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悪魔-デモンズ-  作者: 北郷 信羅
第6章 悪魔
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18,氷壁

 人間と魔族による連合軍は防衛ラインを維持し続けることができずに、少しずつ後退していた。

「一体いつまで守り続ければいいんだ!?」

祐介が叫ぶ。彼を含め、いつ終わるとも知れない防衛戦を続けている兵士たちは、この数時間で体力も精神力も大分消耗しているのだ。

「もうすぐ終わります」

祐介と共に戦っている美奈が、無線機を片手に言った。

「今連絡がありました。隊長たちで構成された部隊が本部に突入するそうです!」


 「作戦は非常にシンプルだ」

賢悟が隊員たちを前に説明する。メンバーは先ほどの会議に参加していた者たちと、信治、渚である。

「本部に突入し、地下室にいる魔族、千住院由美香の自動反応システムを破壊する。以上だ」

「先頭は俺が行く」

修が言った。

「後ろじゃ、お前らが邪魔になるからな」

修の言い方に、何人かの軍人たちが不満を口にするが、賢悟がそれを制する。

「……確かに、我々の後ろでは、人工魔法に囲まれてお前は魔法が使えない。それよりもお前が先頭で魔法を使って氷を溶かし、その後ろに続く我々が人工魔法をもってその道を確保した方が合理的だな」

「……まあ、そういうことだ」

修は賢悟の言い換えに少し不快そうな様子を見せつつも、頷いた。

「あとは……北原と啝民城」

「はい」

「なんですかー?」

2人が返事する。

「お前たちが一番重要な役回りだ。確実に破壊してくれ」

「はい!」

信治は少し緊張した面持ちで頷いた。

「俺は、これが成功するかどうかで、人間と魔族との未来(これから)の関係も決まってくるんじゃないかと思っているんだ」

「……!」

信治はその言葉にはっとする。


 由美香と出会ってから今日までずっと信治が望んできたこと。それが達成されるか否かが、彼自身の手に委ねられたのである。


 「絶対に成功させます!」

信治は拳を強く握りしめて言った。

「よし。……時間はない。行くぞ!」

賢悟の一言で、部隊は作戦を開始した。


◆ ◆ ◆


 本部の正面の防衛部隊は、防衛ラインを守り続けていた。

「おう、ようやく作戦開始か?」

そこで他の部隊と共に戦っていた総一郎が、賢悟たちを振り返って言った。

「ああ。……お前も会議に来いと言ったはずだが」

賢悟が言う。

「俺は会議とか、そういうのは苦手なの」

総一郎は悪びれる様子もなく、そう返した。

「分かった。……だが、本部への突入には協力してもらうぞ」

半分呆れた様子で賢悟は言う。

「ああ、もちろん。だからここで待ってたんだ」

そう答えると総一郎は、目の前の氷壁を叩き斬った。氷壁はその一撃で大きく崩れた。

「おい、先頭は俺だぞ!」

修が総一郎の前に出る。

「そうなの?じゃ頼んだ」

「言われなくても!」

修の放った炎が、氷を溶かし本部への道を作った。しかしすぐに、溶けた部分を補うように再びそこは凍りついていく。

「人工魔法を忘れるな。できるだけ固まって動くんだ」

賢悟の指示で、部隊は本部への道を進む。


 本部に近づくにつれて、氷は隊員たちの頭上をも覆った。こうなってしまうともう「道を進んでいる」というよりは「氷の中を潜っている」という方が正しいだろう。

「綺麗ー」

渚が言う。魔法によって生成された氷は不純物を含んでいないために透き通っており、外の光が反射してキラキラと輝いているのだ。

「それどころじゃないっ!」

彼女の呑気な感想に対して奏が叫ぶ。人工魔法を使っているとはいえ、今回の魔法はその規模が大きすぎる。少しでもその濃度が薄まると、そこに氷が鋭い刃となって突き出してくるのである。周囲の光景を楽しんでいる余裕などあるはずもない。


 部隊は本部の建物の内部に到達した。建物の中は完全に氷で覆われていた。

「……くそ、結構キツいな……」

修が呟く。この場において彼は、自分の身を守りつつも道を切り開かなければならない。長時間連続して魔法を使い続けていれば、修のような上級魔族であっても疲弊するのだ。実際、今の修に余裕などなく、呼吸も少し乱れている。

(あまり時間はかけられないな……)

賢悟はそんな彼の様子を見て思った。


 「うわァッ!」

悲鳴が上がったのは、その直後だった。氷の刃が隊員の1人の腕に突き刺さったのだ。

「列を詰めろ!」

賢悟が叫ぶ。しかしほぼ同時に、その隊員のところから隊列は氷壁によって分断された。

「落ち着けっ!一旦そっちで固まれ……」

しかし後方の隊員たちはパニックに陥っていた。

「隊長ッ……!」

隊列を乱した彼らは、あっという間に氷の刃に切り刻まれて氷漬けになった。

「……くそっ!」

「隊長、こっちも……!」

賢悟の側にいる隊員が言う。

「とにかく落ち着けっ!一旦全員固まれ!修、お前もだ!」

いつになく険しい表情で賢悟は怒鳴る。隊員たちは一旦歩みを止めて互いに身を寄せた。派手ではないが非常に危険な戦いである。


 彼らが目的の地下室に辿り着く頃には、隊員のほとんどが負傷していた。

「……ここだ」

扉の前で賢悟が言う。

「由美香っ!」

修がその扉を吹き飛ばして叫んだ。

「修……!?」

由美香は壁にもたれ掛かって座っていた。氷壁ごしに見えるその目には絶望の色があった。

「おい、お前起きてるならこの魔法止められねえのかっ!?」

修は問う。

「……ダメなの」

由美香は俯いた。

「全然私の言うこときかないっ……!」

「まあ、簡単に止められるようなら、こんな事態にはなっていないだろうしな」

隊員たちに固まって待機するように指示してから、賢悟が言う。

「その為の啝民城だ」

「何か策があるんですか……?」

由美香が訊いた。

「なければ来ない」

賢悟はそう答えて、その「策」の内容を説明した。

「そうですか……」

由美香は、さすがに不安そうな様子を見せる。

「でもそれしかないですもんね……。分かりました。お願いします」

「よし。それじゃあ北原、頼んだぞ」

賢悟は降り返って信治に言った。

「はい!」

信治が渚と前に進み出る。

「じゃあ由美香、後ろ向いて」

「はい」

由美香は素直に背を向けた。その周囲には氷壁が立ちはだかっている。

「……よし」

信治は人工魔法を纏った剣で、その壁を崩した。


 その瞬間だった。

「!?」

凄まじい勢いで辺りの氷壁が刃となって暴れ始めた。

「信治ッ!」

奏は目の前に迫る刃を破壊しながら叫ぶ。まるで水のようにうねる氷壁は、部隊の隊列を崩そうとする。隊列から離れていた信治と渚の姿は見えなくなった。

「離れるな!集まれッ!」

賢悟が、信治を追おうとする奏の腕を掴みながら叫ぶ。


 「信治さんっ!」

由美香が信治を振り返る。

「後ろ向いててッ!」

信治はそう叫んで、人工魔法を頼りに、強引に由美香の側に寄った。しかしその身体は急速に凍りついていく。

「……ぐ!」

凍傷に耐えながら、信治は由美香の首を見る。渚の時を思い出しながら、正確な位置を見極める。……が、そこにさらに氷の刃が飛んできた。

(……!)

しかしその刃は、鋼の壁によって阻まれる。

「早くしてくださいよー、寒いから」

信治にぴったりと身を寄せて、渚が言った。

「ああ……ごめん」

「いいですよー。信治さんは前だけ見ててくださいよ。周りは私が何とかしますから」

「うん……」

渚が無理をしていることが、信治には分かった。高温には強いが低温には弱い彼女の鋼の盾は、氷の刃を受けて徐々にひびが入ってきているのだ。


 時間はない。信治は由美香を睨み付けるように観察し、その正確な位置をできるだけ早く見極めようとする。

(……ここだ!)

彼は素早く彼女の首の後ろにペンで小さな点を打った。

「あっ、印つきましたね」

渚が言った。

「頼む」

「はい、任せて……」

しかしその瞬間、鋼の盾が砕ける。

「渚っ……!」

信治は渚を庇うように覆いかぶさった。

「……」

が、当の渚は全く気にしていないようで、その氷の刃が飛び交う中、ただ由美香を見つめる。その表情は真剣そのものだった。そして、

「!」

何かが勢いよく由美香に向かって放たれた、と次の瞬間、由美香が倒れ、魔法の勢いが弱まった。

「由美香っ!」

修が素早く彼女の元に駆け寄る。

「……」

由美香はうつ伏せに倒れたまま、反応を示さない。

「由美香っ、由美香っ!」

修が彼女を抱き起こす。

「おい!渚てめえッ!」

「私は失敗してませんよ」

渚は不愉快そうに言い返した。

「ってことは俺が……!?」

信治はがっくりと肩を落とす。

「……う、ん……?修……」

その時、由美香が意識を取り戻した。

「由美香……!」

修の声が柔らかくなる。

「魔法のコントロールはどうだ?」

賢悟が訊いた。

「まだ動きがあるんだが」

「あっ……!いや、大丈夫です。管制が私に戻ってきてます!」

「じゃ成功したってこと……!?」

徐々に動きが鈍くなっていく氷塊を見つめながら、奏が呟く。

「最後まで気を抜くな!魔法はまだ完全には停止してないんだからな!」

賢悟が隊員たちを叱咤した。


 この途轍もなくスケールの大きな魔法が完全に解けたのは、それからおよそ1時間後のことだった。

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