かわいもうと、あさ。
【AM 6:32】
「お兄ちゃん。起きてください。朝です」
なにやら枕元で声がする。
「……」
「ほら、遅刻しますよ」
ゆさゆさ。身体が揺さぶられる。
「……」
「起きないのなら……」
きしっ。
ぎゅっ。
ちゅー。
「ん、んー!んー!」
ちゅー。
この状態をすっかり堪能している仕掛け人の肩を叩いて、ギブアップの意思表示。
「……はぁ、はぁ。びっくりした……」
「それはお兄ちゃんがなかなか目を覚まさないからです。ほら、早くしないと遅刻です」
「んー。でもまだ……」
時計は6時半を少し過ぎたあたりを指している。まだまだ余裕があるはずだ。
「何を言っているんですか。これからご飯を一緒に食べて、身支度をしたらあっという間に7時を過ぎてしまいます」
そう咎める我が妹はすでに制服に着替えていた。ロングスカートに黒タイツ。
白いシャツの上には淡い桃色のエプロン。エプロンはしっかりひらひら付き。
「そうだね……おはよ」
のろのろと身体を起こす。
「おはようございます、お兄ちゃん。さあ、早く顔を洗ってきてください。目あかがたくさんついてますよ」
「うぇ。わかった」
朝は気怠いのだけれども、ここはしっかり兄らしく起きてやろう。
【AM 6:41】
洗面所に向かう途中、香ばしい匂いが僕の嗅覚を刺激してくる。
今朝は焼き魚……この前の特売の塩鮭かなあ。
少しずつモヤが取れてきた脳内でふくらむ食卓の光景。
「はやくしてください。時間なくなっちゃう」
背中から聞こえる妹の声。そこまで急かさなくても。
「それでは」
「「いただきます」」
ふたりで食べる朝食。いつもの光景。
両親は同居こそしているものの、彼らは朝が遅く、昼前まで寝ているようだ。
「お兄ちゃん」
いつものように僕の隣に座った妹が、こちらをじっと見つめてくる。
「……今朝は時間がなかったんじゃ」
「このために急かしてたんです。はい、あーんして」
鮭の切り身を丁寧にほぐして、骨をしっかり取り除いた状態で、妹は自らの口に入れる。
「あー」
ちゅっ。
れろっ。
「んんっ……」
ぺちゃ。
ぺろっ。
「……んー。甘い」
この甘みは鮭の味なのか、それとも。
「あ、よだれがたれてます。お兄ちゃん、はしたない」
「どの口で言うか」
ツッコミを入れたら、妹はニヤリと笑みを浮かべながら自分の口を指差し、
「この口です。はい、もう一回」
なんて切り返された。
これだからうちの妹は。
【AM 7:23】
「ごちそうさま」
「おそまつさまでした」
朝食にお互い満足したところで、僕は学校へ向かう準備を始める。妹はその間に、食器の片付け。
家を出るころに時計を見ると、すでに7時40分。……少々楽しみすぎたか。
通学路をふたりで並んでゆっくり歩く。
「今日は少し肌寒いですね……右手が寂しいです」
「そんなこと言われてもなあ。まだ冬というには早いから、手袋とかないし」
さすがに外ではべったり、というわけにいかないようなので、手をつないでいる。
「ふふっ。今更ですけど、これって世間でいうところの恋人つなぎですよね」
相手の指を一本一本挟んで、絡ませて握る、手のつなぎかた。
「このほうがあったかいだろ?」
「ええ。とっても、あったかいです」
より密着して、より温かさを感じることのできる、手のつなぎかた。
でも、腕も組めば、もっともっと温かさを共有できる。
入学したての頃は、腕を組んだ上で手もつないで通学路を歩いていたから、そのありがたみは肌で感じていた。
とてて。
ぶるっ。
『桜が咲いてるのに、まだ寒いですね……』
ぎゅっ。
にぎっ。
しばらくはそれを続けていたのだが、とある日、その姿を目撃したクラスメイトから、
「澄ました顔で腕組み同伴登校しやがってこのド腐れシスコン野郎」
などと謂れなき罵倒を食らい、その日のうちにクラス内でのあだ名が「シスコン」に変わったのだった。
腐っているかはさておき、寒がりの妹のことを大切に思うことの何が悪いのだろう。
【AM 8:12】
学校の昇降口に着いたので、繋いでいた手を離す。その時の妹が名残惜しそうに見えたのは、うぬぼれが過ぎるだろうか。
と思えば、一瞬で表情を切り替えてこちらに向き直る。
「お兄ちゃん、こっちこっち」
ぐいっ。
「……いってらっしゃい」
はむっ。
ぺろっ。
とてて。
妹は耳元で囁いて、僕の耳を食むる。
「そうか。そうきたか……」
呆然としながら、1年の下駄箱に向かって駆ける妹の姿を見送る。
うちの妹は、いつも僕の想像の斜め上を行く。
2014年10月に書いたものを虫干し。兄妹のらぶらぶはもっとうまく描きたい。