12話 海の醍醐味ってヤツは、きっと味わいすぎても駄目だと思う
【12話 海の醍醐味ってヤツは、きっと味わいすぎても駄目だと思う】
「なぁ、マモルくぅん?」
「ん~? なんだい、ゆうたくぅん?」
デッキチェアーをきしませるとマモルはこちらを向いた。似合わないサングラスが太陽の光を受けキラキラと輝いている。
「ここで問題です」
「どこでだよ?」
「夏×海×『?』=パラダイス。『?』に当てはまる文字は?」
「フッ、愚問を? そんなもの――目の前の女の子達に決まっているッ!」
照りつける太陽ッ!
碧い海ッ!。
そして、砂浜ではしゃぐ水着の女の子達ッ!!!!
俺とマモルはビーチパラソルの下、デッキチェアーに横たわりパーフェクトなリゾート気分を満喫していた。
沖には海女僧島の白いクルーザーが停泊している。その周りで白い波を立てているのはマリコさんの乗るマリンジェットと俺の持ってきたバナナボートだ。さっきから何度も派手にひっくり返って女の子達の悲鳴を響かせている。
今日は散々悩んだあげく砂浜でレイシア達と過ごすことにした。慌てる必要はない。夏はまだまだ長いのだ。
目の前でレイシアのはしゃぐ声。いつもしかめっ面のなつめでさえ明るい表情。
これをパラダイスと呼ばずになんというのだ!
青い空にカラフルなビーチボールが弾む。
「あはははっ! なっつめちゃ~ん、いったよっ!」
レイシアが一際高くボールを打ち上げる。
「……よっと! 可憐いったわよ!」
なつめがしなやかな動きで難なく受ける。
「わわわわ! あいたっ!」
そして可憐ちゃんがお約束のようにヘディング。
こぼれ球を追いかけるレイシアがカッと目を見開いた。
「そ、その技はッ!? 1981年の中日対巨人戦、ショートを守っていた宇野が山本功児の打った打球を捕球しようとした際ナイター照明に目に眩ましヘディングしてしまったプレーからっ!?」
「可憐! またいったわよ!」
「は、はい!……わ、わわわ! あいたっ!」
俺はクーラーボックスからコーラを取り出すと、もう一度このパラダイスを見渡す。
女の子達と海へ遊びに行く、なんて経験は生まれて初めてだった。それもこんな離れ小島。まさにプライベートビーチそのもの。
こんな贅沢な気分を味わえるなんて、色々あったが海女僧島……来れて良かったぜ。
この輝きはハワイにも劣らないはずだ!
俺はマモルにも飲み物を取り出し投げてやった。
「そういやマモル? オヤジさん達も来るって言ってなかった?」
「古傷さんと一緒に来ると思うんだけど……あれ? ババァ来たぞ」
見ると日傘を差したババァが水着姿で近寄ってきた。相変わらず腰蓑を纏ってはいるが……上半身にはブラ状の……水着?
「アロハー」
「……ちょっと待てやババァ。いつもチチ丸出しのくせに何で水着付けてんだ?」
「?」
「不思議そうな顔してんじゃねえよ!」
「うみ・ワシ・およぐ。水着・アタリマエ・ユーアンダスターン?」
「ブッ殺すぞ?」
殺気だった俺をマモルが後ろから羽交い締めにした。
「まあまあ。その包丁はしまえよ、ゆうた。このブルースカイの下では似合わないゼ? ……ババァは一人で来たの? オヤジは?」
「それがのう……ビキニパンツ姿のオヤジを見たらなんか? こうムラムラ来てしまっての? いや、ワシは悪くないんじゃよ?」
どうやらオヤジさんの一日は既に終わってしまったようだ。マモルはため息をついて言葉を続けた。
「古傷さんは?」
「ふむ」
ババァは砂浜の向こうを指さした。あっちは磯のある方だ。
「なんかアッチでホホジロザメと戦ってたぞい?」
「そーゆー面白そうなことは先に言えよ!」
俺とマモルは駆けだした。
岩場に着いてまず目にしたものは、脱ぎ捨てられたシャツだった。
背中に昇り龍の柄のアロハ。間違いない、古傷さんのものだ。
俺は海を見回した。古傷さんの姿は、見えない。静かに波が打ち寄せているだけ……?
「はっ!? あ、あれは……?」
透明度の高い海の一角……一面がどす黒い赤に染まっている。あれは、まさか血ではないのか……? そして、サンダルが片方だけ浮いている……!
「お、おい、ゆうた。まさか……ッ!」
マモルが俺の肩を掴んだその時だった。目の前の水面がぐっと盛り上がったと思うと、巨大な魚が飛び跳ねた!
「う、うわ!」
後ずさる俺とマモル。弧を描き宙に舞う巨体……全長5メートルはあろうかというホホジロザメだ! TVなどでしか見たことがないが、特徴的な三角の牙が並ぶ凶悪巨大な口……見まがうはずもない!
「ウオオオオオオ!」
「ッ! ふ、古傷さん!?」
驚いたことにサメの背にしがみつく古傷さんの姿があった。手に持った銛をサメの背中に突き立てて馬乗りになっている! 水飛沫をあげ海に潜るサメと古傷さん。
「どうしたのっ! ゆうた! マモルちゃんっ!」
「レ、レイシア?」
振り向くとレイシアだけでなく、なつめと可憐ちゃんの姿もあった。
「古傷さんがホホジロザメと戦っているんだ!」
マモルが指さす方、再び飛び跳ねるサメと古傷さん。
「あれはっ……! このへんのうみのヌシ、ハナジロだよっ!」
レイシアの厳しい目を見ると、マモルは俺に怒鳴った。
「ゆうた! アレスの帯は?」
「海水浴にまで持ってこねえよ! レイシア! お前達、加勢してくれないか?」
しかし……レイシアはかぶりを振った。
「うみにはいると、おけしょう、おちちゃうからねえ?」
「気にしてる場合かよ!?」
全力でツッコミを入れたが、今度は可憐ちゃんが首を振った。
「ゆうたさん、そうでなくて『戦化粧』の方です。木炭で描いてるから水には弱いの。ウェットスーツでも着てれば少しは違うんだけど……」
そう言われ、レイシア達の姿を見る。
レイシアは向日葵をあしらったビキニを着ており、まさにそれは白い肌に咲いた花のようだ。幼い顔に似合わずボリュームのある胸。見事にくびれた腰から肉付きの良いお尻と太腿……すばらしい。
「……対して、なつめは白いビキニ。チョイスは良いのだが肝心の胸は……う~ん、やっぱお尻に比べるとパンチ不足。ま、将来に期待ってトコですなぁ?」
「……だ、だ、だれの胸がパパパパンチ不足……?」
「ア、アレ? 俺、何の話してたんだっけ?」
なつめは怒りで震えていた。お、女の子が拳をポキポキ鳴らすのはいかがなものかと思うのですが……。
「不足分のパンチ、こっちで補ってあげるわ!!!」
「ヒ、ヒィィィイイイ!」
岩場が俺の鼻血で赤く染まったのと、古傷さんが勝負を決めたのはほぼ同時だった。
「これでッ……どうじゃぁあああ!」
「す、すごい……ッ!」
皆がどよめく。古傷さんの剛力が、ハナジロの背びれを根本から千切ったのだ。これには流石のハナジロも参ったらしく海を朱に染めながら逃げていった。
座布団ほどもある背びれを手に持ち、古傷さんは海から上がってくる。
「古傷さん、スゲエッ!」
「きょうのばんごはんはフカヒレだねっ!」
「は、鼻血がとまらねえっ!?」
みんなが歓声で迎える。
「ガッハッハッハ! 虎木亜の漢を舐めてもらっちゃ困るのぅ」
ドサッと背びれを投げると古傷さんはその場に腰を下ろした。
「なんでまたサメとなんか戦ってたの?」
古傷さんのシャツを拾ってきたマモルが尋ねた。
「おう……ここを通りかかった時に悲鳴が聞こえてのぅ? 何事かと思うて海を見たらスナメリが襲われてたんじゃい」
戦いの終わった海を見渡す古傷さん。
「美しいメスのスナメリだったわ!」
「あら、それならいつか恩返しにくるかもしれませんね? ふふっ」
可憐ちゃんの言葉に皆どっと笑った。
「あははっ」
「ふふっ」
「ハッハッハ」
「――危ない所を救って頂き本当に有難う御座いました」
「…………ん?」
皆の視線が一斉に海へ向かう。
「何かの形でこのご恩をお返ししたいのはやまやまなんですが……」
海面には、一頭のスナメリの姿があった。しなやかな体をくねらせ、まるで人魚のように美しい。
そのスナメリが、こちらに顔を向けて……? 喋って、いる?
「――私はスナメリの身ですから、お礼出来るような財産を持ちませんが……」
俺は海から目を離せぬままレイシアの腕をつついた。
「オ、オイ、レイシア?」
「ふむん?」
「なんか……あのイルカ? 喋ってない?」
「うんうんっ」
レイシアは大きく頷いた。
「イルカはあたまいいからねえ~」
「……え? あ、ああ、うん。知能、高いっていうもんなぁ…………」
俺は大きく深呼吸をした。
「って! そーゆう問題じゃねえだろッ!?」
「ふむん??」
「クッ……この花畑ヘッドが!」
きょとんとしてるレイシアに見切りをつけ、なつめに向かう。
「おい、なつめ! お前はオカシイと思うよな! なっ!?」
「え、えっ!?」
口をぽかんと開いてスナメリを見ていたなつめは我に返ったようだ。が、隣でニコニコしているレイシアと可憐ちゃんを見ると咳払いをし、胸を張った。
「あ、あら? イ、イルカは頭、いいんだから! 知らなかった?」
「なっ!? お、お前、日和見ったなッ!?」
「そ、そうだぞ、ゆうた! イルカは頭良いんだッ! だ、だからこれでいいんだっ!」
「マ、マモルッ! お前まで!?」
味方を失った俺は膝をついた!
いつだって……いつの時代もマイノリティの声は無視されるというのか……!
スナメリは気にすることもなく言葉を続けた。
「――ですがこのご恩は一生忘れるものではありません。もし貴方がたにお困りのことがあればいつでも駆けつけましょう」
「ま、待ってくれッ!」
今まで黙っていた古傷さんが声をあげた。身を翻し海へ潜ろうかというスナメリが振り向く。
「なんでしょう?」
「な、名前を教えてもらえんかの?」
スナメリは水の中でくるっと一回転し、古傷さんを見上げた。
「わたしは、テレサ……勇敢な人間の方、本当にありがとう」
そういうと彼女は海に潜り去っていった。
「……テレサ……きっとまた会えるはずじゃ……」
古傷さんは頬を染めたまま彼女の消えた水面を見つめていた。
と、そこにひょっこりババァが顔を出した。
「なんじゃ、あのイルカ。うまそうじゃな」
「!!!」
みんな青ざめた!
「さ、さあ! 砂浜の方に戻ろうぜ! 可憐が作ってくれたお弁当食おうよ!」
「そ、そうね!」
皆が走り始めたその時だった。
「ん?」
何かが岩陰で光った気がして俺は1人振り向いた。空き缶でも落ちてるのだろうか?
確かめるべく近寄った俺は、異様な物体を目にする事となった。
「……何やってんの? クレオ……」
クレオが体中に海藻をまとわりつかせて伏せていた。
「むむッ! よくぞ僕のギリースーツを見破りましたね、ゆうたッ!」
「いや。メガネ、めっちゃ光ってた」
「メ、メガネって言う……いや、その用法はセーフですッ!」
クレオは海に浮いている海藻に飛び乗った。どうやらマリンジェットにも海藻で偽装を施していたらしい。
「今日の偵察は収穫がありましたよ……。アマゾニスの戦化粧が水に弱いと言う事……これは盲点でしたッ!」
ワカメジェットのエンジンが唸りを上げる。
「フフフ……欲しい情報は全て手に入れた。後はあの品が僕の元に来るのを待つのみ! ゆうた……『アレスの良心』の力ごときでいつまでも大きな顔が出来ると思わない方がいいですよ! はっはっはっは!」
「ま、待て! このメガネ!!!」
クレオは一方的に喋ると海に踊り出した。みるみるうちにスピードを上げたクレオの姿が波間に消えていく。と、遠く叫び声が聞こえた。
『メガネって言う……なッ!? な、何でこんなトコにホホジロザメがああああッ!?』
俺はきびすを返し砂浜に向かう。
クレオの言葉が、いやに耳にこびりついていた。




