11 深夜の来訪者たち
「……で、祝福祭……五割増し、ですか……やはりフィリアは特別…………」
夜半、ぼんやりと目を覚ました私の耳に、声を押し殺した会話が入ってきました。
この声はクラヴィス様、かしら。
「……ット殿下の精霊契約は…………結局、彼の……次第……?」
灯りを落とした部屋の上の方で、ぼんやり輝く精霊たちが静かに絡み合うように舞っています。
ひと回り大きい精霊はきっとマーテル様の精霊かな。
「オルニットの精霊は大丈夫ですよ。レグルスが早速教師を手配したようですから」
マーテル様の落ち着いた声が耳にはっきりと入ってきました。ふふ、やっぱりマーテル様もいたんだ。
抑えた声ですけれど、しっかり聞き取れるのでこっちを向いて座っているのかな。
よいしょ、と…………あ痛。
体を起こそうとした途端、頭に鋭い痛みが走って私はあきらめてそのまま体を横たえました。
「…………十二歳で精霊契約とは…………普通は精霊院で……やはり、フィリアの…………」
私の身じろぎには気付かなかったようで、大人たちのひそやかな会話は続いています。
ん? 精霊契約? オルニット殿下??
何の話をしているのでしょうか。
「……少なくとも、この子の傍にいると普通という言葉を忘れてしまいますね、まったく」
僅かに椅子が軋み、クラヴィス様の声が小さなため息と共に近付いてきました。
薄暗い照明を背に、細身だけれど力強いシルエットが私をそっと覗き込んできます。途端にクラヴィス様ならではのきめ細やかな暖かさが流れてきて――
「――フィリア、起きてたのか!?」
乱れた上掛けに手を伸ばしたクラヴィス様が、美しいグレイの瞳を丸くして私を見詰めました。
「な……起きていたのならさっさと言えっ」
上掛けに伸ばした手をささっと引っ込め、イタズラを見つかった子供のような仏頂面で私を見下ろすクラヴィス様。
「……だが、顔色は悪くなさそうなのが救いか。フン」
うふふ、そんなことを言いながら暖かさがダダ漏れですよ、クラヴィス様。
そうそう、さっきちょっと気になることを話していたような――。私は頭痛をこらえてゆるゆると身体を起こし、二人に小さく会釈をしました。
「んん……おはようございます、クラヴィス様、マーテル様。……あの、さっき殿下が精霊契約でなんとかとお話していたようですけど?」
今は夜だ馬鹿者、クラヴィス様はそう前置きをしてから丁寧に教えてくれました。
どうやらあの祝福祭の大騒ぎの直後、突然オルニット殿下に契約精霊がついたようなのです。精霊と契約するのは通常、十三歳から通うコンコルディア教国にある精霊院で、霊峰テペに籠る儀式をしてようやく実現するもの。それが精霊院入学前、十二歳のオルニット殿下が突然契約精霊を得てしまったそうなのです。
私が偽装したようなギフテッドではなく、本物の精霊契約。
当然周囲は大騒ぎです。
ただでさえ「祝福の王子」などと噂されている殿下なので、それはもうお祭り騒ぎのようになっているそうで。
なんかもう、予想外の展開に頭が痛いのも吹き飛んでしまいましたよ。そこはかとなく嫌な予感もありますし。
「まあ、お陰で其方がしでかした事をうやむやに出来たのだがな。殿下に感謝をしておけ」
「まあまあクラヴィス、そんな風に言わないの。……それでそのフィリア、貴女が贈り出したあの桁外れの祝福なのだけど、オルニットの精霊契約に付随して起きたものという話にしてしまったの。いの一番に貴女に駆けつけ、貴女の光と一緒に目撃されていたようだし、ね。それが貴女から注目を逸らす一番の方法だったのだけれど……手柄をオルニットに渡してしまったようで、ごめんなさいね」
マーテル様が深々と頭を下げて――いやいやいや、一気に目が覚めましたっ!
「あのあの! それは全く問題ないです! 却ってこちらこそ!」
全然構わないですし、というか私の方がお礼を言うところですから!
「うふふ、ありがとうフィリア。欲のない子ね」
私の必死な顔を見て、マーテル様は優しく頭を撫でてくれました。
いや、褒められる流れではないんですけれど。
私から見ればあれだけ盛大にまき散らした祝福を誤魔化してくれた訳だし、逆に殿下の方の騒ぎを大きくさせてごめんなさいっていうのが本当です。
あ、でも王太子という立場に箔を付けるという効果はあるのかな?
ははあ、これ絶対クラヴィス様の発案ですね。全てを読み切った立ち回りというか、真っ黒な大人の――げふんげふん。
「――それはそうとフィリア」
ひゃっ。
私の心の裡を読み取ったのでしょうか、クラヴィス様がその瞳に極寒の吹雪を覗かせてギロリと睨んできました。
「其方、ラエティティア様の神託を全く覚えていないというのは本当か?」
うひゃああ!
そこ、抉ってきますか!?
私は思わずぱっと、腕輪が嵌った右手首を身体の後ろに隠しました。
女神ラエティティア様に下賜されたというこの腕輪、殿下の精霊契約どころではない歴史的な大事件であるこの腕輪について、確かに当事者の私は寝ぼけていて一切記憶にないのですけれど!
ラ、ラエティティア様だって、本当に大切なことならしっかり起こしてから話しかけてくれると思うですよ!
…………。
ク、クラヴィス様の視線が冷たいっ。
こ、こうなったらプランBで!
「――ッ!」
私は力ずくで祝福の波を呼び起こし、クラヴィス様目掛けて解き放ちました。
あ、なんかもの凄く楽に出せまして、これきっとこの神具のお陰ですね。
突然現れたこぶし大の祝福に、クラヴィス様がぴくりと固まっています。
後ろでマーテル様も「まあ!」と驚いていますが、えい。マーテル様にもオマケです。
「フィリア、其方……」
感極まったようなくぐもった声を上げ、クラヴィス様が私を見詰めてきました。
同時に、クラヴィス様には珍しい、奔流のような暖かさが私を包んできます。
……あ、あれ? そんなに喜んでもらうと、追及を誤魔化したかっただけの私はすごく気まずいといいますか。
う、うーん……。
確かに、必要もないのに祝福を贈るのはちょっと特別なことなんですけれども。
でも、クラヴィス様のこの暖かさ、私大好きなんですよね。
えい、ここは気持ちを込めてもう一度。
いつも迷惑をかけてばっかりで。
でも、そんな私のことをいつも心配してくれて。
そしていつもこうして暖かさを贈ってくれて。
本当に、ありがとうございます――――
うわ。
私の身体から、ものすごい勢いで金色の光が迸っていきます。
「な、フィリア無理をするなっ!」
ううーん、祝福祭からこっち、何故かすごくパワーアップをしているような。
ラエティティア様の腕輪がそれを上手に捌いてくれています。さすがは神具ですね。
部屋を埋め尽くさんばかりの特濃特大の祝福が舞い乱れ…………あれ、やっぱりこれはちょっと出過ぎかも。
あ。
意識が遠のいていきます。
いつも冷静なクラヴィス様が、血相を変えて私の肩を揺すっているような。
手首で健気にふるふると震える腕輪の感触、最後にそれだけははっきりと記憶に残っていって――。
ああこれ、絶対に後で叱られるパターン…………。