19,歓声
「えっ?ウソ……!?」
医療班のテントを出てきた瑞紀は、思わず声を上げる。こちらへ迫っていたはずの氷壁が、消えていたのだ。
「信治たちが上手くやったってことだろ?」
彼女の隣で、啓太が言う。ちなみに梓は、まだ熟睡している。
「ええ、私のおかげですね」
そこに誠がやってきた。
「は……?」
啓太は怪訝そうに彼を見る。
「私も、今回の作戦には深く関わっていますから」
誠はそう言ってから、
「……それはともかく、あなたたちに外出許可を出した覚えはありませんが。まだベッドにいるはずなんですが」
と続けた。
「いやまあ……。そう固いこと言わないでくださいよ」
啓太は苦笑してそう返す。
街の防衛をしていた軍人や魔族たちも瑞紀たちと同じように、目の前で魔法が解けるのを呆然と見ていた。しかし、本部から賢悟たちが出てきたことが伝えられると、誰からともなく歓声を上げて作戦の成功を喜んだ。
「スゴい……!」
その歓声を全身に浴びて、信治は感動する。
「この中には人間も魔族もいるんだ……!」
しかし、引っかかっていることもある。それはずっと懸念していたことでもあった。
即ち、「民意」である。戦場でどれだけ協調が盛り上がっても、今は亡き義忠が作り上げてきた「魔族に対する憎しみ」を国民が持ち続けている限り、それが現実のものになることはないのだ。
(……でも、どうやって)
どうしたら、国民は考えを改めてくれるのか。それが信治には分からない。死してなお、義忠は彼の前に立ち塞がっていた。
「あれっ?あそこにいるのって……!」
不意に奏が声を上げた。そして、歓声を上げる軍人たちの間を縫ってこちらに向かってくる集団を指差す。
「え……!?」
信治は、その集団の先頭を歩く人物を見て彼女と同じように驚いた。
「師……!」
信治はすぐにそれが正史であると分かった。
「元訓練員の方がどうしてこちらに?」
本部にやってきた正史に、賢悟が訊いた。
「うん?俺のことを知ってるのか」
正史は怪訝そうに訊き返す。
「あなたのことは総帥から常々」
「ああ、そうか」
正史は苦笑する。
「えっ!?師、総帥と知り合いだったんですか!?」
奏が驚く。
「まあ……。昔の話だ」
正史はそれ以上説明を加えず、話を変えた。
「国民は見ていたぞ、全部」
「え?」
奏が怪訝そうな顔をする。
「あなたがテレビ局を動かしたんですね」
今度は賢悟が苦笑して言った。
「国民は英雄の言葉を聞きたがってる」
「え、でも……」
言いかける信治を正史が制する。
「分かってる。英雄なんかじゃないって言うんだろ?」
「……」
その通りだ。国民にとって自分たちは、英雄なんかではない。むしろ、掃討軍の総帥を殺害した悪魔なのだ。
「……聞こえないか?」
黙っている信治に、正史は言った。
「?」
信治は耳を澄ます。しかし聞こえるのは軍人たちの歓声だけ……
(違う……!)
信治はその歓声の向こうからも「音」が聞こえてくることに気付いた。
(……これは)
徐々に大きくなるその「音」が何を示すのかは、すぐに分かった。
「お前が欲しかったのは、これだろう?」
正史が言う。
それは国民の歓声。人間と魔族とが手を取り合って危機を乗り越えたその瞬間を国民がどう受け止めたのか……、その答えだった。
「この国を救った英雄さん。国民に向けて何か、お願いします」
呆然とその歓声を聞いている信治に、テレビ局の人間の1人が言った。
「……え!?いやこういうのは部隊の隊長が……」
信治は慌てた様子で賢悟を見る。
「俺はもともと、総帥側の人間だ。それなのにのうのうとここで国民に向かって話できるわけないだろ」
賢悟はあくまで冷静に、そう返す。
「……いや、でも俺じゃなくても」
「魔族が人間に向かって話してどうすんだよ」
修が呆れた様子で言う。総一郎も、何時の間にやらいなくなっている。
「私は、人間の幸せだけを考えてきたよ」
奏も、話すことを辞した。
「今もその考えは変わってないんだけど、でも、信治を信じてみようって思う。この国にいる全ての人たち……魔族も含めてね……みんなが幸せになれるなら、それが一番だと思うから。だから……、信治の話を聞かせて」
「信治さん……、本当に国を変えちゃいましたね」
最後にそう言ったのは、由美香だった。
「この国の人たちにもう一度話してくださいよ。信治さんが、どんな国を作りたいのか」
その言葉で、信治の決意は固まった。
「……分かった」
信治はカメラと……国民と向かい合った。