12,父と娘
「梓……、梓!」
瑞紀が呼びかける。
「大丈夫……、大丈夫だよ……」
梓は仰向けに倒れたまま答える。しかしその声に力はなく、顔色もよくない。
「大丈夫だよな……?」
啓太が訊く。
「心臓は傷ついてないと思う。傷の処置は簡単にだけどした。あとは魔力の方だけど……、現時点で意識もあるし、落ち着くまで魔法使わずに安静にしてれば……」
瑞紀は半ば自分を納得させるように、ゆっくりとそう言った。
「そっか……、そうだよな……」
啓太は少し安心したようにほっと息を吐く。
「梓はもう無茶すん……」
不意に、何かが啓太の頬を掠めて壁に突き刺さった。
「……嘘だろ……!」
啓太は頬を流れる血を気にすることもなく、青ざめた様子でそれが飛んできた方に目を向ける。
「私は、最強なんだっ……!」
渚だった。彼女は鬼のような形相で啓太たちを睨む。
「くそっ、何とか……ぐッ……!」
立ち上がって剣を構えようとした啓太は、全身に強い痛みを覚える。
(俺と瑞紀も、厳しいか……!)
2人の体も、先ほどまでの戦闘でひどく傷ついていた。
「いやでも、あの子だって相当消耗してるはず……」
瑞紀が言う。しかしほぼ同時に、渚の周りで鋼の柱が立ち上がる。
「ダメだ……!」
「死ねェッ……!」
渚はその柱をうねらせて啓太たちに向かって放った。
「来るッ!」
啓太が叫ぶ。3人は間一髪のところでその攻撃を横に跳んでかわした。
「逃げるなァ!」
しかしその柱からさらに刃が突き出される。
「よッ、よけッ……!」
叫びかけた啓太は、その1つを右腕に受けた。細い鋼の刃は、啓太の右腕を壁に釘付けにする。
「啓太ッ!」
瑞紀が叫ぶ。
「逃げろッ!全員やられちまうッ!」
啓太は左手で瑞紀の肩を押す。
「これで終わ……うッ……!」
渚は言いかけて咳き込む。実際のところ渚も、瑞紀の推測通り消耗しているのである。
「逃げろっ、早くッ!」
啓太がもう1度叫ぶ。
「でも」
「早くッ!」
「……私が……!」
梓がその手の中に火の玉を作り出そうとする。
「ダメッ!それ以上魔法使ったら……!」
瑞紀がそれを止める。しかしその間に渚は落ち着きを取り戻した。
「はぁ、はぁ……。殺す……、殺してやるっ……!」
渚は再び鋼の刃を作り出す。
「……っ!」
瑞紀は剣を構えた。
……と、突然、凄まじい勢いの炎が、渚を襲う。
「誰だッ!」
渚が噛み付かんばかりに叫ぶ。自動反応システムによって、彼女が直に炎を浴びることはなかった。
「……やっぱりお前だったのか、『鋼』ってのは」
修が広間に入ってきて言う。
「由実香はどこだ」
「何だよっ……!」
渚は修を睨み付けた。
「そんなこと知るかッ!」
渚は修に向かって刃を放った。
「そうか」
その刃をかわして、修は言う。
「それならお前に用はねえ」
次の瞬間、大きな炎が渚を包んだ。渚は鋼のドームを作って身を守るが、修は彼女に素速く近づくとドームに剣を振り下ろした。
「ッ!」
鋼のドームには罅が入る。
「とっととくたばれッ!」
修はさらに連続してそのドームに斬撃を叩き込む。炎を纏わせた剣は、ドームに確実にダメージを与えていく。
「うるさいっ!くたばるのはお前の方だッ!」
渚はそう返すが、彼女の魔力は既に限界近い。
「違う、退場すんのはお前の方だッ!父親に倣ってとっととくたばれッ!」
「え……!?」
攻撃に耐えきれなくなったドームが砕け、渚はその破片とともに壁に叩き付けられた。
「えっ……、え……!?」
しかし渚は先ほどまでとは打って変わって、困惑した様子で修を見る。
「お……父さんが……死んだ……!?」
「ああ。啝民城明憲は死んだ。俺と総一郎が殺した」
修は冷酷に語る。
「お……父、さんが……!?」
渚の目が大きく見開かれる。そして次の瞬間、
「お父さんっ!」
渚は大声で泣き出した。
「な……」
修は少々拍子抜けした様子で彼女を見る。
(おいおい……、これが最強の魔族かよ……!?鋼の魔法使えても心の方は滅茶苦茶脆いじゃねえか……)
修は呆れ顔でしばらく彼女を見ていたが、
「くそっ、面倒だ……!」
舌打ちしてそのまま建物の奧へと走っていった。
「……助かった、のか……?」
啓太が呆然とした様子で呟く。魔法は解けたので、体の自由は利くようになっている。
「みんな、大丈夫!?」
そこに信冶と奏がやってきた。
「信冶。……正直、ボロボロだよ」
啓太は苦笑する。
「……あの子と、戦ってたの……?」
信冶は怪訝そうに問う。渚は相変わらず、大泣きしているのである。
「ああ、そうだよ」
啓太は頷いた。
「信冶、行こう」
奏が言う。
「うん……」
信冶はしばらく号泣する少女を見ていたが、啓太たちの方を振り返って、
「なんとかなりそう?」
と訊いた。
「ああ、大丈夫だ。行ってきてくれ」
啓太はそう答えた。
「……分かった」
信冶はその返事を聞いて、奏と共に奧へと走り出した。




