3,鋼
エトニア北部における、魔族の反乱軍と議会軍との戦況は、完全にひっくり返っていた。
議会には、人間の軍がついている。その軍人たちは人工魔法が使え、魔族の魔法を無効化できる。議会側は圧倒的に有利なはずであり、実際、戦闘が始まった当初は議会軍が戦場を支配していた。
しかし、1人の人間が、戦況を覆した。たった1人の人間が。
「あァァッ!」
また1人の衛兵が、その人間……、杉田総一郎に斬られる。彼に剣を向けた者は尽く彼の剣の餌食になった。それが何人であろうとも、相手が総一郎となれば1分と持たない。
(いける……!)
修は確信した。そして、自分の周りから衛兵がいなくなったタイミングを見計らって、議会の門に炎の玉を叩き付ける。頑丈な門ではあるが、今の修は完全にフリーである。彼が全力を投じれば数分ともたない。
「門が破られましたッ!」
その報告を聞いて、議員たちは震え上がる。
「ええい、人間の衛兵はどうした!明憲!」
議員たちがそちらに目を向けると……、明憲は姿を消していた。
「なッ……!?」
「……先ほど、衛兵の増援を要請すると言って出ていかれました」
彼の隣に座る議員が恐る恐る説明する。
「逃げた!奴は逃げたんだ!」
議員たちはざわめく。……と次の瞬間、部屋の扉が吹き飛んだ。
「今日も集まりでしたか。ご苦労様です」
修だった。
「もう、ここまで……!議会の中にも上級魔族の兵がいたはず……!」
「ああ、すいませんね。その人たち、もう寝てますよ」
後に続いた総一郎が言う。
「人間……!」
「それでは……、さようなら」
修は部屋に火を放った。
「うわァッ!」
「落ち着け!水だ!水の魔法を使えッ!」
数人の議員たちがすぐに消火に動く。しかしパニックに陥った者たちもおり、そういった議員たちは修たちの立つ出口に向かって殺到した。
「どけェッ!」
そして2人に向かって魔法を放つ。
「おお、やる気だなあ」
それらの魔法を避けながら、総一郎が剣を抜こうと構える。
「いや、」
しかし、修がそれを止めた。
「いらない」
議員たちは互いの魔法を互いに受けて苦しんでいた。
「……あなたが思っているほど、彼らは強くない」
目の前の上級魔族たちは、自分が助かることしか考えていない。それを、修はよく分かっていた。
「行こう」
同士討ちとも言えるような状況に陥っているその部屋の中で、修は総一郎に言った。
「一番重要な人物が、ここにはいない」
その人物は、自室で受話器を握っていた。
「どういうことだッ!議会が守れないのでは衛兵の意味がないではないか!」
『こちらも、反乱軍との戦闘がいつ起こるとも知れない状況なのだよ』
「そんなことは知らん!条約では……」
『そっちから受けた兵力の分はこっちからも送った。後は自分でなんとかしてくれ』
「なッ……!待てッ!」
通話は切られた。
「……くそッ!」
明憲は受話器を叩き付ける。
「なんだか分かりませんが、上手くいかなかったみたいですね」
修と総一郎が部屋に入る。明憲は一瞬、彼に嫌悪感たっぷりの視線を向けたが、すぐに余裕を取り戻したように笑う。
「やはり人間は狡猾だな。条約など結んでも無駄だった」
「後悔はあの世でなさってください」
修は火を放つ。しかし同時に彼に向かって刃が飛んできた。
「!」
「あの世に逝くのはお前らの方だよ」
さらに連続して刃が降り注ぐ。
「ん?」
その攻撃をかわしていた総一郎が怪訝な顔をした。
「なめんなッ!」
修がかわしながら火の玉を放つ。しかし明憲は自分の周りを壁で囲んでそれを防いだ。
「くそっ……、おい、あれ砕いてくれ!」
修は総一郎に言う。
「いや、無理」
しかし総一郎は首を横に振った。
「なんでだよ!?」
総一郎は黙って飛んできた刃の1つを剣で叩く。刃は、砕けなかった。
「なっ……!?」
「空気、かな。この部屋のは、他と違う」
「さすが、戦況をひっくり返しただけのことはあるな」
魔法を解いて、明憲が言う。その顔には、やはり余裕が見える。
「君の言う通り、この部屋には人工魔法物質を無効化する空気が、常に存在している」
「だから会議室じゃなくてここにいたのか……!」
修が苦い顔をする。
「反人工魔法物質に、金属系の魔法、ね……。あんた、名前は?」
総一郎が問う。
「啝民城明憲」
「そう……。やっぱり」
総一郎は少々呆れた様子で言う。
「やっぱりって……、何がだよ?」
訳が分からないという様子で、修が訊いた。
「いや、親子って似るもんだなあと」
「親子?」
「『鋼』を知っているのか?」
今度は明憲が問う。
「『鋼』って……。自分の娘をそんな風に呼ぶかね、普通……。ってか、親子で合ってるよな?疑っちまうよ」
「その通りだよ。あれは、生物学的に言えば私の娘だ」
明憲は頷く。
「……しかし、私にとっては『娘』というよりかは『作品』だな」
「『作品』……、全く言い得て妙だ。確かにあの子は『育てられた』っていうより『作られた』って感じだもんな」
総一郎は呆れた様子のまま話す。
「そうさ、」
明憲は不敵な笑みを浮かべる。
「あれはもともと、そういう目的で作ったんだ。生まれてすぐ、脳に強いイメージを焼き付けて、人工物である『鋼』の魔法を使えるようにした。自動反応システムも埋め込んだ。魔法物質にはここにあるような反人工魔法物質も組み込んだ。上級魔族でなかったこと以外は完璧といっていい出来だ」
「……まさしく『新兵器』だな」
「おい、ちょっと待てよ」
ここで修が割って入る。
「そんな無茶苦茶な魔族がいるってのか……!?」
「おや、君は会っていたんじゃなかったのかい?」
明憲が言った。
「は……?」
修は怪訝な顔をする。
「氷のお姫様をさらったって、怒っていただろう」
「……まさか、あいつが……!?」
修の頭の中に、そのシーンが蘇る。
由実香を奪い返しにきた男……、信冶、だったか……、彼と戦っていたその途中で聞こえた悲鳴。修が魔法を解くと、目の前には倒れている信冶の仲間と、人形のような少女が……。
「……だから、あいつらは下級魔族相手に手間取ってたのか」
「思い出したようだね」
明憲はそう言って、
「……それじゃあ、話はこれくらいにしよう」
修たちに刃の雨を降らせた。