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7話 始まったのは。きっと夏休みだけじゃない

   【7話 始まったのは。きっと夏休みだけじゃない】


狂乱の夜は、朝日と共に終わりをつげた。

 海から昇る太陽を見るのは初めての経験だった。赤い光が洋上にぽつんと見えたと思ったら、みるみるうちにその姿を現し昇ってゆく。

 なんて驚くべき速度。きっと、一日というのは俺が思っているよりも速く過ぎるのだ。

 世界は瞬く間に、そしてあっさりと光で満たされた。

 海も、緑の木々も、風に踊るウミネコも、太陽の光によってそのカタチを、生命を現す。全ては字のごとく白日の下に、晒される。日の光というのはひたすらに無邪気で情熱に溢れているのだ。

 つまり、アレだ。

「……俺は何つう格好してんだ、っつう話だ」

 顔も体も落書きだらけで鼻血まみれで――ズボンだけは穿いたが。

 ババァショックでいまだ目の覚めないマモル達を置いて、俺は一足先にレイシアに連れられ歩いていた。

 砂浜から急な勾配で木々を抜ける小道。足下の砂利を踏みしめながら歩く。

「こっちはうらみちだからあしもとわるいんだっ、きをつけてねっ」

 前をゆく少女の金色の髪はリズミカルに揺れ、時折木漏れ日に弾ける。カチャカチャ音を立てる鎧や剣がひどく景色から浮いているが。

 早朝の爽やかな散歩道は2人の異様により台無しなのであった。

「さーそろそろーみえてーまいりましたぁ! あれがわたしんちだよーっ」

 勾配を登り切ると、視界は急に開けた。山を切り崩して作ったらしいささやかな広場。

「んー? どこ……って」

 レイシアが指さす先には、いたって何の変哲もない2階建ての家が建っていた。

 ちょっと大きくて、だけど豪邸とまではいかないだろう。特徴らしいものといえば……白いベランダと広い庭くらいだろううか。

「うわー。超普通」

「なによぅ。ゆうたはどんなのそうぞうしてたの?」

「いや、そりゃお前ら、アマゾニスとか言っちゃってる訳だから、何かギリシャとかにある? 何とか神殿みたいな? ほらちょうどあんな感じ……の……」

 俺は……声を失った。普通ハウスの裏手にそびえ立っている壁、崖を固めたブロックだと思ったものは、巨大な建物の壁だったのだ。

 それは、木々の間に静かに佇む石作りの神殿。

 古い建物なのだろう。壁はところどころ欠け、ツタが這い回っていた。円柱が何本も立ち並び、屋根にも扉にも華美な彫刻が施されている。

 入り口には弓を携えた半裸の女神像が空を見上げてる。大きく胸をはだけ、ふくよかな女のシンボルを晒すもただただ神々しく高貴。

 これだけのものを造るのに一体どれだけの時間と労力がかかるのだろう? 見るもの全てを圧倒するような荘厳なる存在感。

「……すげえ」

 レイシアを振り返って見る。

 アマゾニスの末裔の少女。

 彼女たちは悠久の時を、この神殿と共に過ごしてきたのだろうか。

 俺は吸い込まれるように神殿の中へ入ろうとした。ひんやりとした重い扉をゆっくり押し開いてゆく。

「あ、ゆうたっ!」

「お、おう? やっぱ勝手に入ったりしちゃまずかったか?」

「ううん」

 かぶりをふるレイシア。

「ここ、ものおきだよ?」

「ねえよ!? こんな物置!」

 中には高枝切りバサミなどが乱雑に置かれていた!

「……ちょっとレイシアそこに立ってみ?」

「ふむん?」

 鎧姿のレイシアを神殿チック物置の前に立たせる。

「うむ。まるでアフロディーテが舞い降りたかのようだ」

「てへへ」

「次こっち」

「ふむん??」

 30年ローンで買った建て売りライクな家の前に立たせる。

「……違和感バリバリだぞオイ? オマエはどこのコスプレイヤーだ?」

「もー! さっきからゆうたごちゃごちゃうるさいなーーーっ! そんなにわたしたちと住むのイヤなのっ!?」

「あたし、たち?」

「4人もいっしょにすんだら、にぎやかでたのしいだろうなーっ!」

「どゆこと? 4人って?」

「わたしとなつめちゃん、可憐ちゃん。それにゆうたで4人っ!」

「なっ!?」

 俺のテンションは急上昇した!

「な、なんだこのドリームハウス……! 即入居可どころかそんな暮らしに優しいオプションが……。『最寄り駅・無し』『バス停まで徒歩不可能』なんてその魅力の前には何の障害にもならねえぞ!?」

「あはは、おおげさだなーっ」

「夢のハーレムハウスに突入です!」

「はいはい。いえのなか、ざっとあんないするね。ここがげんかんっ」

「おう。普通だ」

「ここがトイレっ」

「おう。普通だね」

「ここがリビングっ」

「おお。大人数で食事出来るよう大きなテーブルもある」

「ここがおふろっ」

「おお。ドッキリイベント乞う御期待だぜ!」

「さ、あとは、かいだんあがって……ここをゆうたのへやにしようかなっ!」

「オーウ……ここだけ普通じゃねーぞ?」

 俺は部屋を見て両膝をついた。

 明りはなく蝋燭が壁中に取り付けられている。部屋の中には……拷問器具? ムチやら足枷やら人を磔にするであろう十字架やら……。

 俺のテンションは急下降した!

「だ、だいじょぶっ! ここはもともと大ババさまのへやなんだけど、すぐにもようがえするからっ。大ババさまはマモルちゃんのオヤジさんといっしょにいたいみたいだからモノオキにいってもらうのっ。あそこ、へやかずおおいからっ」

「そ、そうか。部屋数の多い物置なんぞ聞いたことねえが……。そういえばマモル達はどすんの?」

「たぶん大ババさまといっしょにモノオキだね~」

 ざまあマモル。

「わたしちょっときがえてくるね。もー剣がおもくておもくて。すぐもどるから、そのへんにすわってまっててっ!」

 レイシアは軽やかな足音を立てて出て行った。

「元気な子だな、レイシアは。……しかし……」

 俺は部屋を見渡した。

「座れそうなモノなんか三角木馬くらいしかねえぞ……いやアレは元々『座れない』モノなのに『座る』為に作られたモノ……『座れる』のに『座れない』? つまり……ふたつに叩き折った机は既に机と呼ばれるべき機能を持たないのに机と呼ぶべきなのか……?」

 俺が存在の本質について思考に耽っていると家の外から声が聞こえてきた。

『な、なんだこの神殿は!?』

 ――マモルの声だ。

 窓から覗くと、オヤジさん、古傷さん、それにババァの姿。

『すげえ……何て荘厳なこのフィーリン?』

『お前達の住むところじゃ』

『マジかよ! 入っていいのか……ん? 何か埃をかぶった竹馬やらウォーキングマシン……? それに高枝切りバサミが……2つも?』

『1つ買ったらおまけでもう1つ付いてきたんじゃ』

「……そのうちこのワイルドホースも仲間入りだぜ、マモル?」

 俺は三角木馬にマジックで『マモル愛馬』と書いておいた。


「さてっ! みなさんおつかれさまでしたっ」

 リビングには見知った顔が勢揃いしていた。

 神妙な面持ちのオヤジさんと古傷さん。

 にこやかに麦茶のグラスを配る可憐ちゃん。

 相変わらずチチ丸出しのババァ。

 可憐ちゃんとババァを交互に見てはキョドりまくっているマモル。

 あからさまに俺から視線をそらしているなつめ。

 そして皆の前で挨拶中の、レイシア。

「きょうからこの家にはっ、あたらしいオウサマ、ゆうたがすむことになりましたっ。みなさんっ、はくしゅーっ!」

 まばらな拍手が居間に寂しく響いた。にこにこしてるのは可憐ちゃんくらいのものだ。

「さて、ゆうたはガクセイだよねっ?」

 しらけた雰囲気に全く動じずレイシアが尋ねてきた。

「ん。っていうか俺の学校、東京だからこの島にはせいぜい夏休みいっぱいしかいられねえよ?」

 俺はそう言うとレイシアはにっこり笑う。

「もんだいなしよっ。つごうがいいくらい。じゃ、1ヶ月だけかもしれないけどよろしくねっ!」

「……ふん。1ヶ月もコイツの顔見なきゃなんないの?」

 不機嫌な声で会話を遮ったのはなつめだった。

「百歩譲ってマモルとそのオヤジさんはまあ仕方ない。大ババ様の家族でもあるし可憐も、認めてるからね。でも、ソイツは……ってあれ?」

 なつめの視線が古傷さんに向いた。

「……そこのオジサンは何でいるの?」

「そういえばっ? なんかどさくさまぎれっ??」

「なッ!? な、何てこと言うんじゃあ!? そ、そりゃワシもここにいていいのかな、なんてちょっとは思ったがッ!」

 皆の冷たい視線に堪えきれなかったのか古傷さんは立ち上がり後ずさった。

「ワ、ワシだって頑張ったんじゃ! ゆうた君もマモルちゃんもサトルさんも……みんなズルイぞおおお!!!」

 駆け出そうとする古傷さんの肩をマモルが掴む。

「ま、待てよ古傷さん!」

「マ、マモルちゃん……!? こんなワシを引き留めて……?」

「いや阿手内島帰ったらさ、うちの新聞と牛乳、止めといて貰えるかな?」

「チクショオオオーーーーーッ!!!」

 古傷さんは見えない明日へ向かって走り出した!

「ああ~冗談だったのに」

「マモル、追いかけるぞい。あの様子だと手当たり次第に女を襲いかねんわ」

 マモルとオヤジさんが出て行くのを見て俺はババァに提案する。

「ババァ。あの人このままじゃ可哀相過ぎるから置いてやってくれないかな?」

「まあ、いいじゃろう。……オモチャは多い方がええからのう?」

「!?」

 ババァは舌なめずりしている!

「さて……部屋の荷物を物置に運ぶとするか。……今夜はドレを使って遊ぼうかのう? 楽しみじゃ、クックック……」

 クリーチャーは不気味な唸り声を上げ部屋を出て行った。

「と、とにかくアンタ!」

 なつめは気を取り直して叫ぶ。

「あたしはアンタをまだ認めたワケじゃないんだからね!」

「なつめちゃんっ。あまぞにすの戦士として、そのたいどはどうなのっ! 戦士としてのキョウジがあるのなら生キテ虜囚ノ辱メをうけなきゃ、だよっ!」

「受けてどうすんのよ辱めを? ゴ、ゴホン、……アンタ、背後にはいつも気をつかった方が、いいわよ?」

 恐ろしいセリフを吐いてなつめも部屋を出て行った。

「……ふう」

 俺はため息をつくとソファに倒れ込んだ。

 座ってみて初めて分かったが、ひどく疲れていた。

 無理もない。一昨日この地に来てからというもの、超展開の連続。

「ゆうた様、どうぞお使い下さい」

 声に見上げると、小柄な少女が立っていた。手には薄いブランケット。

「あ、ありがとう。……えっと?」

 誰だろう? 答えを期待してレイシアに視線を送る。俺の向かいに座ったレイシアがくすくす笑う。

「あーそっかっ。わかんなくてもむりないよね。可憐ちゃんだよっ」

「…………は?」

 目の前の女の子は恥ずかしそうにうつむいた。透き通るように白い肌。細い手足。慎ましく淑やかで花のような少女。

「申し訳ありません、お先に化粧だけ落とさせて戴きました。私、化粧が本当に不得手でして……それに肌も弱く直射日光が苦手なので、いつもちょっと厚化粧になってしまうのです」

「おんなのコはね~、おけしょうでばけるんだよっ」

「化け過ぎっつうか、骨格も変わってねえか?」 

「すっぴんで男の方の前に出るのは恥ずかしいです……」

「……」

 俺はあきらめて、ブランケットをかぶる。

 とにかく、あれだ。

 疲れてて。眠たくて。

 そして――――――。

 たのしい、なつやすみになりそうだ。



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