9,弱点
「くそ、どうする……!?」
啓太たちめがけて、鋼の刃が降り注ぐ。彼らはその攻撃をかわすだけで精一杯の状態であった。
「あーあ、拍子抜け」
渚はつまらなそうに言う。
「つまんないし……、早く死んじゃえばいいのに」
「……」
瑞紀は黙ってただ攻撃をかわし続ける。しかし頭の中はパニックに陥っていた。
(どうする……!?鋼相手に梓の炎じゃ、全力を投じてやっと効果あるかどうかだろうし、人工魔法も効かない……!)
エトニアで戦った時にはフィールドが広く、由実香もいた。だから惜しいところまでいけた。しかし今回はその時よりも条件が悪い。第一、前の戦いにおいても勝てたわけではないのだ。
(何か……、何かいい手はっ……!)
瑞紀は考える。しかし、考えることに集中しすぎた。
「……ッ!」
気が付くと、1本の刃が彼女の目前まで迫っていた。
(しまっ……!)
防御は間に合わない。
「危ねッ!」
と、そこに啓太が飛び込んできた。間一髪のところで、刃は啓太の剣に弾かれる。
(あれ……!?)
瑞紀の視線は、その刃に向く。刃には、ひびが入っていた。
「危ねえぞ、瑞紀……」
「啓太今何したのッ!?」
「は……!?」
凄まじい形相で詰め寄る瑞紀に、啓太は怯む。
「いや、普通に……」
「普通……、人工魔法使ってたの!?」
「ああ……」
(人工魔法が効いた……!?何で)
瑞紀は再び考える。しかしそこに再び刃の雨が降り注ぐ。
「……そうか、効かないわけじゃないんだ……!」
攻撃をかわしながら瑞紀は呟く。
「どういうこと?」
側にいた梓が問う。
「あの子の魔法物質、全部が改造されてるわけじゃない……。『穴』があるんだよ」
瑞紀は渚に聞こえないように小声で答える。
「『穴』?」
「人工魔法が効く部分もあるってこと。そして……」
瑞紀は飛んでくる鋼の刃を弾く。刃は傷つかない。
「どの程度かは分からないけど、攻撃に使われている魔法物質はほとんど改造されたもの……」
「じゃあ今あいつの周りは……」
啓太が渚を見る。
「もろい。……可能性がある」
瑞紀は頷いた。
「やってみる価値はあるか……」
「っていうかそれ以外に今のところ手ないし」
瑞紀は苦笑する。
「んー……、意外と死なないなあ……」
渚はつまらなそうに呟く。
「本気出しちゃおうかなあ……?」
と、不意に渚の攻撃をかわしていた啓太が彼女の方を向いて
「この程度かよ、しょぼいな!」
と叫んだ。
「……むかつく人だね」
渚は大して苛立った様子も見せずに言う。
「じゃあ、しょぼくなくしましょう」
渚が彼らに向かって放つ刃の数を増やした、その次の瞬間。突然瑞紀が渚に向かって走り出した。
「!」
渚は少々慌てた様子を見せる。
(大丈夫、絶対上手くいく!)
瑞紀はそう自分に言い聞かせて走る。
「瑞紀っ……!」
瑞紀がすぐに走り出せるように、彼女を渚の攻撃から守るのが梓と啓太の役目だった。
瑞紀は3人の中で最も速い。だから彼女が攻撃の役目を担うことになったのだが、梓は心配で仕方がなかった。どうしてもエトニアでの一件がフラッシュバックしてしまうのだ。しかし瑞紀は、そんな梓に大丈夫だと繰り返した。むしろ1回そういう経験をしている自分の方が、うまく対処できるのだと、そう言ってその役を買って出たのである。
「梓ッ!」
啓太が梓の手を引く。
「え」
と、彼女の身体すれすれに刃が落ちてきた。瑞紀の方に意識が集中していた梓は、それに全く気が付いていなかった。
「全くどいつもこいつも……」
啓太が苛立った様子で言う。
「お前も目の前のことに集中しろ!」
「う……、うん……!」
梓はようやく目が覚めたようで、そう返事する。
ちょうどその時、渚の元に辿り着いた瑞紀が彼女に向かって短剣を払った。
「うわっ!」
渚の周囲には、瞬時に鋼のドームが形成されるが、瑞紀の素速い斬撃はそのドームにひびを入れる。
(1度形成されてしまえば魔法物質の入れ替えはきかない!)
瑞紀はさらに連続して短剣を打ち付ける。……と、不意に鋼のドームの一部が変形し、彼女に向かって刃が突き出された。
(来たッ!)
しかしそれを予想していた瑞紀はその刃を難なくかわすと、再び連撃する。
(いけるッ……!)
とうとう耐えきれなくなったドームの一部が砕け、瑞紀の短剣が渚自身を捉えた。
「あっ……」
ドームが修復するその前に瑞紀の短剣は渚の左肩を掠める。
「もう1度っ……!」
瑞紀は再び攻撃に入ろうとするが、
「瑞紀、危ないッ!」
梓の声で周辺警戒に切り替えた。そこに、梓たちを攻撃していた刃が戻ってきて今度は瑞紀に降り注ぐ。
「ッ!」
瑞紀は一旦渚から距離をおいて梓たちと合流した。
「……」
渚は自分の左肩を見る。その部分の服は裂けており、そこから覗く肌には小さな切り傷ができていた。わずかだが出血も見られる。
「……殺す」
渚の顔から笑顔が消えた。