3話 オマエ未成年じゃんとかいうツッコミはいらない
【3話 オマエ未成年じゃんとかいうツッコミはいらない】
「こりゃ、ちょっとした眺めだな」
俺は登ってきた急斜面の道を振り返ると額の汗を拭った。
マモルの実家のある島は他の島より大きめで、少ない平地を利用していくつもの家が建てられていた。石垣を積んで作られた段々畑が山手に広がっている。
眼下に広がる海。赤くなりかけた太陽の光を受け、波がきらきらと輝いていた。ところどころに浮かぶ島々にはほとんど砂浜はなく、まるで海面からにょっきりと生えだしたブロッコリーのようだ。夏の緑の木々が島を覆い、海とのコンストラストが美しい。
「風光明媚つうのはこのことだな」
「? フーコーメービ?」
隣を歩くちょっとアホな同級生をシカトして俺は風景を楽しんだ。
「せっかくゆうた君が来てくれたから歓迎したいとこなんだが……明日は大凪潮の戦じゃからのう。寄り合いをせにゃならん。そこで出る料理で勘弁してくれなぁ?」
急な坂だがやはりオヤジさんは慣れてるらしく息一つ切らさず登ってゆく。
「あ、おかまいなく」
「クレオのヤツ……生意気になりやがって!」
拳を握りしめるマモルに俺は話しかける。
「……俺もあんなのに参加しなきゃならねえのかよ?」
「なんだ? ビビッてんのか?」
「ヒいてんだよ!」
先ほどのマモル親子の戦いを思い出す。飛んでくる銛や網を叩き落としたのは事実だが……。俺の気も知らずマモルは得意そうに胸を張る。
「まあ安心しろよ。阿手内島一番の使い手と呼ばれるオヤジと、俺が付いてるんだ! それにゆうたも見たろ? 銛って言ってもヤジリは付けないルールになってる。これは祭りだからな!」
確かに祭りなら勇壮なものも珍しくない。東京の三社祭なんか大きくなった不良さん達のケンカの場だったりするし。
「それによく一緒に釣りにいったろ? 実は阿手内流壱本釣り竿術の殆どは既にお前に伝授済みなのだよ!」
「テメー……そんなだからいつも全然魚が釣れなかったのか」
自分も知らぬうちに妙チクリンな格闘術の使い手になっていたらしい!
しばらく歩くと大きな平屋が見えてきた。阿手内島集会所との看板がかかっている。
がやがやと騒がしい話し声がする集会所に俺達は入っていった。
中ではすでに沢山の男達が酔っぱらって大声で呑み交わしていた。
オヤジさんを見てみな次々に声をかける。
「遅れてすまんのう」
「おお! サトルさん! 待っておったぞ!」
「おーサトルさん! やっと来たか。会合はもう始まっとるぞい!」
「そっちはマモルくんの連れかい? さ、こっちに座って呑みな!」
上座に座っていた男達がオヤジさんに席を譲り、俺達もその隣に座った。向かいに座る真っ赤な顔をしたおじさんが早速俺にビールを勧めてくれる。
「お前のオヤジさん、えらい人望あるな」
「まあな。俺から見ても腕のいい漁師だし。それにここ十数年では唯一島に上陸した男だからさ。ほら、腹減ってんだろ? 遠慮なく食えよ」
隣のマモルと軽くコップを鳴らす。
「おお~~こりゃ美味そうだわ」
乾いた喉にビールを流し込むとテーブルに所狭しと並べられた刺身をつまむ。さすが海の村で獲れる魚。どれもこれも素晴らしくうまかった。
箸を加速していく俺の脇でオヤジさんは何人かの漁師に囲まれていた。
「で、サトルさん。話は他でもねえ。明日の大凪潮だが……不穏な話がいくつかあるんだ」
「ほう? なんじゃ?」
ひときわゴツイ漁師がオヤジさんにビールを注ぐ。
「今年は観毛内島の連中が周りの島と結託しやがった。一番の勢力になりそうだ」
「クレオのとこが?」
唐揚げを頬張ったマモルが口をはさむ。
「そうじゃ。あいつ若いがなかなか頭の切れるヤツらしくての。俺ら阿手内島以外の連中を全部まとめやがった! さらに多くの船に新兵器を積んでいるらしい」
オヤジさんは少し考えていたようだったが、落ち着いた太い声で言い放つ。
「まあ、数は問題ではねえ。海女僧のおなご達は群れるだけの烏合の衆には興味はねえのよ! あの島に行けるのは勇敢に戦う『益荒男』のみ……! そうじゃろ皆の衆!」
「そうじゃそうじゃ! 阿手内島のマスラオを舐めるんじゃねえ!」
男達は杯を手にがなり散らす。
「やっぱアンタは頼りになる男じゃ!」
オヤジさんは頬を染めていた。
「マモルちゃん! 都会に行って腕なまってねえだろうな!」
「なめんな! いくら東京に出たって魂は阿手内島の益荒男のそれよ! 観毛内の連中なんぞ恐れるに足りんわ!」
俺は馬鹿笑いするマモルに尋ねた。
「そういやマモル。船着き場の事話したろ。ありゃ何だったんだ?」
「うむ! 昔から観毛内島のヤツラはそうなんだ。特にクレオは自分がヘラクレスの子孫だとか抜かしてよ! いつか海女僧島を支配してやるとかアホな事言ってんのよ!」
「支配?」
マモルは興奮しすぎてビールをこぼす。
「海女僧の女に認められるには、2つやり方があるんだ。ひとつは大凪潮の祭りで彼女たちに認められること。そんでもうひとつは彼女たちに戦いを挑んで、勝つこと、だ。アマゾニスは誇り高い戦士だからな。自分より強い相手には従うし、それに子供を作る為にも強い男の遺伝子を必要としてるってワケよ」
なるほど。それがあの船着き場での乱闘の理由なわけだ。
「クレオは昔からなつめにベタ惚れでさ、顔を合わす度にケンカ売るんだけど毎回ボコられて。いっつも宮内商店の婆ちゃんに介抱してもらってたよ!」
「確かにあのなつめって子は凄かったけど……。でもやっぱ女の子とケンカするってゆうのはピンとこないな」
首を傾げてる俺の前に、一人の屈強なおじさんがずいっと顔を出した。
「サトルさんとこの客人、これを見な」
おじさんは自分の頬を指さす。彼には額から頬のあたりまで目を縦断する古傷があった。漁中の事故のものだろうか。残った片眼は鋭く、しかし落ち着いた光を放っている。海を相手にする漁師の凄みを垣間見た気がした。
「海女僧のおなごを舐めちゃいけねえ。あいつらにゃあ――」
古傷おじさんは手にした酒をあおった。
「ワシらでも、勝てねえ」
マモルのオヤジさんは見ると黙っている。これは肯定と受け取って良いのだろうか?
「ヤツラは不思議な技を使うのよ」
「……ワザ、ですか?」
「『戦化粧』という海女僧の女たちに伝わる秘術があってな。それがトンデモねえしろもんで、怪力になるわ風のように走れるようになるわ。大の男が数人かかっても勝てるかどうか」
そういやなつめが何か肌に描いてたが……あれのことか?
「……俺も若い時は無茶してね。一人であの島に乗りこもうとしたことがあった……」
「古傷さんが?」
マモルが口をはさむ。
「女ばかりの住む島と聞いて黙ってられるわけがねえ。ま、結局は上陸する前に見つかっちまってな。その時に一戦交えた時の傷がこれだ。情けねえ話だが、俺ぁてんで敵わなくてな。命からがら逃げてきた……今思い出しても寒気がするぜえ」
なつめの姿を思い出す。指一本でゴツイ角材を受け止め、数人の男を簡単に叩きのめしてしまった力。
「街まで行きゃあ女には困らねえこともねえが、この海に生まれた男ならよ! 海女僧の女と契ってみてえもんよ!」
古傷さんの言葉に漁師達が大きくうなづく。
皆の顔をニコニコ見回していたオヤジさんが口を開く。
「よし、皆の衆! 明日はワシの船が先駆けをつとめよう」
「それはいけねえ……! 総大将であるサトルさんにもしもの事があったら!」
古傷さんが身を乗り出すがオヤジさんはそれを手で制した。
「ワシももう歳……それにあの島にはもう行った。今度はお主らの番じゃ」
「サ、サトルさん……アンタって男は……っ!」
「ふふふ……だがボヤボヤしておったら観毛内の連中、全部ワシが沈めてやるからな!」
「おっと! そうはさせねえ! 今年は俺達も海女僧島に上陸してやるぞッ!」
「おうッ!! 阿手内島バンザーーーイ!!!」
「バンザーーーーイ!!」
集会所は漢たちの怒号で揺れた。
「はっはっは……む?」
俺を見ていたオヤジさんがマモルを呼んだ。
「マモル! ゆうた君ちょっと呑みすぎたみてえだからよ、家に連れてってやれ」
漁師達と一緒にバンザイをしていた俺の肩をマモルが叩く。
「おう? なんだゆうた、いつの間にかペロペロに酔ってんじゃねえか」
「あんだよマモルちゃ~ん」
確かに呑みすぎたらしい。視界がいい感じにグルグル回り皆の声が遠くに聞こえる。
「だって刺身も酒も旨いんだもんよ~」
「長旅の疲れもあんだろ、どれ掴まれ」
「オウ……マモル? お前なかなか頼りがいがにじみ出てる背中じゃねえか……今まで田舎モンの素人童貞だと思っていたが……見直したゼ?」
「うるせえよ…………って、俺玄人的にも童貞だっつうの!?」
マモルにおんぶされて寄り合い所を出た。
既に太陽の姿はなく、西の空が僅かに赤く燃えている程度。ちらほらと瞬き始めた星達に囲まれ、月が空に浮かんでいる。
ところどころアスファルトが剥がれている道をマモルはゆっくりと歩いていく。
「実はさ」
遠い潮騒にマモルの声が混じる。
「俺、ガキの頃にすでに海女僧のコと戦って、勝ってるんだよね」
「……おぉ?」
「そのコ、なつめとかと違って弱くて。背も小さくて性格も優しいもんだからシキタリを意識し始めた野郎どもから狙われてたんだ」
「……」
「一芝居打って皆の見てる前でそのコに勝って。そうすりゃ他のヤツが手、出せなくなるからさ。ヒーローみたいだろ? でも……そいつ病弱だったから中学入った位から全然学校来なくなっちまって……元気にしてたらいいんだけど……」
「……」
「あれ……ゆうた、寝ちまったの――」
「う……オエエエエッ!」
「ウオ! テ、テメー! 人がちょっと恥ずい思い出語ってるときに何してんだあ!?」
その後、地べたに落とされた俺は引きずられてヤツの家に運ばれたらしいが、もちろん覚えてはいない。