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企画「ひだまり童話館」参加作品

ウォンバット 一平くん

作者: 霜月透子

 あ。どうも。ウォンバットの一平です。夏山動物園のオセアニア地区にいます。

 オセアニアというのは地球の南側で、オーストラリアとかがあるあたりのことです。いえ、らしいです。ぼくは小さい時に日本に来たのでよくわかりません。そのオセアニアから来た動物たちが住んでいるからオセアニア地区といいます。


 ――って、こんなふうに、たくさんのお客さんの前で自己紹介をしてみたいけど……いないんだよ! お客さんが! 


 いつもぼくの前にだけ誰もいない。ほかの動物たちの前にはいっぱいいるのにさ。


 ウォンバットはぼくだけだけど、オセアニア地区にはほかの動物たちもいる。


 ぼくんちのすぐ隣にはカンガルーやワラビー。かれらはものすごく大勢で住んでいる。大人も子供もいっぱいいる。ぼくは数を3までしか数えられないからよくわからないけど、3を3回数えたよりもずっと大勢いる。

 ふだんはみんなして手足をべろんと投げ出して地面に寝転んでいる。かなりだらしない。だからよくお客さんに指を差して笑われるんだ。

 ときどき立ち上がってびょんびょん跳ねまわったりもしている。そして殴り合いのケンカをしたり。足より太いしっぽで体を支えて、両手でバシバシ叩く。お客さんは「おおっ」とか叫んだりするものだから、次々とヒトが集まってくるんだよな。

 ヒトはカンガルーが本当にケンカしていると思っているみたい。そんなわけないじゃないか。仕事だよ、仕事。たまにはそうやって見せ場をつくらないと盛り上がらないからだよ。かれらだってだらりと転がっているばかりではないんだ。みんな一生懸命に働いて生きている。ヒトと同じ。


 コアラだけはガラス張りの建物の中に住んでいて、ちょっとずるい。どうせユーカリの葉っぱに埋もれて眠っているだけなのに。でもいちばん人気者だからしかたがないのかもなぁ。

 実はぼくもコアラのなかまなんだけど。見た目もちょっと似ているし。ぼくも大きな耳になったらコアラに見えるかもしれない。コアラたちみたいに木には登れないけどね。


 でもぼくもコアラのことけなすことはできない。ぼくだってずっと寝ているから。木には登れないから、地面でうつぶせで寝ている。

 きっとコアラとぼくの人気のちがいはどこで寝るかなんだと思う。だって地面に落ちている樽みたいな動物より、木の上で葉っぱに埋もれている動物の方がかわいく見えるに決まっている。

 それにコアラたちは3と3を合わせた数だけいるけれど、ぼくはぼくだけだし。動物がたくさんいる方が、お客さんも見たくなるんだと思う。


 ぼくはひとりぼっちだし、ずっと地面で寝ているから、ほとんどお客さんは立ち止まらない。

 でもいいんだ。ゆっくり眠れるから。どうせ昼間は眠くて起きていられないし。

 みんなすごいと思うよ。ぼくみたいに昼間寝て、夜起きている動物たちの中にも、夏山動物園で働くようになってからは、ヒトみたいに昼間働いて、夜寝るようになった動物もいる。

 えらいなぁって思う。ぼくにはできない。する気も起きない。こういうのを性分っていうんだろうな。


 ぼくはごそごそと寝返りを打って足の位置を少しずらしてから、また地面に伏せる。壁に頭を向けて、お客さんにおしりを向けて。

 これでもサービスしているんだ。だってほんとうは穴にもぐって眠りたい。そこをぐっとがまんして、お客さんに僕の姿が見えるように地面の上で寝ている。だからおしりを向けることくらい許してほしい。


「ママ。一平くん、今日も寝ているね」


 あ、この声は。

 まぁちゃんだ。ぼくにはすぐわかる。


 まぁちゃんとまぁちゃんのママの声が、眠い頭の中に流れ込んでくる。


「昼間は寝ているのよ」

「ヤコウセイだから?」

「そうね。夜行性だからね。夜に起きている動物なのよ」

「ふーん。だから今はのんびりしているのね」


 まぁちゃんはぼくのファンだ。たぶんだけど。だって眠くて眠くて動けないぼくのことを見に来てくれるのはまぁちゃんだけだから。

 ほかの動き回っている動物たちよりうとうとのんびり過ごしているぼくを見ているのがいいんだって。だからきっとぼくのファンなのだと思う。


 ぼくの、たったひとりのファン。大切なお客さん。


「まぁちゃん、もう行かないと。バレエの時間に遅れちゃうわよ」


 まぁちゃんは週に2回、夏山動物園の近くのバレエ教室に通っているみたいだ。バレエ教室に行く前にはかならずぼくに会いにきてくれる。まぁちゃんとママの話を何回も聴いているうちに、そんなことがわかってきた。

 ぼくもまぁちゃんと会えるのがとても楽しみになった。会うといっても、ぼくは起きていられないんだけど。


「ほら、一平くんにバイバイして」

「バイバイ。一平くん」


 バイバイ。まぁちゃん。

 ぼくは夢の中で答える。

 やがて小さな足音が遠ざかっていった。



   *



 暗くなると夏山動物園は閉園する。お客さんは誰もいなくなって、飼育員も帰る。夜は警備員のおじさんが乗った車が走っているだけ。昼間起きていた動物たちも眠っている。

 だから、山の上にある夏山動物園はとっても静かになる。起きているのは夜行性といわれるぼくたちだけ。

 カンガルーだってほんとうは夜行性なんだ。昼間にケンカをしてみせたりしたカンガルーは疲れちゃって、夜寝ていたりしているけど、ほかのカンガルーたちはびょんびょん跳ね回っている。

 コアラは――建物の中にいるから、ぼくにはわからない。

 遠くで吠えている声とかが聞こえる。ほかの地区にも起きている動物がいるのかもしれない。


 ぼくは砂を掘りはじめる。前足でザッザッザッと後ろの方に掻き出すんだ。ぼくの前足は(後ろ足もだけど)短いので、砂はあまり遠くまで飛ばせない。おしりのあたりにたまった砂を今度は後ろ足でザッザッザッとさらに後ろの方に掻き出す。


 あ。根っこみっけ。


 カンガルーんちとの境に生えている木の根っこが出てきた。前歯でガジガジかじる。かじれないくらい短くなっちゃったら、根っこはもうあきらめて穴から出る。


 ザザァーって山が風に揺れる。木が全部かたむいて見えるくらいの強い風。

 うわっと思って、その場にしゃがみ込む。

 砂が体にあたった。


 風の音が聞こえなくなったら、空にまあるく穴が開いていた。白い穴。と思ったら、月だった。あまりに明るくて、土の中から見上げた出口みたいに見える。


 ぼく、穴から出たよね? まだ穴の中にいるわけじゃないよね? 


 なんだかよくわからなくなって、今出てきたはずの穴を振り返ってみようと腰を上げた。


「一平くん」


 腰を上げたとたん、名前を呼ばれた。――だれだ?


「一平くん。こっち、こっち」


 声のする方をじっと見ると、白い月の光に照らされてまぁちゃんが立っていた。


「こんばんは」


 ぼくと目が合うと、まぁちゃんは小さな手を振った。


 ちょ、ちょっと待てよ。え? なに? どういうこと? なんで夜の動物園にまぁちゃんがいるの? 


「えへへ。来ちゃった」

 まぁちゃんはそう笑ってペロリと舌を出す。


 いやいや、来ちゃったって……。夏になると夜の動物園を開園することはあるけど、まだ梅雨もきていない。うん、まちがいない。だってぼく雨きらいだから、梅雨がきたかどうかは忘れないもん。

 じゃあ、なんで? ぼく、夢見ているのかな? 本当のぼくはまだ穴の中にいて、根っこをかじりながら寝ちゃったとか?

 でも、振り向いた地面に穴はなかった――。あれ? さっき僕が出てきた穴が消えちゃった……。


「夜なら一平くん起きていると思って。やっぱり動いてた」


 そりゃ動くよ。生きているんだからさ。そうじゃなくて。きみはなんでここにいるの?


「え? わたし?」


 うわっ、思ったことが通じているよ。


「だから、一平くんに会いたくて」


 それでひとりで夜の動物園に? いや、むりだろ。門とか閉まっているんじゃないのか? よくわかんないけど。入れないようになっているから、いつも誰もこないんじゃないのか?


「うーん。気がついたらここにいたの」


 なんだか話ができている気がする。今ならまぁちゃんと同じ言葉がしゃべれるんじゃないかと思って声を出してみる。


 クゥ。――出ない。もう一度大きな声を出してみよう。

 ギャウ。――いつものぼくの声じゃないか。


「大丈夫だよ。一平くんがなに言っているかわかる」


 なぜだ。どういうことだ。ぼくは頭の中がぐちゃぐちゃになって、どうしていいかわからなくなって……走った。モートとかいう名前の堀で囲われたぼくんちの庭をぐるぐると駆け回った。


「わぁ! 早い!」


 まぁちゃんが柵から身を乗り出してさけんだ。そんなに乗り出したら危ないじゃないか。ぼくはぴたりと走るのをやめた。


「一平くんはいつものんびりしているから、早く動けないのかと思った」


 まぁちゃんは「すごいすごい」と手をたたいている。


 なめてもらっちゃこまる。そりゃあ、ぼくは体がまるっこいし、足だって短いけど、その気になれば走るのはけっこう速いんだ。たまに飼育員さんが自転車で走っているけど、あれが全力で走ったとしても、ぼくの足には追い付けないだろう。

 今年の夜の動物園ではそれを見せてやるというのはどうだろう。ぼくのファンが増えるんじゃないだろうか。


「でも、一平くんはいつもみたいなのがいいよ」


 いつもってなんだろう。ごろごろだらだらしているだけなんだけど。


「それがいいんだよ」


 いいわけないだろう。よくないからぼくのところにはお客さんがこないんだ。


「……わたしね」


 まぁちゃんは急に自分のことを話し始めた。


 え? ぼくの言葉通じているんじゃなかったの? ぼくの悩みはどうでもいいわけ? いや、べつに悩んじゃいないんだけど。


「お休みがないの」


 お休みってなんだ?


「好きなことができる時間」


 ぼくの言葉通じているじゃないか。……ん? 好きなことをできる時間がない? バレエは好きじゃないんだろうか。


「うん。好きじゃない。ピアノもスイミングも英会話も習字もそろばんも」


 ちょ、ちょっと待て。どれもなんだかわからないけど、それって多すぎないのか? ぼくはほら、3までしか数えられないけど、それでもなんだか忙しそうなのはわかる。しかもどれも好きじゃないだって?


「あ。いっこだけ好きなことができる時間があった」


 それはよかった。さあ、言ってごらんよ。


「一平くんに会える時間」


 ……!


 まぁちゃん、きみはぼくのファンなのかもしれないけど、ぼくはたった今からきみのファンになったよ。


「いつ来てものんびりしている一平くんを見ていると、わたしものんびりできるんだ。いちばん楽しい時間なの」


 そうだったのか。それならぼくは全力でのんびりするよ。木陰でうとうとしながら、風に揺れる葉っぱの音や、お客さんたちの楽しそうな声を聞いているよ。


「でもね、もう会いに来られないかもしれないの。バレエの時間が長くなったんだ。ママが動物園に行く時間はないって言うの」


 そんなに急いでどこに行くの?


「え?」


 さっきぼくは走ったけど、べつに急いだわけじゃない。走りたかったから走ったんだ。ぼくはのんびりゆっくりしているのが好きさ。きっとコアラやカンガルーだってそうだ。ヒトはそうじゃないの? まぁちゃんはのんびりしたいんでしょ?


「でも、ママが……」


 いやだって言えば?


「……言ってもいいのかな?」


 動物の子供たちはいやな時は、ちゃんといやって言うよ。


「じゃあ、わたしも、言ってみようかな」


 まぁちゃんがにっこり笑った。そうしたら、まぁちゃんが光った。そうじゃない。まぁちゃんの後ろから朝日が昇ったんだ。


「わたし、忙しいのはいやってちゃんと言う」


 まぶしくてまぁちゃんがよく見えない。

 朝日がピピピピピと聞いたことのないような音を鳴らした。なんだろうと思っているうちに、まぁちゃんの姿がどんどん光にのまれていく。

 ピピピピピという音が止まって、太陽がやわらかい光に変わった。柵の向こうにはもうだれもいなかった。


 そうかぁ。夢を見ていたのはぼくじゃなくて、まぁちゃんだったんだ。



   *



 ぼくは今日ものんびりすごす。


 隣ではカンガルーがまた殴り合いのケンカをして、お客さんを喜ばせている。

 コアラたちは今日は外の運動場にある木に登っている。久しぶりの外の風が気持ちいいのか、たまに木を降りて地面を走ってみたりしている。

 ごくろうなこった。ぼくはうつらうつらとそんな景色を眺める。

 今日は大サービスだ。このぼくが、お客さんに顔を向けて寝転がっている。

 だって朝からずっとぼくの絵を描いている子がいるから。その子のパパとママものんびりお弁当を食べたりしている。

 せっかくだからもっとサービスしてやろう。

 ぼくはあくびをひとつすると、よたよたとモートのそばまで歩いて行った。


 ここならもっとよく見えるだろう? 


 だから、かっこよく描いてよね、まぁちゃん。



   * おしまい *



挿絵(By みてみん)






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― 新着の感想 ―
[良い点] 幼いまあちゃんの繊細な心の揺れと成長の物語が、ウォンバットの一平くんの一人称で語られているのが新鮮でした。 一平くんがまあちゃんの夢の中に入り込めたのは、心を通わせた子供と動物とが起こす奇…
2015/08/28 00:17 退会済み
管理
[良い点]  何だか焼きそばが食べたくなってきましたが、お構いなしに書きます。  自分のなかではとても新鮮な物語として読むことができました。ふつう「動物園の動物」というキーワードで書くとしたら、「檻か…
[一言] だいぶ遅くなりましたが、ようやく参上いたしました……長谷川です。 そう言えば動物園なんて久しく行ってないなぁと思いながら、『ウォンバット 一平くん』楽しませていただきました。 最近某チーム…
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