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12. 争うこと ~Competing~ Ⅵ

「ヴィル」つまり現実は僕の想像とは全く異なる姿をしていた。まず、人間だったことが一つ目の驚きだった。二つ目の驚きは、武器や防具その他もろもろを持っていないことだった。こいつらは本当に現実なのだろうか、そうとさえ思った。

「ヴィル」の服装は奇妙なことに黒い帽子に黒いスーツ。そして黒いサングラスという出で立ちだった。僕は米映画の「メン・イン・ブラック」を思い出した。そのままではないが、雰囲気はそれを踏襲しているかのようだった。彼らは五人ほどいた。向こうからゆっくりとそして慎重に黙々と歩いていた。イデアの前まで来ると歩を止めた。彼女の表情が気になったが、確認することは出来ない。

 彼女が太刀の柄を両手で持ったまま、動くことが無かった。恐怖で動けないのか、それとも攻撃するタイミングを見計らっているのか、僕には分かるはずがなかったが、今の僕には考えることしかできない。僕が先制をしかけて彼女を守らなければ。そんな正義感も、今の彼女と同じく、瞬間冷凍された水銀のように動くことができなくなっていた。

 現実の擬人化も、想像の擬人化も止まっていた。僕はまるで「少女と黒服の人間たち」という題の立体模型を見ているような気がした。僕はそれと同時に模型を壊してはいけないと思うようになった。完璧に再現されたその作品を、武器などという雑なもので破壊したくはなかった。


(そして、本能が僕の身体を駆け巡った。精神世界。不秩序な視界。)


 僕はあらゆる方面から攻撃を受けた。どのようにされたのかは僕自身もよく分かっていない。何もかもが冷静にそして沈着に進んでいた。僕は殺される、衝動でそう思った。しかし彼らはエネルギーを供給されなくなったロボットのように弱体化を始めた。僕を傷つけていた攻撃も、今では威力の低いものになってしまっている。幼い子供たちが、寝ている僕をくすぐり続けているのだ。

 事態を把握できていない。それは旅を始める時からすでにそうだったが、今回は特別だ。一体、何が起きているのだろう。イデアが助けてくれたのか。しかし彼女の姿はどこにもない。僕には先ほど見ていた紺色の地面も、昼の太陽も見えなかった。ペンキをぶちまけたような奇怪な色のアート(渦巻きを描く)が三六〇度全ての方角にあるだけだった。今の状態では感覚だけが真実だった。生まれ行く虚構の中で自分の身におこる感覚だけが唯一頼れる真実だった。

 視界が徐々に「目に映った情景」という本来の意味をなさなくなってきた。僕は目を瞑った。しかしそれは出来なかった。すぐにそれを妨げているのは僕自身なのだと気づいた。僕が僕自身をあらん限りの力で妨げていて、それはもう一人の僕も同様に感じているということだった。言わば相撲、あるいは綱引きのようなものだった。意識のある僕が正義で妨げているもう一人の僕が悪、というわけでもなさそうだった。考えることは何もなかった。意識のある僕はひたすらに抵抗を続けるだけだった。

 誰かが僕の耳を閉じた。今度は自分のせいではない。本当に他人の手によって、僕はしばらく聴力を失った。ごうごうと筋肉の躍動する音が聞こえた。暇になった僕はその音に耳をすませた。僕は連れて行かれるようだった。奴隷にされるかもしれない。殺されるかもしれない。可能性としては高かったが、不思議と怖くはなかった。殻に閉じこもったまま、とあるメロディーが頭の中で鳴り始めた。筋肉の音ではない、列記とした軽やかな旋律だった。僕はその音楽をどこかで聞いたことがあった。メロディーも、歌詞もどこか懐かしい思いがした。これは僕が探し続けていた音楽。答えを求め続けていたメッセージだ。


 He began to run.

 I sing in a place unrealistic.

 Gorgeous colors went away and leave me.

 I seek the light of seven colors.……


 アイ シーク…… 新しい一行だ。まだ最初の行だって理解していないのに、これでは宿題が増えるだけだ。まったく、マスターは何を考えているのだろう。僕はいつまでたっても未完成。永遠に不完全なのに。

 その時突然、僕の視界が嘆きの声を発した。僕は自分の眼球に目線をうつした。視界、そして眼は「光」を欲しがっていた。まるで眠りから覚めた赤ん坊が、ミルク欲しさに嗚咽を続けているような感じだった。僕はそばによって自分の眼を抱き寄せた。大丈夫、すぐに持ってきてあげるね。眼は嘆くのをやめ、僕をじっと見つめた。どうやら期待されているようだった。僕は身体の奥に落っことしてしまった意識を探した。意識はすぐに見つかった。僕はそれを頭にかぶり、改めて眼を見つめた。彼はそれを確認すると、黙って頷いた。もう許してくれたようだった。僕は光を見る準備を始め、目の前で繰り広げられているペンキの戦争を部屋の隅に追いやった。自分に起こっている真実はちゃんとこの目に焼き付けるのだ。僕は理性を手持ちに加えた。再出発に向かう準備はそれだけでよかった。

 僕は目を開けた。僕の外で待ち構えていた光は決壊したダムのように次々と僕の意識に流れ込んできた。


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