5,人間と魔族
次の日から、信冶と祐介は分かれて食事の配給を行った。しかし、信冶の中にあったはずの強い恐怖心は、もう消えていた。悪魔のように見えていた魔族たちが、今はむしろとても弱い存在に見えるのである。そしてそのように見えるようになった原因は、どう考えてみても「彼女」だった。
その日も彼女は信冶を「観察」していた。しかしあの寂しい笑みを見せることはなく、無表情であった。信冶は声をかけてみようかと思ったが、結局そのまま仕事を続けた。
その次の日は、休日だった。信冶は何をするでもなく、自分の部屋にいた。
(あの子も、魔族なんだよな……)
いつの間にか、あの少女のことを考えていた。
今まで魔族を見たことがなかったわけではない。信冶だって、戦闘に参加したことはある。だが、街に現れる魔族たちはもっと、憎悪に満ちた表情でこちらを睨んでいた。その様子は、まさに悪魔であった。
しかし、彼女は違った。信冶には、彼女が悪魔であるようには見えなかった。
「でも、魔族は罰を受けるべきなんだ……よな……?」
信治は、自分の中で信じてきたものが揺らぎ始めているように感じた。
◆ ◆ ◆
翌日。少女はやはり、信冶を観察していた。信冶は少女に話しかけてみることにした。
「どうして俺を見てるの?」
少女は少し驚いた様子を見せた。その状態のまま、しばらく信冶の顔をまじまじと見ていたが、やがて
「違う気がして……」
と言った。
「違う?何が?」
しかし少女は、それ以上は何も語らなかった。信冶は諦めて仕事に戻ったが、彼女の口にした言葉が気になった。
(「違う」って、どういうことだ……?)
モニタールームに戻ってきた信冶を見て、祐介が声をかけてきた。
「何かあったのか?」
「え?」
「なんか、悩んでるっぽかったから」
「ああ、いや、悩んでたっていうか……」
「?」
信冶はイスに腰掛けると、読みかけの本を開いた。が、すぐに閉じて、言った。
「……人間と魔族は、何で戦うんでしょうね?」
「はっ?」
祐介が呆れた様子で信冶の方を見る。
「何言ってんの、お前?」
「や、11年前まで、人間が魔族に支配されてたっていうのは知ってますけど……10年前に掃討軍の活動が始まって、その1年間で魔族の支配体制はもう崩壊してましたよ。もちろん、魔族は罰せられなければならないっていう、あの演説が間違ってるとは思いませんし、だから俺は3年前に軍に入隊したんですけど……なんかちょっとやりすぎかな……なんて」
「余計なことは考えんな」
祐介は、先ほどとは打って変わって、いつになく真剣な様子でぴしゃりと言った。
「でも」
「無意味だ。んなこと考えても」
祐介はそれ以上聞きたくない、というように、信冶から目を背けた。しかしその目には、なぜか苦痛の色が見て取れた。
次の日から、少女は信冶を観察することを止めた。逆に、目を合わせないように下を向いていた。しかしだからと言って、信冶の中に生まれた疑問が消えるということはなかった。信冶は食事を持っていく度に、少女に声をかけた。が、彼女は聞こえていないかのように俯いているだけだった。