エピローグ
エピローグ
ほとんど一睡もしていない身体は、自然と大学に向かっていた。ただ機械的に電車に乗り、機械的に講義を受けた。集中力なんて、これっぽっちもないはずなのに、どうしてか教授の話している内容はしっかりと頭に入ってきた。そして、結局授業中一睡もすることなく過ごし、今日一日の授業が終わった。
帰りの道もただ無心に歩く。この道を、もう惣乃と二人で歩くこともないのだと考えると、どうしようもない空しさが俺の心を包み込む。
そう言えば、昨日が東京に来てから初めての一人の夜だった。一人暮らしをするために上京して来たのに、結局俺が一人でいることはほとんどなかった。そのおかげで、俺はちっとも寂しいと感じることなく今まで過ごしてきた。家に帰っても誰もいない、そんな当たり前のことが余計に寂しく感じる。
おんぼろの学生アパート、俺と惣乃が暮らした部屋の扉の前で、少しの間立ち止まってみる。もうあの日々は戻ってこないことも、少しずつ理解出来てきた。全部、惣乃に出会う前のあの日に戻ってしまったみたいだ。
だから、俺にとって今日が二度目の始まりの日。
扉の前で大きく深呼吸をして、心を落ち着ける。大丈夫、覚悟ならもう出来た。
そして、俺が初めて東京にやってきて、新たな生活をスタートさせようとしたあの日と同じように、勢いよく部屋の扉を開け放つ。
――もう一度、新生活を始めよう。
俺の新生活の拠点となるはずのおんぼろアパートの一室。真っ先に目に飛び込んでくるのは、まるで整理されていないごちゃごちゃした荷物たち。そして、目に行くのはその部屋の中央。そこには明らかに異質なものが漂っていた。
それは聞き慣れた底抜けの明るい声で、なぜか自己紹介を始める。
「あ、こんにちは!どういうわけか、この部屋の地縛霊になっちゃた片桐惣乃です!どうかまた、よろしくお願いします!」
そいつはまるであの日のように俺に語りかける。
どうやら、静かに暮らせる日々はまだまだ訪れてくれそうにないようだ。
けどそれもいい。もうしばらくは、いつまで続くのか分からない騒がしい日々を楽しむことにしよう。




