20,最後の演説
「私は、北原信治です。普通の兵士でした。今は、軍人でもありません」
彼の言葉が紡がれ始めると、国民は静まり返った。
「私は数ヶ月前まで、アクネの一部隊に所属していました。その頃の私は、目の前にある世界を、そのままに受け入れていました。つまり……、魔族という種族は人間を脅かす悪魔であり、それを駆逐する掃討軍は正義の味方であると……、そう思っていました」
国民はざわめく。未だにそれを信じて疑わない人間たちや、彼の言い方に憤る魔族たちによるものである。しかし信冶は、淡々と語る。
「……しかし、私は魔族の収容所に行って、それが偽りのものであることに気づきました。私たち人間の歴史は、軍の上層部によって都合良く編集されていたんです。それを私は、収容所にいた魔族に教えられました」
由実香が照れ笑いする。
「その歪んだ政治は、やがて魔族の世界にも伝染しました。そしてそれが、今回の事件を起こす引き金になってしまったのです」
いつの間にか、ざわめきは収まっていた。皆、信冶の話に聞き入っていた。
「『悪魔』って何だと思いますか?魔族のことですか?人間のことですか?軍の上層部や魔族の議会という見方もできるでしょうが……、私は違うと思います。『悪魔』とは、私たちが互いに理解し合おうとしないその考え方、あるいは、それを疑おうともしない、そういう雰囲気のことなのではないでしょうか」
軍人たちと魔族たちは互いに顔を見合わせる。
「悪魔は葬られました。しかし、今お話ししたことを私たちが忘れてしまえば、また何度でも蘇ります。だから、このことは決して忘れないで下さい。皆さんがそれを忘れずにいてくれれば、もしも再び政治が暴走しそうになったとしても、皆さんの力で止めることができるのです!」
国民はざわめく。しかし今度のざわめきは、先ほどのものとは違った。新しい国の誕生を喜ぶ声によってできたものである。
「私は!」
信冶は、自分も嬉しくなって声を張り上げる。
「私はここに、人間と魔族とが共存共栄する国の設立を宣言しますッ!」
大きな歓声の中に、彼の言葉は受け入れられていった……。