11話 バブル時代が残したモノ。でも、俺には関係がない話だ
【11話 バブル時代が残したモノ。でも、俺には関係がない話だ】
『ヒィィィイイイ!?』
物置から聞こえた絶叫で俺は目を覚ました。
「今日は……古傷さんの声かな?」
『ななな、なんで起きてみたらババァがワシのチ○コを咥えとるんじゃぁああああ!?』
『ん? 男ってこういうシチュが萌えるんじゃろ?』
『キサマが萌えとか言うなぁあ!』
「まったく……ババァも飽きねえなぁ」
いつもの事なので俺は慣れてしまっていた。
「さ! 今日の朝飯は何かな?」
俺はスルーしてリビングへ向かった。
今日は珍しく皆早くから用事があったらしく、居間には誰の姿もなかった。
作り置きの朝食を俺一人で終える。
にぎやかな食卓に慣れてしまったので少し寂しい気もする。
「ふう~食った食った」
俺は腹をかかえる。
「ふぅ~喰った喰った」
ババァがリビングへ入ってきた。
妙に肌がツヤツヤしていた!
「テメーの食ってるモノでは腹はふくれねえ」
「何を言う? あれこそ最高の? アンティパスト?」
俺がメインディッシュに予定されていないことを切に願う。
「そういやさ、ババァ。そんなに男を襲いまくってるけどマモル以外に子供いないの?」
麦茶をお盆に載せてテーブルへ運ぶババァに尋ねてみる。
いや、チチをわざわざ使うな。手で運べよ。
「それが全然出来んのじゃよ。きっと体質なんじゃのう」
「ババァのことだからな。硫酸でも浸みだしてんだろ?」
「そ、それ以上の突っ込んだ表現は倫理的にOUTじゃあ!」
俺達は頭を冷やすことにした。
「これでも若い頃は悩んだんじゃよ? 結局、サトルに出会うまでは子は出来んかった」
「ふ~ん……お、そういやマモルの姉妹とかいないのかい?」
生き別れの妹、なんて素晴らしいシチュエーションじゃないか?
「……実はな……マモルには弟がいるんじゃ」
「え! マジ!? そいつはどこにいるの? ま、男って聞いて興味が十分の一くらいになっちまったがそれでも衝撃だぞ!」
しかし、ババァは黙って麦茶のコップをいじっている。
「捨てた……? いやま、まさか」
「……」
「た、食べちゃったり……」
「おぬしも喰うぞ? 違う意味で?」
「ヒ、ヒィ!? ごめんなさいッ!?」
「……まったく馬鹿者が……」
アレスの帯を握りしめた俺はババァの様子がおかしいのに気付いた。
……もしやその弟はすでに他界したとか……?
「古代、アマゾニスは男が生まれると殺すか、不遇にして奴隷にしたというが……」
やっと口を開いたババァの声はとても重かった。
「じゃがワシにはとても信じられんのじゃよ。きっと伝承……人の口から口へ伝わるうちに、面白おかしく話を大げさにしたに決まっておる!」
ババァの目は麦茶のグラスを見つめたままだった。溶けてきた氷がからん、と軽い音を立てた。
「子供を……自分の子供を愛しておらぬ母親がどこに居る……ッ!」
「……」
俺は黙って話を聞いていた。
「マモルは泣く泣くサトルに引き取ってもらったんじゃ」
ババァは一口麦茶を含むと話を続けた。
「ワシも歳じゃ。生きているうちにあんなに立派に育ったマモルに会えたのも……アルテミス様に感謝せにゃならんな」
ババァは優しく笑った。初めて見せる表情。
これが長く生き、色々な経験をしてきた、しがらみや仕来たりなどと戦ってきた人間の顔なのだろうか? 俺のようにまだ社会に出ていない若造にはわからないのかもしれないけど……!
でも――それでも、俺は言わずにはいられなかった。
「そ、そんなにマモルを想ってたんならなんで一緒に暮らさなかったんだよ!」
一度言い始めたら止まらなかった。
「アマゾニスのしきたりがそんなに大事なのかよ!?」
「……ホッホッホ、恥ずかしい話じゃ……。おぬしのいう通り、いくら今更母親面したところで今まで一緒に暮らしてやれなかった母親なぞ……母親では、ない」
絞り出すように声を出すババァ。
「……ワシは……ワシは母親失格じゃ……ッ!」
くそ……いくら何でも言い過ぎてしまったか……。
深い沈黙がリビングに横たわる。
俺はいたたまれない気持ちで席を立ちあがった。
「……バブルが……」
「……は?」
「バブルが弾けた直後でのぅ」
「ば、ぶる?」
「ワシの持ってた株は大暴落! 六本木に持っておった店も潰れてしまい借金をかかえ精神的に追い詰められたワシはキッチンドリンカーとなり生来の浮気癖も治らず次々とホストに貢いだ挙句次第にサトルと家庭不和になり遂には囲っていた若いツバメとの密会現場をサトルに押さえられ離婚届を突き出され裁判で負けたワシは親権を放棄……ッ!」
「母親としても人間としても失格じゃん?」
「おおう……おお……! こ、こんな母親を許しておくれマモルーーーーッ!!!」
「とりあえずチチを隠せ?」
俺は部屋に戻ることにした。
「あ。ついでじゃがマモルの弟は平クレオじゃよー」
「そんなソレナリに衝撃の事実をついでに言うなよ!」




