溶け合う意識
「何か願い事はないかい?」
暗闇の中、聞こえた言葉。
私しかいない筈の部屋に響く、幼い声。少女、だろうか。
私は何の疑問も持たず、呟く。
「"あの人とずっと一緒にいたい"」
暗闇の中で、頷くような気配がした後、ちりん、と鈴が一度鳴らされた。
闇に慣れきっていた目には刺激が強すぎるくらいの閃光。
瞼の裏で、あの人を想起する。
あの人──私のことを一番に思ってくれていたのに、あの人にとって私はただの友達にしか過ぎなかった。
その証拠に、あの人は彼女ができた、と嬉しそうに話した。
"悠も早く彼氏見つけろよ"
あなたじゃなきゃ、駄目なんです、なんて。
そんなこと、言えないから。
だからあの願いは私の本心だ。
私だけ見て。
私のことだけ考えて。
私以外の人に触れないで。
病んでいると、自分でもわかるくらいにあの人のことばかり考えている。
思案していると、不意にインターホンが鳴った。
「……」
誰、だろう。
暗闇の中の気配は何時の間にか消えていた。
消えてしまったものはしょうがない、と、思案を止め玄関へ急ぐ。
チェーンは外さず、ドアを開く。
「……!」
「いきなりごめん、悠」
「……壬晴、さん」
願い事の中心、あの人──壬晴さん。
思考は後回しにして、素早くドアを閉め、チェーンをはずす。
「壬晴さん、どうしてこんな時間に……?」
「悠が気になっちゃってさ、悪い、もしかして寝てた?」
「いえ、眠れなく、て」
普通の会話。
いつも通りのあの人。
ただ違うのは。
あの人から漂ってくる、血のにおい。
「ごめん、ちょっと"ごみ"の整理しててさ、風呂、借りていい?」
「は、はい、今お湯入れます、ね」
私が脱衣所の方へ向くと、あの人は荷物を片手に携帯を弄りながら居間の方へ歩いて行く。
「あ、……?
悪い、俺の部屋……鍵……さんに………渡して…」
水音の所為でうまく聞き取れないけど、どうやらあの人は住んでいた部屋を引き渡してきたらしい。
急に、どうしたのだろうか。
居間に戻ってもあの人はまだ話を続けていた。
あの人の携帯からは、微かにだがサイレンの音や人の叫び声がする。
「……あの、壬晴、さん……?」
「ん?ああ、気にしないで」
張り付けたような笑顔。
いつものあの人のはず。でも、どこか、違う。
「悠、心中、しようか」
「え……?壬晴さん、何を、」
携帯を叩きつけるように放り投げ、壬晴さんがこっちに向かってくる。
「目張り、ちゃんとしないと、ね」
「目張り、って」
「風呂場だけ、ね」
そう言って壬晴さんは袋を持ったまま、私の手を引いてお風呂場まで歩いて行く。
お風呂場につくと、私から手を離し、歌うように何かを呟きながら袋の中に入っていたガムテープで何重にも目張りをし始めた。
袋の中には大きく「混ぜるな危険」と書かれた洗剤らしきものが何種類か入っていた。
「硫化水素自殺、って知ってる?
いや、知っても知らなくてもいいんだけどさ、俺も悠も苦しまないように薬局で睡眠薬いっぱい買って来たからさ、それ飲んで死のうよ、一緒に」
「壬晴、さん」
本気だと、そう思った。
顔は笑っているのに、目が笑っていない。
……でも、それもいいかもしれない。きっと、ずっと一緒にいられる。
そう思いながら、水に溶かした睡眠薬を飲む。
やがて、ゆっくりと沈んでいくような眠気がやって来る。
「大丈夫。手が離れないように……ロープで、ちゃんと繋いだから」
あの人の声がする。
ぼんやりとする意識の中、私は少女のことを思い出していた。
少女はどこから入ってきたのだろう。そして、霧が晴れるように気配が消えたのは一体どういうことなんだろう。
しかし眠気は、答えに行き着くことを許してはくれない。
あの人が一層強く、手を握り、そして意識が、途切れた。




