不可視
「あの人の顔さえみたくない……!」
「そう。人の色恋沙汰とは面倒なものなんだね。
それじゃあ、行くよ」
少女が腕を動かす。
透き通るような鈴の音。薬指についていた鈴、だろう。
ずっと聞いていたくなるような、でもどこか不穏な空気を漂わせた、その音。
──閃光。
視界が真っ白になって、少女の輪郭は溶けるようになくなっていく。
瞼を開けるようになるには、少し時間がかかったように思える。
数回、瞬きをする。
闇しか、ない。
おかしい。私は部屋の電気をつけていたはずだ。
それに、私は暗所恐怖症だ。
軽くパニックを起こす程度だが、それがない。
つまり、電気は"ついている"筈。
この闇は別の要因による闇、ということになる。
「……失明……?」
「あれ、もうわかってしまったのか」
少女の声。
「どういう、こと」
「どうもこうも、失明で当たりだよ
"あの人の顔さえみたくない"んだろう?」
ふるり、と体が震える。
「無償の幸福なんてないんだよ」
耳元で少女が囁く。
呼吸が乱れる。
「そういう、意味じゃ」
「じゃあどういう意味だったんだ?
生憎僕は融通がきかなくてね。
別に視力を返してもいいけど、そうしたらまた別の何かをもらうことになるよ」
足音も立てず、少女が私のまわりを歩く気配がする。
鈴の音もしない。全くの無音で、少女が動く。
「私は、ただ、あの人が見たくないだけ、で」
「うん、だから視力をとったんだ」
「違う、あの人だけ、見たくない、の……!」
「わがままだなあ」
はあ、と溜めた息を吐く音。
少しして、かつん、と靴音が聞こえた。
「どこ、に、いくの」
「どこに、って、帰るんだよ」
「なっ……もどしてよ!」
「いやだよ。大体、"願いを二つ叶える"なんて言ってないよ?」
確かに、言っていない。
けど。
「この先どう生活しろって言うの……っ」
「……さあ、ね。大体人は自分で生き方をいくらでも変えられる。
自分がどう過ごすかは自分で決めるものだよ、他人にどうこう言われて決めるものじゃない」
靴音が遠ざかっていく。
視界は暗いままだ。
「待って、待ってよ……!」
「……人というものは、初め素直な反応はしてもその後も同じ反応をするとは限らないんだね。
……僕の考えだけど。さて、おしゃべりはもう終わりだよ」
こつん、と靴音が再び聞こえて、……後には静寂と、闇が残った。




