第二幕 世界事情
こんにちは、詩城孝行です。
今回は、この希望少年クドリャフカの世界設定を、来夏くんがうだうだ説明してくれます。
今回はちとつまらんです。なんせ説明だけですから。
よろしくお願いします。
「このこと、まだ、誰にも話したことないんだ、実は」
香奈がこくこくと首を縦に動かす。
「俺、さ。ちょうど、中三の終わりぐらいかな?その頃から、ずっと思ってることがあってさ」
俺は、ここで一つ大きく息を吸って、一息に吐き出した。俺の胸中を、俺の大きな夢を。
「俺…。地球に……行ってみたいんだ」
時間が、止まった。
香奈が、話を聞く顔のまま、たっぷり数秒間機能を停止した。
そして、気持ち悪い沈黙のあと、
「……はぁ?」
香奈が思いっきり、なに言ってんのこいつわけわかんない、という顔をした。
「なに言ってんのわけわかんないんだけど」
てか言ったし。
「なにって、そのまんまの意味だろ。地球に行ってみたいんだ」
「ナンデ??」
さっぱりチンプンカンプン、というように重ねて聞いてきた。
「私さっぱりチンプンカンプンなんですけども…」
また言ったし。
…仕方ない。
俺は、順番に話していくことにした。
「えーと、まず地球ってなにか分かるよな?」
これはすぐ反応があった。
「それぐらいは分かるわよ、馬鹿にしてんの?太陽系第三の岩石を主成分に構成される惑星のことでしょ?」
頭がいいやつ特有の小難しい説明つき。ちょっとうぜぇ。
「あぁ、そして、俺たちの先祖の故郷、かつて生命が溢れた命の惑星でも、ある」
「でも、今は…」
「そうだな、超高濃度の放射能や有害物質で汚染されきった、死の惑星だ。すべては、22世紀に起こった世界戦争が原因だと言われてる。当時の進んだ技術で、強力な化学兵器や、高性能な核兵器が量産され、惜しげもなくばらまかれた。そして、」
「その結果、気づいた時には地球はもう生命なんかとても生存できる環境じゃなくなっていた、と。そんくらいのことは今時小学生でも知ってるわよ。話が脱線してない? 私が聞きたいのは、なんで地球に行きたいなんて血迷ったことを言い出したかなんだけど?」
「だからそれにもすぐ繋がってくるんだって、いいから黙って最後まで人の話を聞けよな」
香奈は不服そうだが、とりあえず黙って話の先を促した。
俺は、話を続ける。
荒廃した地球では、当然人類も生きていけない。戦争なんてしている場合ではなかった。各国が武器を捨て、手を取り合い、人類が生き残るための手段を模索した。
地道に浄化していこう、という意見があった。当時、すでに放射能を取り除く技術の研究はかなり進んでおり、実用レベルに達しようとしていたのだ。
しかし、今回の汚染はいままでとその規模が違う。惑星丸ごと一つが、超高濃度の汚染を受けているのだ。ちまちまと浄化を進めていたのでは、どれだけ時間と費用がかかるか知れないし、その間に人類が死滅してしまうかもしれない。
世界中の人類全員に、放射能防護服を配布しよう、という意見があった。無論即座に却下された。
防護服一着にどれだけの費用がかかると思ってる。世界の全員にって、めぐるましく変わる世界人口を常に把握し続けて漏れがないようにってのは無理がある。
この辺りで、皆かなり投げやりになっている筋があったのかもしれない。
毎日のように続く国際連合での会議も、徐々に活気を失っていき、諦めの空気が漂い始めていた。
もう、生き残る術はないのかもしれない。
世界が絶望に呑み込まれようとしたそのとき、手を挙げた科学者たちがいた。
彼らの研究グループが提示したのは、今までのものとは方向性が全く違う、新しいものだった。
箱舟移住計画。「マーディネス・アーク・プロジェクト」。
現存する宇宙ステーションをさらに拡大し、人類をそこに移住させよう、という計画だった。
この計画には、莫大な費用と、労力と、時間が必要とされた。実現は容易ではない。
しかし、すでに残された時間も少なく、切羽詰まっていた人類は、その計画を受け入れた。
それからは、戦いの日々だった。
世界中の技術者、科学者が、箱舟の構想、設計に日夜頭を悩まし続けた。
男達は計画のための資源を集めるため、汚れた鉱山で働き、女や子供達も、わずかな資源をかき集めるため、ゴミ山をあさった。
世界中が、一つの計画にすべての力を傾けた。
そのおかげか、箱舟建造は、かなりのハイペースで進められた。
そして、全人類の必死の協力と努力のかいあって、実に3年の月日をかけて、ついに箱舟は完成した。
世界中が、歓喜した。
世界に、希望の光が差し込んだ、と。
しかし、箱舟は、一つの大きな問題を抱えていた。
それは、その内容量が、ごくごくわずかで、世界人口のすべてを乗せることなど、到底不可能だということだ。
世界に広がっていたお祭りムードも、その事実が知れると水をかけられたかのように一気に収縮した。
当然、箱舟の更なる拡大を求める声が上がった。
しかし、科学者グループは、その首を縦に振らなかった。
箱舟の容量は、わずか10万人程度。それだけのものを作るのに、3年もかかったのだ。
すでに高濃度放射能の影響で、世界人口は三十億まで減少している。
人類が、もう限界に達しようとしていたのだ。これ以上建造を続ければ、箱舟が完成する前に人類が死滅してしまう可能性もある。
箱舟の拡大は、認められなかった。
すると、大ブーイングが世界中で吹き荒れた。俺達の努力は何だったんだ。ふざけるなよ、と暴動を起こす者までいた。
しかし、そんなことなどお構いなく計画は進んでいく。
箱舟に乗り込む十万人は、世界中からコンピュータによってランダムに選ばれた。
選ばれた十万人は、地球の希望として、羨望と怨恨の眼差しに見送られ、はるかな空へと旅立った…
「だぁぁかぁぁらあぁぁあ!」
「ま、まて香奈落ち着けって!もうすぐ辿り着くから!とりあえず、最後まで聞いて、ほら水筒もおろして」
香奈は振り上げていた水筒を
だんっ
と音をたてて机に置いた。
「とにかく話が長い! いつになったら本題に辿り着くわけ⁉︎ しかもほっとんどが中学校の歴史で習ったことじゃないの! もっと簡潔に、分かりやすくまとめてよね」
「わ、分かった、分かったから」
あぶない、撲殺されるところだった。香奈は長い話だとか、うだうだしてる奴が大嫌いなのだ。
校長の話のときに足がずっと床を叩いて眉間にしわが寄ってるタイプ。
だがまぁ今回はそんな香奈さんにも最後まで聞いてもらわねばならない。
今の世界設定の説明も兼ねてるらしいし。別に何のことか知らないけど。
「あれだ、長い前置きはもう終わりだよ、香奈。そろそろ本題だよ。」
香奈の視線から殺意を感じるので、さっさと話を進める。
「それから400年近い時間が流れて、今も箱舟はこうして俺達を乗せながら地球のまわりを公転し続けている、と」
「そうね」
「ここまでが今の状況だな。で、俺は思うわけだ。この箱舟は、果たして本当に人類の希望なのか? ってな。」
「? どういうこと?」
香奈がよくわからない、という顔で首を傾げる。
「わかんないかなぁ、なんていうかさぁ…」
俺は窓の外に視線を移し、
「ほら、例えばさ、」
頭上の青い空を指差した。
今回はこんなでしたが、次の第三幕からは少しずつ事態が動いていきます。
第三幕のタイトルは、「夢」です。
来夏くんが、なぜ地球に憧れを抱くのかがやっと明かされます。
それを聞いて香奈ちゃんは…⁉︎
という内容のつもりです。
次回もぜひぜひ、読んでいただけると嬉しいです!