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9話 レイシアという女の子

   【9話 レイシアという女の子】


 レイシア家の冷蔵庫には常時大量の麦茶が冷やしてある。

 作り置きの作業は可憐ちゃんが中心なのは間違いないのだが、意外な事になつめはもちろんレイシアまでがきちんと残量を見て補充したりしているようだ。おかげで何ら遠慮することなくこのようにがぶ飲みさせて頂けるわけで。

「ふう、うまい。おかわりも部屋に持っていくか」

 リビングを出るときに時計を見ると時刻はまだ朝6時半。喉の渇きに堪えきれず起きてしまったがいくら何でも早過ぎだ。朝食にもまだ大分時間がある。

 二度寝しようかなどと考えながら廊下を歩いていると、ちょうど部屋から出てきた小柄な美少女――まだ化粧をしていない可憐ちゃんと出くわした。

「おはよー」

「あ、おはようございます、ゆうたさん。お早いですね」

 明るい笑顔で挨拶を返してくれた可憐ちゃんだったが彼女にしては幾分早口で、そのまま小走りにレイシアの部屋まで行くとノックをし始めた。

 何やら急いでいる様子だが……しかし俺は開け放たれたままの可憐ちゃん部屋の方が気になり、ひょいと覗き見た。

「……机にマモルの写真がありやがる」

 だがそれよりも目についたのは、壁に掛かったでかいスクリーンと数台のパソコンだった。女の子らしい可愛いカーテンや家具の調和を台無しにするハイテク機器。

「む~、どしたのぅ?」

 明らかに寝起きのレイシアが目をこすりながら出てきた。俺は一瞬下着姿なんぞを期待したが……残念、Tシャツにハーフパンツだった。

 可憐ちゃんはレイシアの手をとると自分の部屋まで引っ張ってきた。

「レイシアちゃん。第2警戒ラインを越えて近づく船舶があります。数は2。速度12ノット。監視カメラからの画像、及びスクリュー音は既登録船舶と適合、観毛内のものと確定します」

 可憐ちゃんがパソコンのキーボードを叩くと、でかいスクリーンに海を走る漁船の姿が映し出された。

「進行方向、装備、他6の理由から海女増島への上陸を目的にしていると考えられます。敵人員は現在確認済みのもので8名。この数は平時よりも少ないですが大凪潮の祭りで受けた観毛内の損害を考えると想定範囲となります。予想上陸地点は東の浜、予想到着時間は25分後。既に当直のマリコさんを隊長とする4名の迎撃チームが配置済みです」

 俺はすでに正座でふたりの様子を拝見させてもらっていた。

「あ、それから昨日レイシアちゃんの予想通り小豆が爆上げしましたよ」

「おしっ、こんどはぜんぶうりにだしてっ! このアゲはひるまでつづかないよっ!」

 ……この金髪、やっぱり侮れねえ。

「さっゆうたっ。東の浜に行こうかっ」

「?」

 レイシアはあくびをひとつすると俺ににっこり笑顔を向けた。

「きいてのとおりっ! ミケナイさんたちのシューゲキだよっ。ゆうたはわたしたちの王さまだからね。わたしたちを守るギムがあるのだよ」  

「ふむ」

 なるほど。俺は麦茶を飲み干した。

 と、その時なつめの部屋のドアが開いた。

「うっさいなぁ……何を朝っぱらから廊下で騒いでん……ッ!?」

「ふむ」

 なるほど。なつめのヤツ、寝る時のカッコは下着だけなのだな。

 上下の下着を両腕で隠すなつめの顔が真っ赤になるまで大した時間はかからなかった。

 俺はため息をつくと覚悟を決め、カッと目を見開き叫んだ!

「サァ! くんなら来いやぁあああ!」

 そして、なつめの足の裏が俺の顔にめり込む寸前まで視姦してやった。


「……ったく。何であたしがコイツなんかと行かなきゃなんないのよ……」

 右隣にはブツブツ言ってるなつめ。手にはお決まりの木刀。

「♪ふんふふんっふんっふ~ん 」

 左隣には怪しげな鼻歌をうたうレイシア。手には何故か小さなノーパソ。

 俺たちは『東の浜』を見渡せる木立に潜んでいた。

 遠く海上には2隻の船。上陸用らしいゴムボートに乗り込んでいるのは……クレオだ。

 こないだぶっ飛ばしたはずなのに元気なことだ。

「レイシア、いいの? 上陸させちゃって」

 一人の女がすっと近寄ってきてレイシアに囁く。

 年は20代後半位だろうか。知的な雰囲気の綺麗な人だ。

 手には照準器やら滑車がゴテゴテついた現代的な弓を持っている。俺の目が弓に釘付けになっているのに気付いた彼女はにっこり笑顔をくれた。

「それに珍しいじゃない、あんたが現場に出てくるなんて」

「ちょっと、おもうところがあるの。マリコさん、あとでそうだんのってちょうだいっ」

「ん、わかった。じゃわたしは言われたとおりバックアップにまわるわね」

 マリコさんはさっと身を翻すと木立に消えていった。

「さてとっ、ゆうたっ。そろそろ行ってみようかっ!」

 レイシアが俺の背中をばんっと叩く。ちょうど砂浜ではクレオたちのボートが到着していた。

「ちゃんと『おうさま』せんげんしてねっ。かっこいいトコ、みせてよっ!」

「フフフ、そーゆうことなら俺にも出番をもらおうか……!」

 背中から聞こえた声に振り向くとそこにはマモルが立っていた。得意の釣り竿を手に不敵な笑みを浮かべる。

「ゆうた! お前だけに良いところを持ってかせないぜ!」

「おおうっ! マモルちゃんっ、いいねいいねえ~。やる気まんまんだねっ!」

「おう! まかしとけ! この島の治安は俺達がマモルぜ!」

 レイシアの拍手を背に、俺はマモルに首を捕まれ砂浜に出て行った。後ろをため息をつきながらなつめが続く。

「フハハハハッ! お前が来るのは分かっていたぞクレオ!」

「!」

 マモルの馬鹿笑いに観毛内の漁師たちが身構える。

 が、しかし意外なことにクレオは冷静だった。

「ふん……。やはり今回も上陸地点がばれている。そして、あの情報は本当だったようですね」

「なんだよ、もっと驚けよクレオ。俺たちこの島の――」

「知ってますよマモルちゃん。そこにいるゆうたが大ババ様を倒し、この島の『王』と承認されたこと。そしてマモルちゃんの他にサトルさん、古傷さんがこの島にいること」

「なっ!?」

 これには俺も少し驚いた。一体どこでそんな話を知ったんだ?

 クレオはメガネを陽光にきらめかせながらスッとレイシアを指さした。

「すべては彼女のツイッターに書いてあったことッ!」

「つぶやくなよ!」

 情報はだだ漏れだった!

「でもね……クレオちゃん」

 レイシアは眉をひそめてクレオから目をそらした。

「キミのリプおおすぎて……ちょっとキモイかなっ?」

「ぐはぁあああッ!?」

 クレオは雷に打たれたかのようにその場に倒れた。

 まずはレイシアが一人仕留めた!

「ま、まあとにかく聞けよお前ら! これからはコイツ、ゆうたがアマゾネスの王だ! そしてこの俺、マモルを倒さない限りこの島の女の子には指一本触れられないと思え!」

 マモルに背中を押されて前に出た俺に、漁師たちの視線が突き刺さった。

「あ、あんな野郎が王だと……!?」

「俺達はガキの頃からこの島を目指してたというのにあんなよそモンが……ッ!?」

 男達は拳を握りしめ、肩を震わせる。それを見るとマモルは満足そうに言葉を続けた。

「更にコイツゆうたはな! なつめにも勝ったんだぜ!」

「な、なにい!? あ、あのなつめに……ッ!?」

 なつめの眉がピクっと動く。

「そうさ。この辺の海の男全ての憧れでありアマゾニスの象徴でもあったなつめは、この島の新しい支配者ゆうたによって敗れ去った。つまり、だ――」

 なつめがわなわなと震え始めた。こ、これ以上の危険発言はなつめサンの怒りのエンジンへと繋がるイグニッションがオンになってしまわれるのでは……!?

「――なつめの身も心も既に……後は言わなくてもわかるな?」

「わかってたまるかあああッ!!!」

「ぐあッ!?」

 予想通りなつめの蹴りを食らったマモルは、砂浜を十メートル近く転がるとそのままピクリとも動かなくなった。

 これで双方の被害は1人ずつになった!

「ううっ……そんなバカな……」

 呻き声を上げながらクレオが身を起こそうとしている。が、彼の目の焦点は定まっておらず何だか様子がおかしい。

「……嘘だ……あり得ないナツメさんが負けるなんてある訳がないだってナツメさんは気高くて美しくて強い戦士だもの彼女が他の男のモノになどなるはずがないこの島の支配者となるのは平家の僕だ彼女を倒すのは僕しかいない彼女を手に入れるのは僕しかいないナツメさんは僕のもの僕のモノうふふふふ……ヒヒヒ……あーっははっはっは!」

「こ、こわッ!?」

 どうやら精神的ダメージが限界を超えたようだ!

「おーっ。なつめちゃんっ、モテモテだよっ!」

「イ、イヤなこと言わないでよ!」

 なつめは全身の鳥肌をさすりながらレイシアの後ろに隠れた。これである意味、なつめも戦闘不能になったようだ。俺はため息をつくと漁師達の前に立つ。

「……それでどうすんだお前ら。まだやんのか? まあ……まだってゆーか何も始まってない気もするけど」

「と、とりあえずここまで来て何にもしないで帰るワケにはいかねえだろッ!」

 俺の周りをぐるりと取り囲んだ男達。彼らの手に持った銛や釣り竿に、俺の鼓動が早くなる。深呼吸をひとつして、腰のアレスの帯に意識を集中する。クレオと戦った時の事を思い出すんだ。あの時の力を……もう一度ッ!

「き、きたッ……フ、フオオオォォォ!!!」

 アレスの帯は、拍子抜けするくらいあっけなく俺の呼びかけに答えてくれた。銀色の光と共に流れ込んでくる力は俺の体を震わせ、髪は高円寺にたむろするパンクスのように天を指す。俺は声の限りに雄叫びを上げる。それは戦場で放つ鬨の声だ。肉体を駆けめぐる蛮勇と狂気の感情、そしてオスとしての原始的闘争本能に突き動かされ俺は咆哮するのだッ!!!

「……フゥ……さあ。どっからでもかかってきな!」

 破れて吹き飛んだシャツの残骸を投げ捨てた俺は、どこぞのヒーローのように拳を構えてみせた。

「あれが……アレスの帯……!」

 なつめの呟きが背中に聞こえた。……いいぞ、なつめ。俺の強さをその目に焼き付けるがいい……!

「お、おりゃあああ!」

 角材を握った男が一人飛び込んできた。俺は一瞬考えて、すっと右手の人差し指を前に出す。以前、船着き場でなつめはクレオの一撃をこのように避けたが、俺はその上を行ってやろう。指一本でヤツの得物を折ってやるのだ。

「ッ!?」

 驚愕の声を発したのは男か、それとも俺か。はたまた息を呑んで見守るなつめかレイシアか。

 凶器は突き立てた指を外れ、俺の脳天にブチ当たりへし折れた。

「……アレェ?」

 くるくる回って砂浜に刺さった角材の破片をぼんやり見つめる。

「お、おお……だ、大丈夫か? 思わず本気で殴っちゃったけど……?」

「……おかしいな」

 俺はおろおろする漁師をむんずと掴んで海に向かって投げてみた。

「おわーーーっ!?」

 弧を描いて飛んでいく彼を見送った後、残った男たちに声をかける。

「おしっ! 今のはナシ! 誰かもっかいきて!」

「そ、それならワシがッ!」

 再び迫り来る凶器に俺は週末のトラボルタよろしく人差し指を突き出す。

「ブッ!?」

 だが、やはり結果は変わらなかった。振り下ろされた銛は俺の顔面にぶち当たり真っ二つに折れる。

「……」

「オ、オイ、大丈夫か……って、うわぁぁあッ!?」

 俺は無言で漁師をぶん投げた。

「ヘイ、もっかい行ってみよう!」

「コ。コイツ!?」

 残った男達が後ずさる。

「アホだけど強いぞ!?」

「ああ……アホだけど強い! ここは一旦退くぞ!」

「ちょ! ちょっと待てよオイ! アホとか言うなよ! 悲しくなるだろ!?」

 観毛内の漁師達はクレオを拾うと脱兎のごとく逃げ出してしまった。

「……ふむ」

 遠ざかるゴムボートを見送りながら俺は頭をポリポリと掻いた。

 どうやらこの力、怪力になったり体が頑丈にはなるのだが運動能力まではフォロー出来ないようだ。格闘技や武術の経験はおろかケンカなどほとんどした事もない俺では難しい動きは無理ということだな。

「ゆうたっ! カッコわるいけどつよいねっ!」

「……い、一応撃退したんだから素直に褒めてくれないか?」

 近寄ってきたレイシアにちょっと赤面しながら答えた。

「でも、あんなにたたかれていたくないのっ?」

「ああ、それなら大丈夫……」

 言いかけた時だった。俺の体を包む銀色の光が消えてゆくと同時に、酷い激痛が頭に走った。

「いで!? いでででででで!!!」

 俺は頭を押さえて転げ回った。砂浜をのたうち回る俺を見てレイシアはぽんっと手のひらを叩いた。

「なるほどっ。アレスの帯をつかってるときはいたみとか、かんじないんだねっ。で、あとになってからまとめてクるわけだ!」

「いででででで!」

 どうやらレイシアの言う通りらしい。なつめは俺を冷めた目で見下ろしていた。

「……ダサ」

「な!? テ、テメエ……」

 去ってゆくなつめの背中を一言も返せずに見送るばかりの俺だった。


「あーひどい目にあった」

 タオルをおでこにあてた俺は木陰で休んでいた。

 高くなった太陽は遠慮無く目の前の砂浜を焦がしていたが、一歩日陰に入るとそこは緑のおかげか海から吹く風のおかげか、かなり快適だった。

 海岸を見渡すも、そこには誰の姿もない。ゴミひとつない砂浜に波が静かに打ち寄せている。俺はすぐにでも海に飛び込みたい衝動にかられた。海水浴なんて今までの人生で2,3度しか行った事がないし、知っているのは芋洗い状態の都内のプールくらいだ。何て素晴らしい景色なのだろう。

「ゆうた。もうだいじょぶっ?」

 隣で小さなノートパソコンをかたかた叩いていたレイシアが面を上げた。

「あーだいぶ痛みひいたわ。……それ何してたの?」

 ぱたんと閉じた端末に目をやる。こんな海辺に持ってきて壊れたりしないのだろうか。

「ブログこうしんしてたのっ」

「……また情報漏洩してんじゃねえだろうな」

 レイシアは少し目を伏せると座り直して俺に体を向けた。

「あのね……ゆうたに言わなきゃならない事っていうか、お願いがあるのっ。……ゆうたは怒るかもしれないけど……」

「……ふむ」

 俺は体を起こした。レイシアは数秒ためらうような仕草を見せた後、思い切ったように口を開いた。

「……あのねっ。ゆうたにはオトリになって欲しいのっ!」

「おとりに、なる?」

 おうむ返しに聞く俺にレイシアは大きく頷いた。

「この島は今、とても危ないの。これまではこの辺の海のシキタリもあって海女僧島に直接乗り込んでくる人は滅多にいなかったのね。だけどクレオちゃんが中学を卒業してタイラ家の次期頭領になった途端、ミケナイ村の人がどんどん攻めてくるようになったのっ。それも、攻め方がどんどん狡猾になってる……。今日のクレオちゃんもただ上陸を狙うっていうより情報収集を目的にした威力偵察って感じだし……」

 レイシアは膝の上に置いた拳をぎゅっと握った。

「この島も昔とは大分変わって生粋のアマゾニスも少なくなって戦える人があまりいないの。わたしやなつめちゃん、可憐ちゃんもこの春から県外の高校の寮に入っちゃって役に立たないし……だからっ……!」

「ん~なるほど」

 俺は必死で喋るレイシアの言葉を遮った。

「つまり、あれだ。形だけかも知れんが、現在この島の支配権を持っているのは征服者であり王様の俺だ。今までのシキタリが通用しない以上クレオ達は俺を狙う他ない。だが、このまま俺が東京に帰ってしまえば理屈的にクレオ達はこの島に手出し出来ないし、したとしても意味がない、と」

 レイシアは小さく頷くと、ゆっくりと俺のおでこに手を伸ばした。

 大きなコブになった箇所を彼女の手が優しく撫でる。

「……こんなケガをさせちゃって言えた義理じゃないんだけど……」

 そのまま黙り込んだレイシアに声をかけようとした時、遠くからマモルが走ってくるのが見えた。

「おお~い! ゆうたあ! あっちの磯の水溜まりででっかいハゼ捕まえたあっ! イソギンチャクと戦わせようぜえ!」

「なにぃ! 超見てえッ!?」

 立ち上がった俺を、レイシアは不安そうに見上げた。

 俺は思う。

 こんなこと、コイツは馬鹿正直に話す必要なんて全然なかったのだ。

 俺やマモルをいい気分にさせて手のひらの上で踊らせていたとしてもアホな俺達は気づきもしなかっただろうに。

 俺はなるべく涼しい顔をしてレイシアの手をとった。

「さあ行こうぜ。この島の『オウサマ』としちゃ、女の子にいつまでもそんな顔をさせてるワケにはいかねえな!」

「……ゆうた」

 少女が向日葵のような笑顔を取り戻すのにはさして時間は必要なかった。

「…………おとこって、たんじゅんね」

「ハッ!? い、今なんて言った!?」

「ん~? なにがっ? ナニもいってナイよっ?」

「オメー黒すぎんぞ!?」

 焼けるような砂浜を走り出す。

 レイシアは俺の手を握り締めたまま離さなかった。



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