13,選択
「凄いな…」
通路はあちこち黒く焼け焦げている。
「ところ構わず焼き払ったんだね」
奏が落ち着いた口調で言う。
「でもそんなやり方が通用するのも最初のうちだけ……」
彼女が言いかけた、ちょうどその時、通路の先で大きな金属音が鳴り響いた。
「……やっぱり」
そこでは、修と政府軍人たちとが戦っていた。修は炎を起こしているが、軍人たちはかたまって人工魔法を使っており、彼の炎はその人工魔法の壁に阻まれている。
「行こう」
言うが早いか、奏は抜刀した。
「うわッ……!」
彼女の攻撃は敵の陣形を大きく乱した。
「いけるっ……!」
そこで修が魔法を発動する。炎は人工魔法の合間を縫って軍人たちを包み込んだ。
「よしっ!」
完全に陣形が崩れてしまった軍人たちに信治も攻撃をかけ、3人はこれを突破した。
「……」
修は何も言わなかった。奏と信治もまた、何も言わなかった。3人はただ、ひたすら走る。
「……ここか」
さらに数度の戦闘をくぐり抜けた3人は、最奥の部屋にたどり着いた。修がその戸を開く。
「来たか」
そこには、政府軍のリーダーである西澤義忠の姿があった。
「総帥、ここまでです」
奏が言う。
「降伏してください」
「降伏?」
義忠は不気味な笑みを浮かべた。
「面白いことを言うね、君」
「な……」
「由美香はどこだ」
今度は修が問う。
「うん?由美香?……ああ、この子のことかな?」
義忠は手に持っていたリモコンのボタンを押す。すると、彼の背後にあるモニターに何処かの部屋の様子が映し出された。
「!」
そこには、うつ伏せに倒れている由美香がいた。
「てめえっ、由美香に何をッ!」
修が叫ぶ。
「死んではいないさ」
義忠は邪悪に笑って言った。
「このッ……!」
「まあそう急くな」
自分に襲いかかろうとする修を右手を挙げて義忠は制する。
「私を殺すかは、私の話を聞いてからにした方がいいんじゃないかな?」
「どういうことです?」
奏が問う。
「……君らは、この子が『特別』であることを知っているかい?」
義忠は由美香を視線で示しながら、奏たちにそう訊いた。
「特別……?」
信治は首を傾げる。
「……明憲もそんなこと言ってたな。『イレギュラー』だとか、なんとか」
修が呟いた。
「そう、彼女はイレギュラーだ」
義忠は目を輝かせて言う。
「何がです?」
奏が再び問う。
「彼女は究極の『準上級魔族』なんだよ」
「は……?」
「まさか……!」
怪訝そうにする奏とは反対に、修が驚いた様子を見せる。
「そうだ!彼女は莫大な魔力を持っている。だが支配能力は下級魔族程度。つまり、下手に全力を出したりすれば……」
「魔法が暴走する……!」
修が苦い顔で呟いた。
「くそ、何で話してくれなかったんだ……!」
(……そうか)
この会話を聞いて、信治もピンときた。由美香と共に戦った何回かの戦闘。その中で彼女は時折、苦しそうな様子を見せていた。その時彼女は、『魔力が不足していた』のではなく、『多過ぎる魔力を制御するのに必死だった』のだ。
(そうだとすれば、総帥がしようとしていることは……!)
「彼女には、自動反応システムを取り付けさせてもらった」
義忠が続ける。
「とは言っても、『鋼』に付けたものとは少し違う。発動条件は『攻撃を受けそうになった時』ではなく……」
義忠は手に持ったリモコンを掲げた。
「『このボタンを押した時』だ。押したら最後、彼女は死ぬまで魔法を使い続ける。……尤も、彼女が死ぬ前にこの国が氷漬けになると私は思うがね」
「なっ……!?」
3人は固まる。
「さあ、好きな方を選びなさい」
義忠は不敵に笑う。
「国を滅ぼして英雄になるか、国を守って私の従者になるか……」
(どうする……!?)
信治は考える。
(総帥がボタンを押す前にリモコンを奪えればそれが一番いいけど……、それは厳しい……!)
義忠の指は、もうボタンにかかっている。どんなに素速く動いたとしても、義忠がボタンを押すスピードには敵わないだろう。
(何か……、何かいい手は……!)
その時、部屋の扉が再び開かれた。
「将太……!?」
奏が声を上げる。
「……総帥、あんたが言ったんだろ?議会の衛兵に志願する奴には力をくれるって。そうすれば強くなれるって……!」
左腕を失った将太は言った。
「……そうだ」
義忠は静かに言葉を返す。
「嘘じゃねえかよッ!俺はっ……、俺は何も変われなかった……!」
将太は叫んだ。
「ならばそれは、君にその素質がなかったんじゃないかね?」
義忠の言葉は冷たかった。
「……ッ!」
次の瞬間、将太は義忠に向かって剣を振り上げた。
「待っ……!」
信治が動いた時には既に、将太の剣が義忠の肩に食い込んでいた。そして同時に、義忠によってボタンが押される。
「何しやがるッ!」
修が将太の胸倉を掴んで怒鳴った。
「うるせえッ!俺はこいつが許せねえんだよ!」
将太も大声で言い返す。
「てめえの話なんか知るかよ!てめえ、自分が何したか……」
『あっ、あァァッ……!』
突然、モニターに映る由美香が苦しみだした。と同時に、彼女の周囲が急速に凍り付いていく。
「由美香ッ!」
「良かったじゃないか……。優柔不断な君たちに代わって彼が選択してくれて……」
義忠が荒い呼吸をしながら言う。
「まあ私としては、交渉に持ち込みたかったんだが、拒絶されてしまったのなら仕方ない……。文字通りこの国は『氷河期』に入るだろう……」
しかしその表情は、何故か安らかだった。
「くそっ、ふざけ……!」
不意に、建物全体が揺れた。
「ヤバい……!」
信治は焦りを隠せない。
「由美香っ……!」
修は再びモニターに目を向けるが、その時には映像は消えていた。