第三幕 夢
第三幕です。
なにせ時間がなかったので、今回はかなり荒削りです…
ちょいちょい読みづらいところとかあると思いますが、温かい目で見逃してくれると嬉しいです。
香奈が半ばつられるようにして俺の指差す先を見る。
空は今日も青く澄み渡っている。
「あの空は、偽物だ」
俺は空を指差したまま言った。
空にじっくり視線を這わせていると、ぱっと見では分かりづらいが細かくいくつもの切れ目があるのが見える。
「あれは、何枚ものスクリーンを貼りあわせて、そこに空の映像を投影することで偽造している、人工の空だ。いわば、巨大プラネタリウムだな」
一つの大きな雲がスクリーンの切れ目に差し掛かった。
次のスクリーンへ移るとき、わずかに上下で雲がずれた。
「空だけじゃない、こうやって吹き込む春の風も、暖かい陽気も、箱舟計画によって産み出された人工の偽物なんだ」
窓から吹き込んだ微風が、香奈の長い髪を揺らして通り過ぎていく。
「他にも、ここには絶対的な限界がある」
俺は、今度ははるか彼方、街を越えて、緑の茂る丘を越えて、さらにその向こう。地球であれば地平線があるはずの場所を指差した。
そこには、巨大な鋼鉄の壁がそびえていた。
緩やかな曲線をえがくように上空に伸びる壁は、空と交わるところで消えている。
絶対的な威圧感を放つ壁は、俺たちをその高みから睥睨しているようだった。
「俺たちは、あの壁の向こうには行くことができない。あの壁に囲まれた世界で、生活しないといけないんだ」
俺は窓の外から視線を香奈に戻す。
香奈は、何か考え込むようにして、壁を見つめている。
「なぁ、こんなの嫌じゃないか? 誰かが作った狭い壁の中で、偽物だらけの世界で生きるなんて、俺は絶対に嫌だ。こんなのを希望の楽園だなんて言った奴の気がしれないよ。ここは、楽園なんかじゃないんだ。人々の希望を課せられた俺たちを閉じ込めておくための檻なんだよ。そんなところに、生きる希望もなにもあったもんじゃない」
香奈は、俺とは目を合わさず、窓の外を見つめたまま、俺の話を静かに聞いていた。
「俺は、こんなところで死ぬまで生きるのは嫌だ。こんな、何の価値もない世界にずっといるのは嫌だ。一度でいいから、本物の世界に行ってみたいんだ。放射能で汚れていたっていい、俺たちの先祖が歩いた世界を、俺も歩いてみたいんだよ」
もうブレーキがきかない。ただ思うことをそのままぶちまけていた。
「俺たちの希望は、きっとここじゃなくて、地球にあるはずなんだ…」
俺は、乾ききった口で、最後の言葉を吐き出した。
いつの間にか、手に相当な力を込めていたらしい。
握りこぶしを開くと、俺の手のひらにはくっきりと爪の痕が残っていた。
香奈はまだ黙って外を見つめている。その横顔からは、何の感情も伺えない。
しばらく、重い沈黙が立ち込めた。
何かしゃべった方がいいのかな、と思い俺が口を開きかけたとき、沈黙を破るように香奈が大きなため息をついた。
そのままこっちを向いて座り直し、その口を開く。
「くっだらない。バカじゃないの?」
「…………、は?」
予想外の辛辣な言葉に、うまく反応ができなかった。香奈の顔には明らかな蔑みの色が浮かんでいる。
「私たちは、生まれたときからここにいた。偽物の空の下で、鋼鉄の壁の中で、今まで生きてきた。確かに、ここは来夏の言うとおり狭い檻なのかもしれないよ。だけど、今更なんだっていうの? ここで生きることに、なんの不自由があるの? 住む場所があって、食べ物があって、きれいな水もあって、充分楽園じゃない。偽物だって言っても、生まれたときからそうなんだから、今更どうとか思わないでしょ」
「俺は、生まれたときからずっとそうだから嫌なんだって言って、」
「じゃあ。」
香奈が無理矢理俺の話に割り込む。
「本当に地球に行くとして。どうやって行くつもりなの?」
「そんなの…」
すぐに答えようとして、答えが出てこなかった。
俺はとっさに下を向いて香奈から目を逸らしてしまった。
そういえば、地球に行きたい、とは思うけど、どうやったら行けるのかなんて、考えたことがない。
「他にも、仮に地球に行くことができたとして、そのあとどうやって生きていくつもりなの? 高濃度の放射線にさらされて、毒に汚染された星で、どうやって生活するの?」
更なる追い打ち。
俺は、自分の足を黙って見つめることしかできなかった。
香奈が、呆れたようにため息をついて、
「来夏の言う夢は、ちっちゃい子供がみんな揃ってプロのサッカー選手になりたいって言うのと一緒なんだって。現実味のない、見るだけの夢。いつまでもそんな子供じみた叶わない夢を見てないで、もっと自分のすぐ手の届くところにある夢を探せば?わがままばっか言ってないで、現状を受け入れて生きていくしかないのよ、今更、ね」
とどめを刺した。
「……、諦めろ…ってことですか」
俺は喉の奥から声を絞り出すようにしてぽつり、とつぶやいた。
「そう。てゆーか、もっと現実を見ろってこと」
そこまで言われちゃ、もうなんにも言えない。
俺は長い息を吐きながら天を仰いだ。
「もっと俺に対する配慮とかねぇのかよ…。ザックリ言われて、割と傷ついたぞ、俺。お世辞でも、いい夢だと思うよ、とかさぁ」
そこにあるのは、いつもと変わらぬ教室の天井だ。
「あるわけないでしょ。そんな配慮。あーあ、くだらないことで昼休み使っちゃった」
香奈が弁当箱の入った巾着と、水筒を持って立ち上がる。
「ま、良かったよ。そこまで深刻な悩みとかじゃなくて。もっと、家族が分裂しそうだ、とかそういうハードなやつだったらどうしようって思ってたもん。また、なんかあったら相談してよ? 力になるからさ」
そう言い残して、香奈はさっさと去っていった。
お前は一方的に俺を否定しただけじゃねぇか。なにが力になるから、だよ。
俺は香奈の後ろ姿を見送って、自分の席に戻って読書を再開した。
が、何枚かページをめくったところで、ぱたんと本を閉じてしまった。
どんなに美しい写真を見ても、さっきの香奈の言葉がぐるぐると回って離れない。
「子供じみた、叶わない夢、か…」
俺は読書を諦め、頬杖をついてぼーっと窓の外を眺めた。
諦めろって言われて、それだけで諦められる夢なわけないだろ。
偽物の空の向こうに、壁が見える。
いつもと変わらない、きっとこれからも変わらない風景だった。
今はまだ無理かもしれないけど。
いつか必ず、地球に行ってやるんだ。そこで、俺の希望を探し出してやる。
生徒たちが順番に自分の席に戻り始める。
校庭のスピーカーから聞き飽きたチャイムが鳴り響く。
金曜の昼休みが終わりを告げた。
第三幕も最後まで読んでくださってありがとうございます。
始めの方は調子よかったのですが、最近はなんだか最後まで書ききれるか自信がなくなってきました…
予告です。第四幕「鍵」です。
香奈ちゃんに夢を完全否定され、ちょっとへこんでる来夏くん。
土曜日に行った資料館で、本を読んでいるときに、一人の老人に声をかけられ…?
来夏くんがひょんなことから夢に向かって急加速します。
【修正について】
本当にすみません‼︎
勢いで書いてたので、ストーリー上での深刻なミスをしてしまいました…
一応更新しましたが、まだいろいろ不自然なとこが残ってるかもです…