14 鍛錬の日々
巫女見習いとしてすぐに外に出るのはお預けにして、パワーアップした祝福の制御と、まやかしの霊力陣を作る修練を始めて三週間が経ちました。
今日も今日とて朝から自室で修練に励む私のすぐ脇で、
「ヴァレリ、やっぱり最近私ちょっと変わったのかしら?」
「うんうん、エマ様ってばなんか三つか四つ若返ったみたいですよ」
「まあヴァレリったら。でも、このところお肌の張りが全然違うと自分でも。うふふふふ」
「きゃあエマ様! ちょっとその笑顔は魔性の女っぽい!」
などと、御年二十八歳のエマ姉さまと十七歳花盛りのヴァレリ姉さまがきゃっきゃうふふと楽しそうに話をしています。
むむむ……。
雑念を頭から追い出して、私は身体の奥に意識を巡らせ、たゆたっている祝福の海をちょんちょんと刺激しました。
たちどころに頭をもたげ、体内に溢れ出す金色の光。
それを抑えつつ、あまりに鋭い波はラエティティア様の腕輪に誘導して吸い込ませていきます。――んん、まだもうちょっとイケるかな……さらにちょんちょんと刺激をして、身体を駆け回る金色の光を限界まで増やしていって…………んぐぐ!
…………。
ふう、しっかり抑えることが出来ました。
ちょっとだけ鼻の奥が熱くなりましたが、だいぶモノになってきましたね。
「あらフィリア、今のは上手くいったの?」
「えーつまんない、もう一回やって? エマ様のためだと思って、ね」
ぶうう。
もう。まあまだ今朝のノルマは十回以上残っているから、どのみちやるんですけどね。
深呼吸して、もう一度身体の奥をちょんちょんと。
わわ、平常心じゃなかったからか、ちょっと突っつき過ぎました。洒落にならない規模の光の波が瞬時に全身を――これちょっとヤバいですっ!
荒ぶる波を必死に制御しつつ、咄嗟に光の無形術を放って――
瞬間的に部屋の天井いっぱいに純白の円が広がり、その内側に同時に浮かび上がる複雑な文様。
一拍遅れて、ギリギリで逃がした金色の祝福が目の前をふよふよと流れていきます。
おお、うまく出来ました。
宙に描かれたのはもちろんまやかしの霊力陣。精霊術のうち、契約精霊がいなくとも使える無形術の一種です。世間では魔法と呼ばれていたりもする、応用力が高い術式ですね。
私が繰り出したコレ、元は光の玉を出して明かりにするという単純なものらしいのですが、クラヴィス様が私のために改造してくれたこの術。光の玉を線状にして、それで霊力陣の模様を形作るという、クラヴィス様らしい手の込んだ術式です。
普通は術の改造なんてなかなか出来ないんですけど、そこは鬼才と有名なクラヴィス様、精霊院時代に模擬戦の奥の手として作っていたもののひとつを更に私向けに調整したのだとか。
私向け、といってもかなり複雑な術で、一瞬で組み上げて実行できるようになるまで文字どおりに叩き込まれました。あの地獄のような特訓……うええ、思い出したくもないです。
でもまあ、お陰様で今のように、ギリギリの状態でも咄嗟に使えるようになったのです。
それにしても、今のは上出来ではないでしょうか。
祝福をギリギリまで抑えつつ、限界一歩手前で霊力陣を出し、最後に抑えきれない祝福を無理せずに放出する――うんうん、ほぼ理想の形です。霊力陣さえあれば、多少祝福が漏れても私が精霊に頼らず出したなんて疑われないですからね。
祝福をあんまり出しすぎるのはさすがに駄目ですけれど、身体のことを考えれば無理に抑え過ぎない方がいい、というマーテル様とクラヴィス様の方針なのです。私としても、鼻血を出すことが減るのは大歓迎です。まあ、キラキライケメンさんと可愛い子供を前にするとまだ危険ではあるのですが。
まあ、そんなことで私の鍛錬は、「限界まで祝福を煽り、いよいよ駄目だったら最低限を放出。ただしその際、直前に無形術でまやかしの霊力陣を創り出すこと」というものを繰り返しているのです。
ただ、思わぬところで喜んでいる人たちがいまして――
「はあ……フィリアの祝福って、とっても心地よくて幸せな気持ちになりますわ……」
部屋に漂う祝福を受け取ったエマ姉さまが、目を瞑って微笑んでいます。
そう、マーテル様の側仕えで、一番私の鍛錬に付き合ってくれるこの人は、漏れ出る私の祝福をこの数週間幾度となく受け取っています。
そして何故だか、私を叱ってばかりで眉間に出来はじめていた皺が、この数週間で綺麗になくなっていまして。お肌もぴちぴちのモチモチというか。
なんだか最近キレイになりましたね、なんて神殿の中でも不思議がられているようで、エマ姉さまの次に私の鍛錬に付き合ってくれるヴァレリ姉さまと、私が鍛錬するその脇で「フィリアの祝福効果だわ」なんてきゃあきゃあ盛り上がっているのですよ。
「あはっ、私も一個もらっちゃった。よーし今日も頑張るぞー」
今日は巫女として外回りに出る前にちょっとだけ顔を出してくれたヴァレリ姉さまも、頬を薔薇のようにほんのり赤く染めて嬉しそうに笑っています。
わあホントに可愛い、眼福眼福――ではなくて。
まあ、二人が更につやつやの美人さんになるのは私としても喜ばしいことですよ?
ただなんというか、キツい鍛錬で私がげっそりする分だけ、この人たちがつやつやしていっているようで。
それもどーかと思うのですよ。成長しなきゃいけないのは私の方なのに……特に身長とか、あとその、胸、とか。
二人とももう充分美人さんなんだから、少しぐらい私に分けてくれてもいいのになー、なんて思ったり思わなかったりなのです。
……まあ、というのは単なる愚痴でして、私が無理をして倒れたりしないよう、鍛錬に付き合ってくれてるのは分かっているんですけどね。それに、エマ姉さまの眉間の皺はきっと私が原因でしょうし。
こんな愚痴が頭をよぎるのは、なんだか最近さっぱり身体方面の成長の気配がないので、このところ少し焦ってるからなのです。この間、神殿にいる孤児の八歳の女の子に負けてるのが判明しちゃいました。ぐすん。
今日も今日とて自分の胸を見下ろしても、膨らみは昨日と全く同じです。
自分でふにふにと触ってみても、とっても慎ましやかというか。
「……ねえヴァレリ姉さま? あの、余裕がある時でいいので、物は試しに祝福をふたつ私に贈ってもらえないですか? えっとその、ここに当たるように――」
あれ?
視線を上げた先には、いつの間にかヴァレリ姉さまはいなくなっていて。
いるのはエマ姉さまと…………部屋の戸口で仁王立ちしているのは、最近忙しいようであまり顔を見なかった……クラヴィス様?
少しやつれた顔はぽかんと私の手先を凝視していて。
そして私は、自分の胸をふにふにと触っていて。
「き、きゃあああああーーーっ!」
「な、何やってる阿呆娘ーーーっ!」
私とクラヴィス様、ふたつの絶叫が朝の神殿に響き渡り。
その後、私は史上最長のお説教をいただきました。
◆ ◆ ◆
「うむ、まあまあ形にはなって来たか。及第点というところだな」
長い長いお説教の後、私は最近の鍛錬の成果をクラヴィス様に披露しました。我がお師匠様はこのところ忙しかったみたいで、最近はほとんど自主鍛錬でしたからね。
披露したのは、身体の中でわざと祝福を暴走気味にさせ、限界近くでまやかしの霊力陣と共に放出するいつもの内容です。我ながら上手に霊力陣を出せ、珍しくお褒めの言葉を頂いちゃいました。
吹雪の帝王様のご機嫌はどうやら少しだけ戻ってくれたようで、少しは挽回できたのかな?
「この先も折を見て攻撃的な精霊術の霊力陣も出せるようにしておくといい」
おおう、なんか今後のアドバイスっぽい言葉も頂いちゃいましたよ!
今練習しているのは、精霊に祝福を乞う霊力陣のレプリカの一種類だけですが、本来は攻撃的な精霊術のダミーを作り出し、虚実とりまぜて対戦相手を翻弄するためのものらしいです。クラヴィス様はこのまやかしの霊力陣をここぞという時に使って、精霊院時代の模擬戦では歴史的な快進撃を続けていたとか。
というかクラヴィス様、対戦相手って……。歴史的な快進撃って…………。
私、どこに向かっているのでしょうか。
それに、どのみち私は精霊と契約していないので、使えるのは光の無形術などの基本的なものだけ。なぜか祝福は贈れますけれど、攻撃的な精霊術とかはそもそも使えないので、今の私が会得しても一回こっきりのハッタリにしかなりませんよ?
さらに、巫女術という高位精霊術の使えるギフテッドというだけで目立つらしいのに、その上に他の攻撃系な精霊術も使えるギフテッドなんて、それはもうギフテッドじゃないような。
まあ、自分の編み出した術を弟子が上手に使えるのは、それなりに嬉しいものなのでしょうか。
クラヴィス様が言うのなら、今度、祝福以外の霊力陣も教えてもらって練習しておこうっと。何かに役立つかもしれませんし。
「そうだ其方、祝福の弱体化、アレはどれだけ出来るようになった?」
う、その話ですか……。
祝福の弱体化というのは、クラヴィス様に出されたもうひとつの課題。
単純に言うと、私の祝福は大きいし色も濃いしで悪目立ちするので、それを出来るだけ小さく薄くして普通の祝福に見えるようにするというものですが……。
「やってみろ」とのお言葉に、私は身体の奥の祝福の泉の表面を撫でるようにすくい、ラエティティア様の腕輪を通じて、ぽいっ、と投げ出しました。もちろんまやかしの霊力陣も直前に展開してあります。
パンくずほどに小さい祝福がふよふよと漂い、無言でそれを観察するクラヴィス様に吸い込まれていきます。
ううーん。
小さくは出来るのですが、色は全然薄くならないんですよね。
「ふむ……」
祝福を受け取り、その感触を確かめるように口を開くクラヴィス様。
「これなら、精霊術に詳しくない一般の者なら誤魔化せる、か。……後は、色を変えるのが難しいのなら、もう少し小さく出来ればほぼバレることはなくなるだろう」
うおお、何だかクラヴィス様が優しいっ!
これはあれか? さっきの出会い頭の私のセクシーポーズが効いているのかも!
予期せぬ遭遇はものすごく恥ずかしかったですけれど、不幸中の幸いとはまさにこのこと、私も大人の階段を昇って来たってことで――
「フィリア、話を聞け。どうせ全く関係のない、碌でもない事を考えているのであろう」
「ふぇ? そ、そんなことありましぇ……」
噛んでしまった私に、クラヴィス様は盛大にため息をこぼしながら、とてつもない朗報を告げてくれました。
「――鍛錬の成果は分かった。其方にしては頑張った。ギフテッドの偽装とこの無形術の練度があれば、明日から見習いとして外回りに参加できるだろうとマーテル様に進言しておく。準備をしておけ」
え?
ええ?
ええええええええっ!?
そ、外、出れるの?
姉さまたちのお手伝いが出来るの?
鍛錬、まじめに励んだ甲斐がありましたよお!
や、や、やったーーーーーー!!