16,約束
「呼んできました」
奏に続いて、会議の場に現れたのは誠だ。ここでも医者としての実力を買われて、医療班の隊長に頼まれたのである。
「……へえ」
彼は自動反応システムに関する情報を、感心した様子で閲覧する。
「これは凄い機械ですね」
「我々はこれを脳を傷つけずに破壊したいのです。どのようにするのが脳にとって安全だと考えますか?」
賢悟が訊いた。
「針で突けばいいんじゃないですか?」
誠は軽い口調でそう答える。
「は!?……おい、本当にそれで大丈夫なのか!?」
修が驚いた様子で訊き返した。
「ぶっちゃけ、そんなこと分かりませんよ」
誠は肩をすくめる。
「手術室ならともかく、戦場でそれをしようってんでしょう?麻酔なんか打ってる暇ないでしょうし、頭切り開けなきゃ、細い針とかで突くくらいしかないでしょうって言ってるんです」
「……」
修は黙り込む。
「もちろん、針を打つ正確な位置を指導することはできます。ただ、上手くいくかどうかについては、断言しかねます」
「なるほど……。まあ、他に手もないし、そのやり方を採用するとして、誰がそれを実行するかだな……」
賢悟が腕を組んでそう言う。
「氷の魔法攻撃をかわしながら、千住院由美香の自動反応システムだけを破壊できる器用な人間……」
「あ、あのっ……」
奏が声を上げた。
「人間じゃないですけど……、候補があります」
「魔族か?」
賢悟は彼女に問う。
「ええ、まあ」
奏は頷いた。
◆ ◆ ◆
その「候補」に当たる魔族は、医療班のテントの中にいた。
「君は、魔法支配能力が非常に高いそうだね」
賢悟が言う。
「しかしその魔族……啝民城渚は、反応を示さない。
「器用も知っているだろう?自動反応システム。それを、君が魔法で作り出した針で突いて壊す。脳を傷つけずにだ。できそうか?」
「……」
渚はやはり黙っている。
「話にならん」
賢悟の後ろで、軍人の1人が言った。
「だいたい、こんな小娘にそんな大役を……」
突然、その軍人の手を、小さな刃が貫いた。
「うわァッ……!」
「こんな感じですかあ?」
渚が冷ややかな笑みを浮かべて言う。しかしその表情は、半ば自暴自棄になっているようにも見えた。
「こいつッ……!」
「やめろ」
渚に斬りかかろうとするその軍人を賢悟が止める。
「今はこの子が鍵かもしれないんだ」
「ぐ……!」
「あなたの力が必要なの」
今度は奏が言う。
「……」
しかし渚は、再び口を閉ざした。
「……どう?」
そこに信治が入ってきた。
「ダメ」
奏は首を横に振る。
「そもそも会話が成り立たない」
「嫌なの?」
信治が問うと渚は頷いて、
「この人たちの中には、お父さんを殺した人もいるんでしょう?そんな人たちの為に、何で私が戦わなきゃならないんですか」
「なるほど……道理だな」
信治は納得せざるを得ない。
「……っていうか、何で信治とは普通に会話してんの?」
奏が問う。
「……」
しかし渚は、またしても答えずにそっぽを向いた。
「何で?」
そこで信治が問うと彼女は、
「あなたが私を見捨てなかったからです」
と答えた。
「ああっ、面倒臭い!」
奏は頭を抱える。
「……あ、そうだ」
不意に渚が手を打ち合わせた。
「私、やってもいいですよ」
「えっ!?」
奏たちは驚く。
「ただし、」
渚は人差し指を立てて言った。
「この件が済んだら、信治さんは私と一緒に暮らしてください」
「は……?」
信治は怪訝そうに渚を見る。
「どういうこと?」
「あなた言いましたよね?好きなこと、これから見つけたらいいって」
「ああ……言ったけど」
「私、探しますよ。でも今はまだ、どうやって生きていったらいいのか、全然分かりません。だからそれまで、信治さんは私のお父さんの代わりになってくださいっていうことです」
渚は、自分の言ったことに自分で納得するように何回か頷きながら言った。
「うーん、なるほどね……」
信治は腕を組んで考え込む。
「えっ!?ちょっ!ちょっと待ってよ!」
奏が慌てて会話に割って入ってきた。
「そっ、そんなわけ分かんない……」
「わけ分かんなくはないでしょう」
渚はきょとんとした様子で、奏を見る。
「でもっ、何年かかるかも分かんないし……!」
「しかし、どの道その子を1人で野放しにしておくわけにはいかないからな……。その子が一緒にいたいって言うなら、一石二鳥じゃないか?」
今度は賢悟が言った。
「でもっ……でも」
奏は口を尖らせる。
「大丈夫だよ、奏」
信治が笑って言った。
「この子だって、指示されなきゃ、無闇に人殺すことはないって」
「……はぁ」
奏は溜息をつく。
「えっ、何、どうしたの?」
そう訊いてくる信治に奏は、
「馬鹿っ、勝手にしろっ!」
と怒鳴るしかなかった。
「んー、今の流れからすると、条件呑むんですね?」
渚が少し焦ったそうに訊いた。
「ああ、呑むよ」
信治は頷く。
「よし、それじゃあ、頼むぞ」
賢悟が言った。