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悪魔-デモンズ-  作者: 北郷 信羅
第5章 ズレ
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8,喪失

 将太の剣は弾かれた。奏が2人の間に割って入ったのだ。

 奏はさらに、高速の斬撃を将太に浴びせる。しかし将太は、またも無駄のない機械的な動きでそれをことごとく受け流した。

「……確かに将太の動き、変だね。美奈が動揺したのも分かる」

奏は剣を軽く振ってから、将太に向ける。

「何をしたの?」

「奏が師の所で強くなったように、俺も力を手に入れたんだ」

将太は薄く笑みを浮かべた。

「『手に入れた』……?」

奏は彼の表現が気になった。

「『自動反応システム』とでも言えばいいかな……」

「『自動』って……。将太、自分の身体に何を……」

「頭にな、小さな機械を埋めるだけで、あらゆる方向からの攻撃に対して自動的に身体が動くんだ。すごいと思わないか?」

将太は後頭部を指で軽く叩きながら言う。

「……」

奏は唖然とした様子で、彼を見る。

「ラッキーだったんだ。俺は衛兵にかなり早い段階で志願したからさ、こういう『力』までもらえた。この機械はまだ、大量生産できるまでには至ってないから、今は手に入らないんだぜ?」

将太は得意げに話す。

「そんなの……、上にとって都合のいい実験体になったってだけじゃないですかッ……!」

美奈が痛みに耐えながら叫ぶ。

「それでもいい」

「はっ?」

将太は美奈を睨んだ。

「上の実験に利用されたって『力』が手に入るなら構わねえ。『天才』には分からねえだろうけどな!」

「そんな……、私はッ……!」

「美奈、もういい」

なおも将太に訴えかけようとする美奈を、奏は止めた。


 奏の心は冷え切っていた。将太の話を聞くほどに冷えていくその心には、今、怒りの感情がない。それどころか、悲しみ、哀れみすらもない。「感情」と呼ばれるものが、全て凍り付いてしまったかのようだった。


 「……将太、」

言葉にも、感情がこもらない。しかし奏は、その方がいいと思った。今はその方がいい。そうでなければ、今のこの状況に彼女の精神は崩壊してしまうように思われた。

「それが、将太の選んだ『道』なんでしょう?」

「……ああ」

将太が答える。

「それなら、もうそのことに関して、私は何も言わないよ」

「たっ……、隊長!?」

美奈が声を上げる。

「だって副隊長は……!」

「ただし!」

奏は叫ぶ。

「ただし……、私は絶対にその道を認めることはないよ。だから……、ここで私が斬る」

奏は抜刀の構えをとった。

「俺もそのつもりだ。お前を斬って、それで俺は軍の本部に行く」

将太も剣を構える。と、同時に奏が素速く将太に向かって斬りつける。

「無駄だ。当たらねえ」

将太はその剣を受け止める。

「……将太は、間違っちゃったね」

奏は呟く。

「言ってろ」

彼女の剣を将太は弾いた。しかし奏はすぐに体勢を立て直すと、再び将太に素速い斬撃を浴びせる。


 奏の剣は、例えるなら台風のように暴れた。風のように速い斬撃が、四方八方から将太に叩き込まれる。それくらいの勢いがあった。

 そこに迷いは感じられない。そんなものは信冶と「喧嘩」した時にもう捨てた。


 「!」

あらゆる方向から叩き付けられる刃は、将太の認識の限界を超えていた。彼を動かしているのは頭の中に埋め込まれた小さな機械のみである。

(だけど、この力さえあれば)

と次の瞬間、一撃が将太の頬を掠めた。

(え……!)

彼の中で「最強」であったはずのものが、あっさりと破られる。彼が驚いている間に、さらにもう一撃。

(機械の処理が追いつかない……!?)

将太の中に恐怖が生まれる。


 感情とは恐ろしいものだ。恐怖心は精神(うち)だけでなく肉体(そと)にも影響を与えるのである。強張った体は機械による動きをますます悪くした。


 「あァッ……!」

将太と奏が戦い始めてからたったの2分。将太の剣をはね除けた奏の剣は、彼の機械的な反射速度を超えてその左腕を捉えた。

「……!」

美奈は目の前の光景に、言葉を失う。目を背けたくても、身体が動かない。……いや、それ以前に背けたいなどと考えることすらできなかった。

 目の前には、信冶の剣を振り抜いた奏。そして、左腕を失った将太。辺りは鮮血で彩られていく。

「そんな玩具で、私に勝てるわけないでしょ?」

奏は冷たい視線を将太に向ける。

「このッ……!」

将太は部屋の窓を剣で叩き割ると、外に飛び出した。

「っ!副隊ちょ……!」

我に返った美奈が後を追おうとするが、奏がそれを止める。

「いい」

「でもっ」

「それよりも自分の怪我のことを気にして。……それから、それ」

奏が視線で示したのは、将太の左腕である。汗が浮かんでいる辺り、生々しさが感じられる。

「軍の医療機関で保存してもらって」

「え、隊長……?」

「早く」

「あ……、はい」

美奈はすぐに行動を起こした。


 彼女が部屋を出ていった後、奏は隊長の椅子に腰をおろす。

 部屋は酷い有様だった。窓は叩き割られておりガラス片が床に散っているし、壁にはまだ鮮やかな赤みを持った血の染みが広がっている。その臭いもかなりきつい。


 奏は疲れ果てた様子で、何も考えずにただ座っていた。視線をあちこち泳がせていると、机の上の写真立てに目が止まった。

 その写真は、軍に入る前に撮ったものである。前屈みになって笑う奏の後ろには、肩を組んだ信冶と将太がいる。

「あー、疲れたー……」

重い空気が嫌になって出した声は、震える。……と同時に涙がこぼれた。

「あぁ、もう……」

自分でも無理をしているのは分かっているが、他に誰もいない部屋で奏は気丈に振る舞おうとする。……誰に見栄を張っているのかも分からずに。

 奏はそうして、ただ溢れる涙を拭っていた。

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