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8話 彼女が出来たらお願いしたい格好。あと2つは裸と花嫁姿。異論は認める

   【8話 彼女が出来たらお願いしたい格好。あと2つは裸と花嫁姿。異論は認める】


『ヒイイイィィィ!!!』

 遠く聞こえた悲鳴で俺は目を覚ました。

 いつも枕元に置いてあるはずのケータイを手探りで探るが、中々見つからず。

 仕方なしに体を起こした俺は、自分が見慣れない部屋にいるのに気付いた。

 寝ぼけた脳細胞には中々電気が走らないようで、ここが元ババァの部屋だと思い当たるまで数秒。

「……あ~、そだったな……」

 昨日リビングのソファーで眠りこけていた俺は、ババァの荷物移動完了と共にシャワーもそこそこにしてこのベッドに潜り込んだのだった。

 起き上がって軽く伸びをすると窓に近づきカーテンを開ける。

 よく晴れていた。今日も暑くなりそうだ。

 気の早い蝉はもう鳴き始めていて、潮騒と混じり合い自然のハーモニーを奏でる。

 面白いものだ。都会でも蝉の鳴き声は聞けるけど、車の行き交う音や何やらと重なると不快でしかなかったのに。

 俺はしばらく海女僧島の美しい朝を清々しい気分で眺めようとして……。

『オ、オヤジィ!? オヤジしっかりしろッ!?』

「……」

 不快な音が、混じっていた。

 俺はため息をつくと物置に向かった。


 神殿……もとい物置は今日も神々しく朝日に輝いていた。

 レイシアの言った通り、中はいくつかの部屋に別れておりマモル達は個室となるようにあてがわれていた。もちろん部屋とは言っても石造りの神……物置である。小さな窓が一つあるだけの牢獄のような部屋だったが。

「で、どうしたマモル?」

「ゆ、ゆうた……オヤジがこんな姿に……!」

 オヤジさんの部屋に入るとそこにはマモルと古傷さんが抱き合って震えていた。

 薄暗い部屋の中央、布団に横たわっているのはオヤジさんだ。

「こ、これは……!?」

 俺は目を見張った。

 オヤジさんは全裸のままロープで縛られ、いたるところムチの痕らしいミミズ腫れと……赤い蝋の垂らされた、痕……? だが、その表情は心なしか満足げだった。

 ……どうやら昨日はお楽しみだったようだ……ババァと。

「フゥゥゥ! サッパリしたわい!」

「バ、ババァ!?」

 振り向くと入り口にはババァが立っていた。風呂上がりらしくバスタオルを肩にかけている。

 ババァは俺達が部屋にいるのを見てモジモジし始めた。

「マ、マモルや?」

「……な、なんだよババァ?」

 猫撫で声で迫るババァにマモルは後ずさる。

「……弟と妹。どっちをリクエスト?」

「ドッチもいらんわあああッ!!!」

 マモルは絶叫すると朝靄の中に走りだしていった。

「……そうだ……走れ、マモル。力の……限りッ!」

 俺の頬には熱いモノが流れ出していた……!

「……というか、ゆうたTHE☆BOY。おぬしの顔、凄い事になっとるぞ?」

「え? ……あ。まさか」

 ババァが差し出した鏡を覗くと、顔中落書きだらけだった。

 ……レイシアの仕業か……アイツめ。

 仕方ない。俺は洗面所に向かうべく物置を後にする。

「ま、待ってくれ、ゆうたクン!? ワ、ワシをココに置いてかないでくれッ!?」

 振り向くと古傷さんがこちらに手を差し出していた。その両足には……ババァのチチが巻き付いている!

「そんなに急ぐでない……この通りサトルはもう役に立たんでのう? ……なぁに、イタイのは最初だけじゃよ?」

「なッ!? ゆ、ゆうたクンッ! 助けてくれえッ!」

「……ボンボヤージュ?」

「ヒ、ヒイイイィィィ!? さ、最後の航海になりそうじゃあああッ!?」

 古傷さんの断末魔を背に、俺は母屋へと戻った。


 玄関を抜け洗面所に向かおうとすると、リビングから何やら声が聞こえてきた。

 ひょいと頭だけ覗くと、そこにはキッチンに立つ可憐ちゃんの姿。

 エプロン姿の筋肉少女? が鼻唄を歌いながら料理をしている。

「おはよー可憐ちゃん」

「あら。おはようございます、ゆうた様」

 にこやかに挨拶してくれた可憐ちゃんの笑顔は夏の朝に相応しいものだった。

 ……そのゴツイ肉体以外は。

「……可憐ちゃんはいつも、その? 化粧してるの?」

「ええ。特に今は夏ですから。私すぐ肌が赤くなりますし。……酷いときは水膨れになってしまう時もあるのです」

 お鍋をかき混ぜながら可憐ちゃんは苦笑する。

「それに、マモルさんにあの弱々しい姿を見られるのは嫌なのです。優しいマモルさんの事ですもの、あんな姿見たら、また心配させてしまいます。もう私の体は丈夫で元気になったという所を見せなくちゃ!」

「……ナルホド」

 どういうワケだか可憐ちゃんの中で、マモルのヤツは神格化されているようだ。なんかムカつくので可憐ちゃんの真の姿は黙っている事にしよう。

 ざまあマモル!

「それよりもゆうた様。お顔、レイシアちゃんの悪戯ですか?」

 クスクス笑う可憐ちゃん。

「あ~酷いだろコレ。今から洗面所行こうと思ってたんだ」

「あらあら。っと、洗面所はもう少々お待ち頂けますか? 今、レイシアちゃんがシャワーを浴びてると思いますから」

「今すぐ行ってくる!」

 俺はリビングを飛び出した!

「こんなにも早くドッキリ&復讐イベントのチャンスがやって来るとはなッ! レイシア! お前の顔を恥辱と屈辱の赤に染め上げてやるぜ!」

 洗面所まで一息に辿り着いた俺は、ノックと同時にドアを開いた!

 これぞ今考えた『何だよノックしたじゃんよ返事ねえんだもんよ俺悪くねえじゃんよ?』作戦である。

「ぎゃっ!?」

 だが、直後――ドアノブに伝わった衝撃と悲鳴が、この作戦の失敗を教えてくれる事となった。

「いったぁあ~~~ッ!」

「――げぇ」

 尻もちをついて鼻を押さえているのはなつめだった。俺の背中に冷たいものが走る。

 なつめは立ちつくす俺を見ると薄く笑いを浮かべて立ち上がった。彼女の背の向こう、風呂場からシャワーの音と鼻歌が聞こえてくる。確かにレイシアがシャワー中のようだが、俺がそこにたどり着ける可能性はもはや……。

「……あらぁ……おはよう、オウサマ?」

「お、おおおおおはようございますすすッ」

「さぁて……何か、言い訳は、あるかしら?」

「の、の、ノックしたしっ? へんじ? な、なかったし……ってオイ!?」

 なつめはすでに脚を大きく振り上げ踵落としの体勢に入っていた。

「言い訳関係ねえじゃ……ぶッ!?」

 俺は、顔面を屈辱と鼻血の赤に染めて意識を失った。


 俺達はリビングに集合していた。

 とはいってもオヤジさんや古傷さん、ババァの姿は見えない。

 ……あまり深く考えない事にしよう。爽やかな朝が台無しになるし。

 目の前のテーブルには、たくさんの料理が並べられていた。

 可憐ちゃんの手によって手際よく運ばれてくる朝食に目が釘付けになる。

 色鮮やかなサラダ。幾種類ものサンドウィッチ。ロールチキンやピクルスなどの小皿。

「おお……すげえうまそうだ」

 俺の隣に座るマモルも目を輝かせている。

 無理もない。俺達の住む寮の食事はとてもひどいものなのだ。毎朝毎朝小さな納豆と生卵に漬け物、そして訳の分からん葉っぱの入った味噌汁。焼き魚も肉も出てきやしないのだ。更に悲惨なのは夕飯だ。材料だけ配達されてきて自分たちで作るシステムなのだが、もちろん野郎共にまともな調理スキルを持つヤツがいるはずもなく……。寮費の安さを考えると決して文句は言えないのだが、育ち盛りの俺達をげっそりさせるには充分だった。

「さあどうぞ、召し上がってくださいな」

 にこにこ顔の可憐ちゃんに勧められて料理に手に付ける。

「こ、これは……スープが冷てえ!?」

「はい。空豆とカボチャの冷製スープです。このサラダもそうですがこの島で採れたものを使ってるんですよ」

「このサンドウィッチ、にちゃにちゃしてうめえ!?」

「それはアボカドと海老ですね。サワークリームで和えてるんですよ」

 可憐ちゃんは目の前の料理を丁寧に説明してくれる。

 どの料理も食べ慣れないものだが素晴らしく美味かった。

 もっとも、好物といえばラーメン・ハンバーグ・カツ丼、たまにする外食もファーストフードのハンバーガーがせいぜいの俺にどれだけ味を理解できるか知れたものではないが。俺やマモルが食べるのがもったいなくも感じられる。

「マモルさん、お口に合いますか?」

「おお……すげえうまいよ!」

 一心不乱に料理を搔き込むマモルを見て幸せそうに微笑む可憐ちゃん。マモル……羨ましいヤツだ。……俺は絶対可憐ちゃんの正体を隠し通すと誓った!

「ゆうたっ、これわたしがつくったんだよっ」

 キッチンから出てきたレイシアが差し出した皿には大きなプリンが載っている。

「プリンか」

 まだサンドウィッチを食べてる最中だし、そもそも俺には甘いものを食べる習慣があまりない。だが、彼女の笑顔を見ていると断る事も出来ず、俺は仕方なしに口に入れる。

「……おおお、うまいな! お前はどう考えてもこの3人の中では料理下手キャラのポジションに位置すると思ったのだが」

「しつれいなっ……といいたいトコだけど、わたし、ふつうのりょうりはあんまりできないかなぁ。わたし甘いのだいすきだからデザートづくりオンリーなのだっ!」

 レイシアの皿の上にはプリンが山のように載っていた。

「ほぉぉぉおおお……やっぱりプリンはさいこうっ!」

 スプーンを振り上げ絶叫するレイシアの頬は紅潮していた。よほど好きなのだろう。

「しかし……可憐ちゃんと、レイシアに比べてお前はどうなんだ、なつめ?」

 俺はビッとなつめを指さした。

「この人の顔を蹴り飛ばす事しか能のない悪魔め! どうせお前にはまともな料理は作れまい?」

「な、なんですってえ……!?」

 フォークを逆手に持ち威嚇する悪魔の前で俺は悠々とロールチキンを口に入れる。

「く~、これなんか特にうめえ! 実に俺好みですッ!」

 俺の言葉に可憐ちゃんは口を押さえて笑った。

「ふふっ、ゆうたさん。そのロールチキンはなつめちゃんの作ったものですよ」

「な、なにぃ!?」

 なつめは眉をピクっと震わせてそっぽを向く。俺は慌てて次の皿の料理をつまんだ。

「に、肉だからね! 育ち盛りの男の子は肉なら何でも好きなのさ! 本当に凄いのはこれ! 野菜嫌いの俺でも美味しく頂けちゃうこんなヤツ!」

「うふふっ、それもなつめちゃんの作った料理ですよ。ラタトゥイユっていうんです」

「……ちょーうめえ……です」

 完全敗北だった。俺はラタ何とかを頬張ると、ちらりとなつめを見る。

 と、俺は意外なものを目にしてしまった。

 下を向いて黙々と食事を続ける彼女の顔は、心なしかほんのりと赤く染まって……。

 予想外の姿にラタ何とかを吹きそうになるも何とか嚥下する。

「なつめ、お前まさか……! おいしい言われて照れてんじゃ……!」

「な、なに言うのよ!?」

 勢いよく立ち上がったなつめの肩にレイシアがぽんっと手を置く。

「おとこのこに手料理をおいしいといってもらえるしあわせ……なつめちゃんもおんなのヨロコビをしってしまったようだねっ……」

「イ、イヤな言い方するなーーーーーッ!!!」

「ブホーーーッ!?」

 何故か俺が蹴り飛ばされた! 食事中に披露する技ではない。

「ふ、ふん! 外を出歩くときはせいぜい気をつけるのね!」

 なつめは俺を睨み付けると逃げるようにリビングを出て行ってしまった。その背中を見送るレイシアが顎に手をあてニヤリと笑う。

「ふふ~ん。いいケイコウだねえ~。なつめちゃんったらかわいいっ」

 可憐ちゃんも口を押さえて笑っていた。

「でも、これだけ料理できるのは凄いな3人とも。素直に感心するわ」

 俺は倒れた椅子を起こしながら再びテーブルに向かう。

「そんな事ないですよ。毎日やってれば嫌でも慣れますもの。私達、小さな頃から台所に立つ事が多かったんです」

 可憐ちゃんは言いながらレイシアの方を見やった。

「ええとね。わたしもなつめちゃんも両親いないのっ」

 事も無げに言い放たれた言葉に、俺は一瞬だけ身を固くした。隣のマモルもスプーンを持つ手が止まっていた。

「わたしは孤児だし、なつめちゃんは小さい頃にお母さんとこの島に越してきてっ。でも……そのお母さんも数年前に亡くなって……」

 レイシアは一瞬悲しそうに目を伏せた。そんな彼女の肩を可憐ちゃんがそっと抱く。

「私も小さいときに両親が離婚しまして。母と一緒にこの島に引っ越してきたんです。自宅はありますし普段は母と二人で暮らしているのですけど、レイシアちゃんがこの家にも私の部屋を作ってくれて。だから私達、いつも一緒なの」

 いつもなら口をついて出てくる軽口も流石に浮かばなかった。

「この島はつまり、そういう所なんです。何らかの理由で生活が難しくなった女性達を受け入れて保護したり、助け合ったり。もちろん、生粋の海女僧島民もたくさんいますけど」

「そうか……それは俺も知らなかったな」

 隣でマモルが呟く。

「ま、そういうワケでりょうりはとくいなのさっ」

「……プリンだけなんじゃねえの?」

「むーっ、ケーキだってイケるんだからっ!」

 胸を張るレイシアの顔は明るく輝いていた。

 きっとこの3人は本当の姉妹のように暮らしているのだ。

「さぁ! ごはんたべたら、このしまをあんないするよっ!」

 腕をぐるぐる回してはしゃいでるレイシアにせかされて、俺は残ったプリンを口にかき込んだ。


 島を案内するといえば聞こえがいいが、その役目をレイシアに任せたのは失敗だったようだ。

 ただでさえ起伏の激しい地形だというのに、この脳天気金髪娘は好んで獣道のような抜け道を選ぶものだからついて行く方はたまったものではなかった。俺とマモルは景色を楽しむ余裕もなく引きずり回されるばかりで、この島唯一の食堂『ラ・ベットラ・アマゾニス』に辿り着いた時には、汗だくで泥まみれになっていた。

「……超疲れたんですけど」

 白いテーブルにうつぶせたマモルが呟くが俺は返事をするのも億劫だった。

「はぁあ~、ホントつかれたねえ~」

「……オマエが言うなよ」

 やはり椅子の上でぐったりしているレイシアのおでこを軽く叩く。

 『ラ・ベットラ・アマゾニス』は白を基調とした夏によく似合うオープンカフェだった。

 急な斜面に建てられているのをうまく利用して、テラスの席は眼下に広がる景色を思う存分楽しむ事が出来る。海からの風に俺はようやく生気を取り戻そうとしていた。

 ちょうど昼時だったせいもあり店には沢山の人が昼食をとっている。

 ここに来るまでに会った人達もそうだったのだが、意外な事にこの島の女達は概ね俺に好意的だった。俺を見ると手を振ってくれたりクスクス笑ったり。頑張れなどと声をかけてくれる人もいた。もちろん、鎧姿の人などどこにもいない。昨日の夜の事なんて夢だったかのようにも思えてくる。祭りの時もそうだったが、皆この島での生活を楽しんでいるように見える。余裕を持って俺に接してくれるあたり、きっと彼女達にとって俺は子供でしかなくて、大凪潮の祭りも只の楽しいイベントに過ぎないのだろう。……もっとも、阿手内や観毛内の連中にとってはそうではないのだろうが。

「皆さん、お疲れ様です」

 ぼうっとしていると目の前にメニュー表が置かれた。見上げてみるとトレーを抱えるエプロン姿の可憐ちゃん。

「ここは私の母のやってるお店なんですよ。今日はお手伝いです」

 可憐ちゃんの横には小柄で上品なおばさんが立っていた。にっこりと笑った彼女は丁寧にお辞儀をする。

「こんにちは、可憐の母です。この島の新しい『王様』がいらしたとあればご挨拶しない訳には行きませんものね。それに、そちらはマモル君でしょう? いつも可憐があなたの事を話すものだから、一度会ってみたかったのよ」

 おばさんは、王様と言う時にいたずらっぽく笑った。上品な物腰は可憐ちゃんにそっくりだった。思わず俺とマモルは立ち上がり不格好に頭を下げた。

「うふふ。これからも可憐を、そしてなつめちゃんとレイシアちゃんをよろしくね。じゃ、ごゆっくり」

 おばさんはにこにこしながら去っていった。

「可憐ママ、すごいんだよっ。とうきょうにもおみせもってるんだっ」

 レイシアがそう言うと可憐ちゃんは照れくさそうに笑った。

「母は普段東京の店にいるんですけどね、私の帰省と合わせてくれたんです。さ、ご注文が決まりましたら呼んで下さいね」

 可憐ちゃんも優雅にお辞儀をすると厨房に戻っていった。

「さってっとっ! なににしようかなぁ~。やっぱプリンははずせないよねっ!」

「朝、死ぬほど食っただろ?」

 どうやらこの金髪娘はメインよりデザートの方から決めようとしているらしい。

 ……女の子はみなこうなのか? それともこの生き物が珍しいのだろうか。

 俺達はそれぞれメニューを決め、可憐ちゃんを呼ぼうと店内を見回して……俺は異様なモノを目にしてしまった。

 たくさんの皿を器用に腕に載せたババァが忙しそうに店内を走り回っていたのだ。

「バ、ババァ……?」

「ん? なんじゃ、注文か? 今行くから待っておれ」

 ババァは手慣れた様子で料理の載った皿を配り歩き、そして俺達のいるテーブルへと来た。

「おまちどうさま、じゃー」

「……ってゆうか、ババァ何してんだ……?」

「ワシ、フリーターじゃし?」

「そうじゃねえッ。オマエのそのスタイルは何だと聞いてるんだ……ッ!」

 ババァは腰蓑一丁にエプロンという出で立ちだった。

「お、俺の前に初めて現れた裸エプロンがオマエだというのかッ!?」

 俺は、泣いていた。彼女が出来た暁には是非お願いしたい格好ベスト3に入るこのスタイルがまさかこんなババァによってもたされるとは……! 力なくうなだれる俺の肩にマモルがそっと手を置いた。

「……お前はまだいいんだぜ、ゆうた……。初見『裸エプロン』が母親だった俺の立場を考えてみろ?」

 マモルは穏やかな優しい目で俺を見ている。どうやら何らかの悟りを得たのだろう。諦めとか逃避的な、そんなたぐいの。ヤツはこの島に来て、ひとつ大人になったようだ。

「おお、そうじゃ。ゆうたTHE☆BOY、オヌシにこれを返さんとな」

 ババァがテーブルに置いたのはアレスの帯だった。そういえば……すっかり忘れていた。だが何ともあっさりと返してくれたものだ。

「それは元々はこの島、アマゾネスの宝での、サトルに贈ったものなんじゃよ。ワシとサトルが契った時にこの帯から指輪を2つ作ってのう。結婚指輪代わりにしたのじゃ……」 ババァは頬を染めていた。

「でも、大ババさま、いつもゆびわしてないよね?」

 レイシアが大きく身を乗り出す。言われてみると確かにババァは指輪をしていない。

「わざとガードに隙を作る? みたいな?」

「オマエはどこの昭和団塊系団地妻だ。ってゆうか注文とってさっさと失せろ」

「若いもんは短気でいかんのう。で、何にするんじゃ?」

「えっとね! プリンとくもりとランチみっつっ!」

 ババァはきちんと伝票にメモすると厨房へ向かっていった。その際も空いたテーブルの食器を手早くまとめたり拭き掃除をするなど、手慣れた様子だ。ババァに社会性があるのか無いのかよくわからなくなった。

「ゆうた、そのアレスの帯ってのちょっと見せてくれよ」

 マモルが微妙な表情でアレスの帯を手に取る。そういえばヤツは俺の勇姿を見ることなく戦線離脱していた。マモルはしばらくアレスの帯をジロジロ見ていたが、やがてため息をついた。

「あー、やっぱ、コレと同じ感じのアクセ、昔オヤジに貰ったわ。……でもどっかに仕舞いこんで覚えてねーッ」

「ふはは! キミは自らチャンスを逃したのだよ? この島の王となるチャンスを、な!」

 俺はマモルの頭をグリグリしてやったが、ヤツは勢いよく払いのけて立ちあがった。

「ヘッ、王様が聞いて呆れるわ! 随分となつめに嫌われてんじゃねえか!? 追い出されないようにせいぜい気を付けるんだな!」

「な、なにおう!? この島のルールでいうなら俺はアイツに勝ってるんだから既に俺のモン、ってことでいいんじゃねえのか! そうさ……今夜あたりアイツの部屋に忍び込んで――」

 その時、鋭い飛翔音を伴う何か、が俺の頬をかすめていった。俺はびっくりしてあたりを見回す。

「こ、ここれは……ッ!?」

 近くの柱には、一本の矢が突き刺さっていた。それは刺さった際の衝撃でいまだ小刻みに震え続けていて……。俺の背筋は一瞬で凍りついた。

「……あらぁ~、オウサマ……? そんなトコに立ってらしたら危ないわよ?」

 背後の茂みからこの世のものとも思えぬ声がする。ゆっくり振り向くと、そこにはやはり、なつめが立っていた。大きな弓を構えたハンターの目は悪魔と見紛うばかりではあったが、表情は幾分やつれており髪には葉っぱやら枝やら絡んでいて服も汚れていた。

 ……どうやら俺達の後をつけていたらしい。

「……最近練習を怠ってたから、あらぬ方向へ飛んじゃったみたい……。大丈夫、次はきちんと当てるから」

「ヒ、ヒィィィイイイッ!?」

 なつめが弓をつがえるのと俺が走り出したのは、同時だった。


 アルテミスは狩猟を司る女神であり、同時に弓の達人である。

 彼女を守護神とするアマゾニスの追跡は凄まじく、この日俺はレイシア家に帰るどころか近づく事さえ許されず逃亡を続け、この恐ろしいハンターから逃れる事が出来たのはレイシアの提案による交換条約が結ばれてから……日付も変わろうかという頃だった。


 『海女増島平和条約』

・ひとつ。女の子の部屋には無断で入らないこと。

・ひとつ。王様を暗殺したり追放したりしないこと。


 俺となつめは、お互いドス黒い笑みを浮かべながら握手をしたのであった。



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