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霊恋  作者: ベリー
1/5

始まり



 ―私は何も出来ない。

 ―ただ黙って想い人を見る以外には――。



 その日、桃崎結月ももさきゆづきは朝からずっと緊張した面もちだった。


「もう、ユヅってば。緊張し過ぎじゃない?」


 苦笑しながら結月のもとへ歩み寄って来たのは、結月の中学からの親友である高本葉琉たかもとはるだった。


「だって……告白するんだよ? 緊張しないでいれるわけないよ~……」


 と結月。

 葉琉は「まぁそうだね」と言って、結月の席の机に腰掛けた。

 葉琉の地毛でライトブラウンを、左右で緩く三段にしている三つ編みが揺れる。

 結月には、好きな人がいる。

 幼なじみの、川嶋翔かわじまかけるだ。

 いつ頃から好きになったのかは明確ではない。

 ただ翔を異性と意識し始めた辺りから、淡い恋心が芽生えたのだ。それが今は、確かな恋心に変わっている。

 今は高校二年生の冬。二月だ。

 もう直ぐ本格的な受験勉強が始まる時期だ。

 結月は、それまでに翔に想いを伝えようと考えていた。

 それはつまり、告白するということだ。

 以上の理由で、結月は緊張しているのだ。


「はあ……もう、フラれたらどうしよ……」


 結月のネガティブ発言に、葉琉は優しく笑って言った。


「大丈夫だよユヅ。翔くんとユヅは結構仲良しだし、私が見るには、幼なじみの枠を越えて仲良くなってると思うよ。だからうまくいく確率のが高いよ」


 その言葉に、結月は元気を取り戻して笑った。


「うん……ありがとうハル!」


 地毛で焦げ茶でストレートのセミロングを揺らしながら、結月は葉琉の手を取って両手で握った。


「ううん」


 葉琉が優しい笑顔を崩さず言ったとき、教室のドアが開いて一人の男子生徒――翔が入ってきた。


「あ……! か、翔!」


 結月は椅子から飛び上がって驚いた。

 その結月の挙動に、翔は怪訝そうに眉をひそめて言った。


「ん? 何だよユヅ」

「やっ……別に何でもないよっ! 何でもなくないけど……やっぱ何でもないっ」


 結月は赤面しながらも、慌てて手を振った。


「はあ? どうしたユヅ。寝ぼけてんじゃねぇの? 起きてるかー?」


 翔は右手を結月の顔の前で振った。


「起きてる起きてるっ! ちょー目ぇ覚めてるよ」


 翔は笑いながら右手を戻すと笑って言った。


「おう、おはよう、ユヅ」


 結月は再び赤面して答えた。


「うん! おはよう」


 その時丁度翔の友達が翔を呼んだので、会話は終了してしまった。


「ああ……行っちゃったね、翔くん」

「うん……でも挨拶出来たからいいかな」


 葉琉の問い掛けに、結月はふわりと笑って言った。


「そっか」


 葉琉も笑って応える。


「でも……今、放課後に告白する時間つくってもらうチャンスだったのにね」

「あっ、そっか!」


 葉琉の意見に、結月はガッカリしてしまった。

 葉琉は慌てて取り繕った。


「あっ、でもまだチャンスはたくさんあるよ!」

「ま……そうか」


 その時チャイムが鳴り、再び教室のドアが開いて、担任教師が入ってきた。


「おはようございます、みんな席つけー」


 教室の喧騒が静まり、日直の「気をつけ、礼」の号令で挨拶をする。

 その間も結月は翔が気になって、何回もチラ見をしていた。時々、目が合うのがまたドキドキするのだ。

 そして昼休み、昼食の時間に結月は葉琉と翔のもとへ行った。

 翔の隣には、友達の勇希ゆうきがいる。

 葉琉が勇希に問い掛ける。


「ユウくん、私達も一緒にお弁当食べていい?」

「ああ、いいよ。おいでハル」


 勇希は葉琉に笑顔で了承し、葉琉を傍らへ招いた。

 因みにこの二人は交際をしている。

 結月は翔の隣に座って、努めて自然な笑顔で言った。


「隣、座っちゃうね♪」

「ああ」


 翔も笑顔で応えた。

 結月がお弁当箱を開けると、翔の声が飛んできた。


「うわ、うまっそ。よく思うけど、ユヅの母ちゃんすげえよな」

「そうかな? ありがと」


 結月が、自分の母を褒められた事に照れていると、翔は楽しそうに言った。


「どれか頂戴」


 その様子に母性本能をくすぐられた結月は、優しく応えた。


「はいはい、どれがいいですか?」

「んー……卵焼き!」

「いいよ。じゃあ翔も何か頂戴」

「ああいいよ。ピーマンあげる」

「わーい、ピーマンだぁ。……ってうぉい! それ翔の嫌いな食べ物押しつけてるだけでしょうよ!」

「あ、バレた?」


 そんな他愛もないやり取りをしていると、不思議と緊張が解けていくのを結月は感じた。


―このまま、永遠にこの時間が続けばいいのに――。


 しかし時間は進んでいき、ついに放課後になってしまった。


「ユヅ、ほらガンバ!」

「う、うん……」


 結局時間をつくってもらうのを忘れた結月は、もう今呼び出して告白するしか方法が残っていなかった。

 しかし、緊張で足が動かない。すぐ目の前にいるのに、声が出ない。


―もし、告白してうまくいかなかったら。

 昼のように楽しく喋れないかもしれない。

 それは一番嫌だ。


 そんな考えが結月の足を、手を、声の動きを止める。

 どんどん生徒が部活動に行ったりするなかで、翔は結月の方を向いて言った。


「じゃあな」

「……っ! 翔っ」

「ん?」


 チャンスは今しかない。

 結月はネガティブな思考をむりやりせき止め、言葉を発しかけたその時――。


「翔、何してんだ? 早く帰ろうぜ」


 勇希が翔にそう言った。


「ん? あ、ああ……でもユヅが……」


 翔がそう言い掛けた時、結月はとっさに嘘をついた。


「あっ、いいの。別に何でもないよ。バイバイ」


 結月はそれだけ言うと、翔はもう一度「じゃあな」と言い残して教室のドアに向かっていった。

 因みに翔の所属しているバスケ部は、今日は顧問が出張のため部活動がない。勇希もだ。

 女子バスケ部の結月もだ。

 翔の背中が遠くなっていき、見えなくなった。


「……っ!」


 結月はよろけ、近くの机に手をついた。

 そんな結月に、葉琉優しく言った。


「ユヅ、元気だして。また明日があるじゃない。それとうちのバカはちゃんと叱っとくから」

「私……勇気でなかった……意気地無しだよね……怖かったの。今の関係が壊れるの」


 結月の弱々しい声に、葉琉はしばらくかける言葉が見つからなかった。


「ごめん、ハル。付き合ってもらったのに……」

「ううん。大丈夫だよ」


 葉琉は結月の頭を撫でながら言った。

 しかし、結月の中には、何かモヤモヤしたものが残っていた。

 何か根拠があるわけでもないが、感じる。

 嫌な予感――。

 チャンスを逃したことに対する、必要以上の後悔。


「どうしたの?」


 そう葉琉に訊ねられたのも聞こえず、ただ結月は立ち尽くした。

 しかし次の瞬間、結月は通学鞄も持たずに教室を飛び出していた。


「ユヅ!?」


 葉琉の声も無視し、一気に廊下を駆け抜ける。

 階段を二段とばしで降り、昇降口を抜けて門ね間も駆け抜ける。

  道路に飛び出して走ると、すぐに翔の後ろ姿が見えてきた。


「翔! 翔!!」


 結月の声に翔が振り返った。

 その瞬間、翔と、隣の勇希の顔が驚きに染まるのと、けたたましいトラックのクラクションの音が聞こえたのは、同時だった。


「……!!」


 瞬間、結月の身体に凄まじい衝撃と、遅れて激痛が走った。

 結月は、視界が一瞬真っ白になった後、じわじわと暗くなっていくのを感じた。

 その視界の端で、信号が赤くなっているのを見た。

 遠くで誰かが結月を呼んでいるが、それも昔のことのようだ。

 やがて、結月の意識は遠い暗闇へと飲み込まれていったのだった――。








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