、それだけで胸がどきどきしてくるんだ。
護身剣だからずっと身につけてくれるだろうし……ああ、期待が高まりすぎて苦しい。顔に出てないといいんだけど。深呼吸、深呼吸。
ただ、その前に……昼ご飯は僕が作ろう。
ラヴァルさんの料理って、素材を「斬・即・火」するだけだから。
ソフィさんにも手伝ってもらわないと。
次話は本編に戻ります。