モノトーン
○三題噺
出されたお題で2000文字以上の短編を書きあげる。
お題①悲恋
お題②ギター
お題③三人
「大人になってビールのうまさが初めてわかる。」
それは僕の父の言葉だった。
たしかにそうだと思う。
仕事の後の1杯、というのはまたたまらないものがある。
ビールを一口飲み、そして僕は部屋にあるDVDプレーヤーにCDを入れ込み、曲を流すことにする。
毎月第1金曜日の夜、僕は必ずこのCDをかけることにしている。
数年前の11月、都内の某大学、そして二回生の僕。
今は会計学の講義が始まる少し前。
少しだけ早めに講義室に入った僕は、窓際の席に陣取りながら外を眺める。
木枯らし、とまではいかないかもしれないが、風で木が揺れているのが分かる。
「よー、ユウキ。」
長身痩躯の体型、そしてゆるくパーマのかかった茶髪の男に声をかけられる。
それが僕の友人、シンヤだ。
「そういえばアヤは?まだ来てない?」
「うん、アヤはまだ来てない。でもタイミングよく今入ってきた。空気の読める女だね。」
「あ、ホントだ、来た。相変わらず遠目でも分かるよな、あいつ。」
僕たちの視線の先に、腰にまで届きそうな長い黒髪、そんな特徴を持つ女の子がいた。
それがもう一人の友人、アヤだ。
僕たちを発見したアヤは、それは当然のことだけれど、僕たちのすぐそばの席に座る。
「おはよ。いつもの3人だね。」
アヤはまんざらでもないという顔でそう言った。
「まぁ仲良きことは美しきかな、ってな。シンヤとアヤもそう思うだろ?」
「ユウキのその言葉の選び方、なんか時代ががってるよね。シンヤもそう思わない?」
「そうだよユウキ。いくら作家志望でもお前は言葉がなんか古いんだ。何時代の人だよ。侍?」
そして僕らは笑いあう。
そんな大学生活のありふれた1シーンだ。
僕たち3人は1年の最初の授業で知り合った。
初めての講義、それは教養科目の教育学だった。
そこで僕は、シンヤに声をかけられたのだ。
さらには近くにいたアヤまでも巻き込んで、僕たち3人は知り合うことになった。
そんな出会い方をした僕たちが、3人組と思えるまでにどうして仲良くなったか。
それは、3人が似たような夢を持っていたからだ。
僕たちは普通のサラリーマンではなく、いずれ創作の世界で生きたいと思っていたのだ。
僕は作家に、シンヤはアコースティックギタリストに、アヤはイラストレーターに。
それぞれが違うサークルに属しながらも仲がよいのはこの夢のせいだ。
いずれその道で生きて行きたい、そんな夢を1年間、僕たちは語りあった。
そしてお互いにそれぞれ好きな創作、文章、ギター、絵を披露しあった。
僕はギターのこともイラストのことも分からない。
そして2人も文章のことはわからない。
それでも僕たちは惹かれあい、一緒にいるのだ。
今日の講義が全て終わり、その帰る道すがら、シンヤからメールが入った。
「ちょっと思いついたことがあるから3人で話さないか?俺の家来てくれない?」
今日バイトも無く、特にやることもなかった僕は、シンヤの家に向かうことにした。
大学から歩いて行ける距離にシンヤは一人暮らしをしており、集まるのには好都合なのだ。
大学から近いとはいえ、秋の風は僕の体を冷やす。
僕が体を冷やしながらシンヤの家に着いたとき、そこにはすでにアヤがいた。
アヤは風対策なのか、長い髪を一本に縛って邪魔臭そうにしていた。
切ればいいのに、と思うがそれは言わないことにする。
アヤにはアヤの考えや趣味があるのだろうから。
家主であるシンヤは僕たち二人にコーヒーを差し出した。
温かいコーヒーが秋の風に冷やされた僕たちに染みる。
シンヤはタバコに火をつけ一吸いし、僕とアヤが一息ついたのを確認してから話し始めた。
「あのさ、俺たち3人で合作しない?俺たちなら出来ると思うんだよ。」
シンヤの思いつきはこうだった。
まず僕が詩を書く。
そしてシンヤがそれに曲をつけ歌う。
それをCDにして、そのジャケットとイラスト集をアヤが書く。
話を簡単にまとめればこういうことだ。
「あ、楽しそう!やろやろ!」
シンヤの提案は魅力的だったのだろう、マンガのように目をキラキラ輝かせてアヤはやる気になっている。
しかし僕はすぐには返事できなかった。
というのも、僕は物語を書いたことはあるが、詩を書いたことがないからだ。
いまいち乗り気でない僕に、シンヤは1枚のCDを取り出した。
CDのケースから歌詞カードを取り出し僕に渡す。
「こんな歌をね、創りたいんだよ。で、これ歌詞カードね。」
シンヤはコンポの中にCDを入れ曲を流す。
僕は言われるがまま、歌詞カードを見ながら曲を聴くことにした。
部屋の中が曲に満たされる。
「あ、シンヤ、これってあれだね。」
「そうそう、あれ。」
どうやらアヤは何の曲かわかったらしい。
しかし僕は始めて聞く曲だった。
歌詞をつらつら眺めると、どうやら猫が登場する物語になっているようだ。
そして数分の後、曲が終わる。
僕は目頭が熱くなるのを感じていた。
いい曲だ。
心が揺さぶられる。
シンヤに言ってリピートしてもらい再度聴きなおす。
やはりいい曲だ。
物語が頭の中にイメージとして叩き込まれる感じだ。
僕もこういうことが出来るのだろうか、こういうものが創れるんだろうか。
人の心を揺り動かせるような、そんなものが。
そう思うや否や、僕はすぐさまシンヤとアヤにこう言った。
「僕が物語り書くよ。そしてCD創ろう。」
僕はそれから何度も物語を書いた。
シンヤからは分かりやすい物語を、と言われた。
アヤもそのほうがイメージしやすい、と。
僕たちはバイトが無い日にはシンヤの家に行き、三人で話した。
そして僕は物語を書いた。
頭をかきながら何度も何度も書き、シンヤとアヤに読んでもらう。
果たして2週間後、ようやく物語が出来上がる。
それはこんな物語だ。
黒猫の国と白猫の国がありました。
黒猫の国には王子が、白猫の国には姫がいました。
その二匹は出会い、恋に落ち、結婚し、黒猫の国で暮らすことになりました。
しかし二匹が結婚してから少しして、黒猫の国と白猫の国は仲が険悪になり、戦争をすることになりました。
黒猫の国の王子は悩みました。
王様、つまり黒猫の王子の父が、白猫の姫を殺すように命じたからです。
それを知った白猫の姫は自ら命を絶ちました。
黒猫の王子に自分を殺す罪を着せたくなかったからです。
黒猫の王子も自ら命を絶ちました。
大事な姫を無くしたくなかったからです。
その後、大事な跡継ぎを失った黒猫の国と白猫の国は仲直りしました。
でも大事なものは、王子と姫の命は戻ってきません。
王子様とお姫様は、戦争をおさめた英雄として、民の間でいつまでもいつまでも語り継がれました。
「ユウキの書く物語はいつも小難しい。これくらいシンプルでいいんだよ。」と、シンヤはとても気にいってくれた。
アヤも絵のイメージがわく、といってくれた。
しかし猫が出てきた、という理由で二人が笑い転げていたのは心外だった。
僕は「いや、出るだろ。君たちのせいだよ、間違いなく。」と精一杯の反論をした。
僕たち3人はこの物語に名前をつけることにした。
モノトーン。
これが僕たちの創作の名前だ。
黒猫と白猫、そして白黒付かない結末は灰色、だからだ。
そしてアヤは絵の、シンヤは曲の制作に取り掛かった。
シンヤの家では歌詞と曲についての話し合いが続く。
そしてアヤの家では絵についての話し合いが続く。
物語を作ったのは僕だから、シンヤもアヤも僕が必要なのだそうだ。
僕たちは真剣に語り合った。
自分たちで出来る最高のCDを創るために。
そんなシンヤと歌詞についての話が一通りついた時だった。
シンヤは今まで吸っていたタバコをもみ消すと、「あ、ちょっとコンビニまで飯買いに行くよ。寒いからユウキは待ってて。」と言うや否や、外に出かけていった。
相変わらず思いつきで行動するやつだな、と思う。
しかし特にやることも無く手持ち無沙汰な僕はあたりを見渡す。
壁にあるポスターや床に詰まれた楽譜などを一通り見渡した後、なぜか僕はさっきまでシンヤが吸っていたタバコが目に留まった。
僕は何の気になしに、そのタバコを咥えてみた。
甘い。
え、なんだろう、この感覚。
タバコを初めて咥えたが、タバコってのは甘いものなのか。
僕はすぐさまタバコを灰皿に戻した。
とりあえずそのタバコから逃げたかったのだ。
僕が動揺をおさめようと深呼吸を3回ほどした頃、シンヤが戻ってきた。
「うえー、寒いな。うあー。もうさ、秋って寒いから嫌いだよ。」
「だからこそ風情があるんだよ。寂しいと言うか切ないと言うか。」
「やっぱりユウキの言葉選びって古いよな。」
そして僕たちは笑いあう。
しかし僕にとっては、いまだ動揺している心を悟られないための笑いでもあった。
それからだった。
シンヤの唇と指、そして表情に、そこはかとない魅力を感じるようになった。
そしてそのたびあのタバコの甘さが頭をよぎる。
曲と歌詞を刷り合わせるとき、シンヤはギターを抱えて、歌を口ずさむ。
あの唇に触れたい。
あの指に触れられたい。
真剣な表情をもっと見たい。
この感情はなんだろうか、僕は少し、おかしくなったんだろうか。
頭の中に疑問や言葉が浮かんではすぐさま消える。
それからは意識してシンヤの家に行く回数を減らした。
ほんの少しだけ距離をとりたかった。
その分、アヤの家に行く回数が増えた。
僕は頭にあるイメージをアヤに語り、アヤはそれを聞いて絵を描いた。
何度かアヤが絵を描いてるところを見せてもらったこともある。
指が繊細にペンタブレットを操り、パソコンの画面に絵を浮かび上がらせていった。
そんなアヤの真剣なまなざしは、声をかけるのを躊躇わせるに十分だった。
人が真剣に何かに打ち込む姿というのは、一種の神々しさと畏怖を抱かせるものなのかもしれない。
そしてアヤはたびたびこう言った。
「ユウキの物語にぴったりの絵を描くからね。もう少しだけ待って。」
幾日かが過ぎ去り、アヤから僕にメールが入った。
「あのね、全部の絵が書けたよ。うちに見に来て。」
僕はメールを受け取ってからすぐさま電車に揺られ、アヤの家に向かった。
もうすっかり冬になった風が冷たい。
そしてアヤの家に着き、チャイムを鳴らす。
「あ、入って入って、寒いでしょ?ココア入れるから先に部屋に行ってて。」
僕はアヤの部屋に向かう。
アヤが部屋に戻ってきたときに、暖かいココアを渡され、僕はそれを一口飲む。
冷え切った僕の体はココアに染められ、少し鳥肌がたつのを感じる。
それにしても僕は何度この部屋に足を運んだのだろう。
アヤの部屋は普通の女の子の部屋、というイメージには少し遠い。
改めて見てみると、あちらこちらに雑多にイラスト集がおかれている。
イラストを書く人の部屋とはこういうものなのかもしれない。
シンヤの部屋には楽譜が転がり、僕の部屋には書籍が転がっているのだし。
「ユウキ、これ見てみて。」
僕はアヤに促されるままにパソコンの前に座り、パソコンの画面に映し出された絵を見る。
それは黒と白のモノトーンを基調とした絵だった。
そして物語のとおりにかわいらしい絵が連なる。
僕には絵のことはよく分からない。
でもあの物語にはとてもあっているような気がした。
「いい絵だね。さすがアヤだよ。」
「ううん、ユウキの物語があったからだよ。」
そして、少しの沈黙の後アヤの顔が僕に近づく。
その長い黒髪をかきあげながら。
僕は突然のことに動揺し、体が動かなくなっていた。
「シンヤにはまだ絵ができたって言ってないんだ。先にユウキに見てもらいたかったの。ユウキのね、真剣に物語を作っている姿、本当に素敵だったよ。」
そして、僕はアヤに唇を奪われた、そう、奪われたのだ。
僕の初めてのキスは甘かった。
しかしそれは、シンヤのタバコを咥えたときと同じ味だった。
その事実に僕は困惑する。
何故なのだ。
そんなことってあるのか。
アヤの唇とシンヤのタバコが同じ味だなんて。
アヤの唇ならわかるんだ。
なぜシンヤのタバコが同じ味なんだ。
やはり僕は少しおかしくなったのだろうか。
さらに2週間後のことだ。
曲が出来上がった、とシンヤから連絡が入った。
そしてアヤには絵を持ってきてもらい、シンヤの家で一緒にお披露目会をすることになった。
お披露目会の当日、僕とアヤはわくわくしながらシンヤの部屋に到着する。
「よー、よく来たな。いい曲できたからびっくりするんじゃないぞ?」
シンヤの軽口がその自信を物語っているようだった。
言葉を交わすのもそこそこに、シンヤはギターを抱えた。
「じゃあモノトーン、お披露目会を始めます。」
ジャラーン……
シンヤの抱えるギターから音が奏でられ、その唇からは歌が流れ出る。
僕には音楽のことはよく分からない。
ただその音は心地よく、イメージしていたような切なくなるような曲だった。
黒猫白猫の物語、そしてその悲恋。
アヤの方を見てみると目を閉じ、真剣に聴いているようだったが、口だけはほころんでいた。
アヤも気に入ってくれたようだ。
ただ僕はもういくつかの感情を抱く。
あの唇に触れたい。
あの指に触れられたい。
真剣な表情をもっと見たい。
そんな思ってはいけない感情。
そして曲が終わった。
「どう?」
シンヤのその言葉に、僕たちは拍手で答えを返した。
いい曲が出来た、いや本当に素敵な曲が出来上がったと思う。
僕とアヤはその余韻に浸っていた。
そして次はアヤがシンヤに絵を見せる番だった。
アヤが持ってきたノートパソコンで絵を見せる。
それを1枚1枚じっくりとシンヤは眺めこむ。
見終わったシンヤの目が喜びを湛えたように見えた。
「さすがアヤ。俺の目に狂いは無かった。」
「よかったー。今ね、私すごくほっとしてる。ありがと、ユウキ、シンヤ。」
アヤが僕の手をそっと握り、僕は握り返し、そして少しだけ肩を抱き寄せる。
「なんだよお前らー。そういう関係なのかよー。いつの間にだよ!」
そして3人で顔を見渡しあい微笑みあう。
「まぁそれでも……」
「これで……」
「完成!」
作品を創り終えた僕たちは、さらに大きく微笑みあう。
これ以上ないくらいの笑顔が部屋に充満した。
しかし微笑みの裏で僕は苦悩する。
僕はシンヤへの思いをどうしていいのだろうか。
シンヤに言葉で伝えるべきか。
いやそれはおかしい。
男と男じゃないか。
それに俺にはアヤがいるじゃないか。
こんな感情はおかしい、間違っている。
僕の苦悩はさておき、物語が出来、絵も決まり、歌も完成したのでCDを創り始める。
それは僕が物語を書き、シンヤが奏で歌い、アヤが描いたイラスト集を添えたものだ。
1枚1枚CDをパソコンに入れ音楽を焼きこみ、アヤの書いたイラストを印刷する。
僕たちにとっての、今できる最高傑作、モノトーンが形になった瞬間だった。
出来上がったCDを見、僕はほくそえむ。
アヤにいたってはCDを持って踊っていた。
それほどまでに嬉しいのだろう。
しかしシンヤは真剣な顔をしていた、
そして何枚目かの焼きあがったCDを手に取ったとき、呟くように言った。
「どうせだったら誰かに聴いてもらいたいけど、どうすっかな。うちの学祭もう終わってるし。」
そうだ。そうなのだ。
誰かに聴いてもらいたい、見てもらいたいと思うのは創作をするものにとっての当然の欲求だ。
僕だってそう思うし、アヤだってそう思うはずだ。
しかし一番いい発表の場である学祭は少し前に終わっている。
どうしたものだろうか。
僕たちは話し合いの結果、月をまたいだ第一金曜日の夜、この地方では一番大きい総合駅の広場で路上ライブをすることにした。
そこでCDを300円で売るのだ。
それくらいの金額なら手にとってくれやすそうな気がしたからだ。
もっとも、そんなことをして大丈夫なのか、という不安が頭をよぎる。
しかし法律的にはどうかは分からないが、多分最悪怒られるだけで大丈夫じゃないか、というところで落ち着いた。
僕たちのモノトーンが、他の人の目と耳に触れることになった。
僕はその興奮を抑えることが出来なかった。
シンヤもアヤも同じ気持ちのはずだ。
そしてその金曜の夜、某駅広場のことだ。
そこにシンヤの歌声とギターの音色がこだましていた。
なにかのカバーだろうか、シンヤは僕の知らない曲を弾いていた。
観客は僕とアヤ以外に十数人。
最初は僕たちだけだったが、シンヤの歌が始まると一人、また一人と観客が増え、この人数になった。
数が問題じゃないとはいえ、意外にも結構な人が集まってくれた、と嬉しくなる。
何曲かが終わった後、シンヤはこう切り出した。
「今まで聴いていただいてありがとうございます。次の曲が最後です。これは僕とそこにいる友人、三人で作ったオリジナルの曲です。今まで以上に心をこめて歌うので聴いてください。モノトーン。」
何人かの観客が僕とアヤを見る。
注目されるのは悪い気持ちじゃないけれど、少し緊張する。
そしてモノトーンの演奏が始まった。
僕たち3人で作ったモノトーン。
アヤが僕の手をとり、僕たちはシンヤの歌声と曲を聞いていた。
まわりを見渡すと、観客も耳と心を傾けて聴いてくれているようだった。
そして歌と物語が終わり、観客から拍手が起こった。
僕たちも拍手する。
「モノトーンはCDにしています。1枚300円です。もしよかったら買っていってください。イラストもついています!」
シンヤのその言葉で、CDを買い求める人が数人いた。
僕は嬉しさで身震いをした。
アヤを見ると、その目に少し涙が浮かんでいるのが分かる。
数分立って観客が散らばりだしたとき、僕とアヤはシンヤの元に駆け寄る。
そして肩寄せあって喜んだ。
本当に幸せな瞬間だった。
やりきった、やり遂げた、そんな充足感もあった。
3人笑顔でハイタッチもした。
アヤは本当に泣きそうで、「うええ、嬉しい。ホント嬉しい。私、どうしたらいいかわからない。」と搾り出すように言葉を口にしていた。
手足をばたばたさせているのが子供のようで、見ていて可愛らしい。
「かっこよかっただろ、俺。ユウキやめて俺に惚れてもいいんだぜ?」
「ごめん、それは無理。だってユウキのこと大好きだモン。でもシンヤかっこよかったよお。」
さらに3人で抱き合って笑いあった。
夜なのに世界が光輝いているようであり、今日という日が、いや、今という時間がいつまでも続けばいいと思った。
そして今度ははっきりと思う。
僕はシンヤの歌い、演奏する姿に魅了されているんだ、と。
結局、僕たちの合作はこの1回で終わることになる。
路上ライブから2ヵ月後、シンヤのお父さんが突然亡くなって、実家の家業を継ぐことになったのだ。
シンヤは大学を辞め、実家に帰ることになった。
実家は遠く、おいそれとは会いに行けない距離。
シンヤが故郷に帰る最後の日、僕たち3人はぎりぎりまで語り合った。
人生も、夢も、希望も、全部ひっくるめて語り、またいつか合作しよう、と約束もした。
笑い、語り、そしてアヤは泣いていた。
僕とアヤは、シンヤを駅まで見送ることにした。
駅に到着したとき、発射時間まではまだ少しあった。
しかし、あと少しでシンヤは新幹線でここを離れる、という事実をまざまざと見せ付けられるようだった。
アヤは完全に泣いており、言葉を話すことが難しいまでになっている。
僕はシンヤに何を伝えないといけないのだろう、ありがとうか、幸運を、か。
何かを、何かを。
そして僕は迷ったあげくシンヤに思っていることを告げた。
「僕はシンヤのことが好きだ。大好きだ。」
今一番伝えたいことを僕は伝えた。
そう言いながら、僕の目には軽く涙が混じったかもしれない。
シンヤは笑顔でこう言った。
「俺もユウキのことが好きだ。アヤのことも好きだ。ユウキとアヤがいてくれたからモノトーンができた。ありがとう。あの路上ライブ、一生忘れない。一生の思い出を本当にありがとう。そしてお前ら二人、末永くお幸せにな。じゃあな。」
嬉しい。
本当に嬉しい。
シンヤだって寂しいだろう。
その中で俺とアヤのことを祝福してくれて本当にありがとう。
でもそうだけどそうじゃないんだ。
好きの意味はそうじゃないんだ。
でも、でも。
そして時間が無情に過ぎ、電車はドアを閉め走り去った。
あとには僕とアヤだけが残された。
僕はアヤの肩を抱き、涙の流れるその頬を撫でた。
それから数年たった。
残念ながら、僕たちは誰も学生時代の夢を叶えていない。
僕は商社マンになり、忙しさにかまけて文章を書けていない。
休みの日に書けばいいじゃない、と思うかもしれないがおおよそ休日はぐったりしているのだ。
作家への夢は残っているが、行動となると何も、という有様だ。
アヤは広告業界で働いている。
趣味で絵は描いているが、イラストレーターという夢は諦めたらしい。
どうやら広告というのが面白くなったようだ。
そして僕たちはまだ恋人同士でいて、毎週金曜日になるとアヤは僕の家に来るようになっていた。
シンヤについてはあまり詳しくは分かっていない。
家業が忙しい、とは言っており、ギターは趣味で続けているらしいが、それを職業には出来ていないようだ。
シンヤのことをよく知らない理由、それは僕が曲を創っていたときと同じように、シンヤと距離をとるようにしているからだ。
多分僕は今、シンヤに会うとダメになってしまうのだと思う。
今でもあの指を、唇と、表情を思い出すたび、頭がしびれたようになる。
そしてあのタバコの甘さ。
もし連絡をとってしまったら、会ってしまったら、僕は今でも残る思いをシンヤに告げるかもしれない。
好きという言葉を、今度こそ本当の意味で伝えるかもしれない。
シンヤにそれを伝えたところで困惑させるだけだと思う。
そう分かっている。
だから、だめだ。
あの思い出は、このままにしておかないといけないんだ。
だから僕はシンヤと連絡を取らない。
これが一番いい形なのだ。
大事なものを無くさないためにも、この思いは白黒つかない灰色の結末でいいんだ。
アヤが大事、というのも、これもまた確かなものなのだから。
DVDプレイヤーからは、あの曲、モノトーンが流れている。
毎月第1金曜日の夜だけ、シンヤを思い出すために流す歌。
曲を聴きながら僕はビールを喉に流し込む。
シンヤの指、唇、表情、あの路上ライブ、その幸せな気持ち、それからシンヤへの思いというものをまとめて、ビールと一緒に飲み込む。
ビールは苦いがうまかった。
そしてタバコに火をつけふかす。
味はしなかった。
ピンポーン
ドアのチャイムが、アヤが来たことを告げる。
うん、アヤが入ってきたら、もう1回最初っからモノトーンを流そう。
そして、二人で手をつないでモノトーンを聴くんだ。
2人でシンヤとの思い出を思い出しながら。
思い出すくらいなら罪にならないと思うから。