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4話 明晰夢の達人になりたい

  【4話 明晰夢の達人になりたい】


 頬に触れるのはすべらかな女の子の指。

「……うた……ゆうた?」

 俺を呼ぶ声は優しくて、柔らかくて。

 ゆっくりと目を開けると、そこにはなつめがいた。

 白いワンピースを身に纏った彼女はハイヒールを脱ぎ捨て俺の前に座る。

 丈の短い裾は彼女の美しい素足を隠す事はなく、大きくはだけた胸元が俺の目を釘付けにする。

「これは……」

 なつめの潤んだ瞳を見つめる。

「夢だな!」

 俺は一瞬で状況を把握した!

「万年彼女無しの煩悩と欲望は、時としてこのような夢を俺に与えてくれる……!」

「なにをブツブツ言ってるの? 早くこっちに来てよ」

 だが、俺は両手を伸ばすなつめに待ったをかける。

「まあ待ちたまえナツメ君。このまま興奮の赴くままに飛びかかったが最後、瞬く間に目が覚めてしまうことは今までの経験から実証済み」

「?」

 不思議そうな顔をして首をかしげるなつめ。

「夢は儚く脆いもの! 大きな感情の起伏や強すぎるイメージは天敵なのさ! じっくりゆっくり行かせていただきます!」

 俺はなつめに近寄るとそっと彼女の細い肩をそっと抱いた。

「しっかし、現実のなつめもこれくらい女の子らしかったらなぁ。このワンピースだって可憐ちゃんでなく……はっ」

 しまった……言ったそばから! 夢の中では、現実で起こった強い印象の出来事が反映されるから……!?

 気付いた時には遅かった。

 俺の手の中にはなつめではなく、可憐ちゃんが抱かれていた。

「か、可憐ちゃーーーん!?」

「ゆうたさんったら……いくら私の二の腕がグッドフィーリンだからって……やんっ」

 大きく盛り上がった胸は、きっとふくよかな女の子のそれではなく筋肉だ。

「くそ! この強烈なイメージから戻すのは難しいぞ!」

「優しくドッコンしてくださいね?」

「緊急離脱! トウッ!」


「……ん……ここは?」

 目が覚めると見慣れない家の……玄関?

「そうか……昨日酔っぱらってマモルの家に運ばれたんだっけ?」

 古い田舎の家屋独特の土を敷き詰めた土間に俺は寝かされていた。

「それにしても……。俺の夢コントロールスキルはまだまだ未熟だな。……次は逃さねえ!」

 携帯で時間を確認すると朝7時過ぎだった。

 早い時間だがマモルは起きてるだろうか? 俺が考えているとマモルが眠そうな顔でやってきた。

「おう。起きたか?」

「おう。マモルも早いな。っつうか、いくら背中でピーしたからって土間はねえだろ」

「うるせえ。ピーまみれのオメーを寝かせる布団はうちにはねえ」

 うむ。悔しいがもっともだ。立場が逆だったら、俺はヤツを家にも入れないだろう。

「ほら。風呂沸いてるから入っちゃえよ。そこの廊下行ってすぐ右だ」

 マモルの実家はこじんまりとした日本家屋だった。年季が入っていたし男だけで住んでいるにも関わらず家の中は小綺麗で整頓されていた。

 風呂には大きな海が見える窓があり、ちょっとした温泉気分だった。

 いつもより長めに湯船を味わった後、マモルに用意してもらったタオルで体を拭く。

「マモルの野郎……何気に面倒見がいいな……今まで知らなかった友の一面を発見してヤツへのフラグが立ってしまいそうだ……」

 風呂から上がった俺が居間に向かうと、親父さんが朝食の準備をしていた。

「おはようございます、オヤジさん」

「おう、おはよう。昨日の寄り合いの残りモンで悪いけどよ、良かったら食いな!」

 大きなちゃぶ台の上には煮魚や漬け物が載っている。

「とんでもないっす。遠慮無くいただきます」

 湯気の立つご飯を茶碗によそいながらマモルが俺に声をかける。

「大凪潮の戦は正午ぴったりに始まるからさ、十時過ぎには家を出るぞ。覚悟しとけよー」

「ん。その事なんだけど。オヤジさん?」

「なんだ?ゆうた君」

「俺、参加していいんですかね? 部外者なのに」

 それを聞いて飯を頬張り始めたマモルが俺を箸で指す。

「何だ? ここまできて怖じ気づいたのかぁ?」

「ち、違うって。たださ。子孫を作れるかどうかっつう大イベントな訳じゃん。それをこの村の人間でもないヤツがって意味」

「別にかまわんよ。毎年数人はこの村の人間以外の者も参加しとるよ。祭りじゃからのう」

 オヤジさんは大らかに笑う。

「なるほど……」

 とは言ったものの……不安は残る。

 まあ、この村の皆が認めるくらい強い親父さんと同じ船なら、そうそう危ない目にも遭わないとは思うが……それに……なんといってもハーレムは魅力的だ。煮魚をつつきながら俺はぼんやり考えていた。

「ごちそうさん、と。さて俺はちょっくら納屋に行ってゆうたに持たせる竿だの銛だの見繕ってくるわ」

 言うが早いかマモルは空いた皿を流し台に運び、そのまま家を飛び出していった。

「まったく落ち着きの無いヤツじゃ」

 オヤジさんは煙草に火を付けた。

「ゆうた君、あいつは東京でうまくやってるかね?」

「ええ、はい。楽しいやつですから友達も多いですよ」

 それは本当のことだ。俺もその一人な訳だし。

「……このあたりの島ではの、年々漁師のなり手が少なくなってきてのう」

 オヤジさんは煙草を灰皿におく。煙が家を抜ける風にさらわれていく。

「きつく大変な仕事じゃからな。マモルが勉強して進学してくれたのは本当は喜ぶべきなんじゃが……」

「……」

 オヤジさんはそこまで言って、黙った。

 蝉の声だけが辺りに響いている。

 オヤジさんはこの島で暮らす大変さ、漁師の仕事の辛さをよく知っている。だがずっと父子二人で暮らしてきたのだ。マモルがこの島を出て行くのは寂しいのだろう。きっと俺が思うよりも複雑でやり切れない事情がそこにはあるのだ。

 やがてオヤジさんは気持ちを切り替えたように煙草を揉み消し口を開いた。

「都会ではそういうオシャレなもんが流行ってるのかのう?」

 俺の腰にぶら下がっているウォレットチェーンを見ている。

「これですか? 財布とズボンを繋ぐから、無くす心配もなくて一石二鳥なんですよ」

「なるほどの……そうじゃコレなんかもその……ヲレット何たらに出来るかの?」

 オヤジさんは立ち上がると部屋の隅にある棚から紐のようなものを出してきて俺に渡した。

 それは革で出来た幅2センチ位、長さ50センチほどのベルトのようなものだった。銀色の金属の装飾がところどころに施してある。そうとう年季が入ったものなのだろう。革の部分はところどころ細かいヒビが見受けられた。

「これは……なんですか? ベルト……にしては細いかな?」

「このあたりに伝わるお守りみたいなもんじゃ。ほれ」

 差し出されたオヤジさんの手を見る。太くて短い指には指輪があり、同じ装飾がみてとれた。

「古くさくて今の若モンには嫌がられるかな? はっはっは」

「い、いいえ。そんなことないですよ! ちょっとハサミを入れてもいいですか?」

 別にお世辞ではなく、俺は一目でこの装飾を気に入っていた。多少使い込んでいる印象だったが何故か汚らしい感じはしなかったし、控えめな装飾も男が付けるにはぴったりな気がした。

 オヤジさんにハサミを借り、ベルトの端に切れ込みを入れる。俺の元々ついているウォレットチェーンの金具を利用し腰にぶら下げた。

「ワシの馬鹿息子と友達になってくれた上にこんな辺鄙な場所まで来てくれて感謝しとるよ。それは……アレスの帯は、きっと君を守ってくれることだろう」

「あれすの……?」

 姿見の前でポーズをとっていた俺はオヤジさんの言葉を聞き取れず、振り向いた。が、その時マモルの声が家の外から響いた。

「ゆうたー! オヤジー! そろそろ行くぞ~~!」

 子供のようなマモルの声に、俺とオヤジさんは顔を見合わせると玄関に向かった。



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