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悪魔-デモンズ-  作者: 北郷 信羅
第5章 ズレ
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6,第3の道

 「隊長っ、隊長!」

奏が0309小隊に復帰してから1週間ほど経ったある日の朝、奏の部屋に飛び込んできたのは美奈だった。

「どうしたの?」

奏は、彼女を落ち着かせながら問う。

「副隊長が!」

「えっ、将太!?将太と連絡ついたの!?」

「はいっ、今日の夕方頃には戻るそうです!」

「無事なの……?」

「はい、怪我はないようです」

「そっか、よかった……」

奏はほっとした様子で、椅子に深く腰掛ける。

 この数日間、将太との連絡は全くつかず、彼女は眠れない毎日を送っていたのである。


 「帰ってきたら何か奢らせてやろ」

奏はそんなことを言って、美奈と2人で笑い合った。久しぶりに気持ちのよい朝だった。


◆ ◆ ◆


 そして、その夜。美奈の報告通り、将太は小隊に戻ってきた。

「お帰りなさい!」

明るく彼を迎えた美奈たちにああ、と素っ気ない返事をした将太は、すぐに奏の部屋へ向かった。


 隊長室の扉を叩くとうーん、と曖昧な返答が聞こえる。

「……入るぞ」

声をかけてから扉を開けると、机に突っ伏して眠っている奏の姿が目に入った。

「あは、眠っちゃってる。隊長、副隊長のこと心配でよく眠れなかったみたいですよ?」

彼の後について部屋に入ってきた美奈がそう言って奏を起こす。

「隊長、副隊長帰ってきましたよ」

「ううん……、え!?あっ、あっ、お帰りっ!」

奏は慌てて立ち上がる。そうとう焦ったのか、立ち上がった拍子に机に膝をぶつけて小さく悲鳴を上げた。美奈は苦笑しながら将太を見る。


 ところが、将太の表情は硬い。美奈はそれを怪訝に思う。

 彼はもともと、表情の豊かな人間ではなく、先ほどの素っ気ない返事も平生とは変わらないものだが、それでも、今のような光景ににこりともせずにいるほどクールな男でもない。


 「……将太?」

奏も将太の様子がおかしいことに気づいたようで、怪訝そうな顔をする。

「……奏。上から、軍の新しい方針が伝えられた」

将太は無表情で言う。

「新しい、方針?」

奏は小首を傾げる。

「ああ。とりあえず俺は、それをお前に伝えなきゃならない」

「え?でも何で将太経由?」

「俺はお前よりも早く、アクネに1度戻ってきてたんだ。ここに戻るつもりだった。だけど、その途中でここに向かってる軍人に会った。けっこうたくさんの部隊に通達にまわんなきゃいけないらしくてさ、隊長が今いないって分かったら、お前から伝えてくれって」

将太はそう説明した。

「あー、そういうこと……。でも、だったらなんですぐに連絡くれなかったの?」

「……」

将太は少し考えるような様子を見せたが、すぐに口を開く。

「上からの提案に乗っかろうと思ったから」

「?」

奏と美奈は顔を見合わせる。彼の言っていることの意味が理解できなかったのだ。

「軍は今、議会を守る兵を募ってるんだ」

「『議会』?」

奏は首を捻る。どこのことを指しているのか分からない。

「衛兵になれば、今よりも金が入るし、地位も上がる。この話に乗らない手はねえよ」

「いや、ちょっと待って!何、何どういうこと!?」

奏は先走る将太を止める。

「『議会』ってどこのこと!?……いや、それよりもまず、軍の新しい方針っていうのを教えてよ!」

将太は先走っていた自分に気が付いたようで、一呼吸おいてから再び話し始める。

「軍の新しい方針ってのは、魔族との協調だよ」

「協調!?」

奏と美奈が同時に声をあげる。

「ああ。……もちろん、人間側(こっち)にも利はある。魔法に関する研究への協力が得られるし、軍の資金も潤沢になる」

「魔族側が和解しようって言ってきたんだね」

奏は肩をすくめる。

「人間の研究には協力する。金も出す。だから命は助けてくれってことでしょ?……今まで人間(わたしたち)を支配してきたくせに……!」

「……」

将太は憤る奏を、なぜか冷めた様子で見る。そんな彼に美奈は違和感を覚えたが口には出さない。

「あれ?でも、さっきの将太の話とは繋がらないような……」

奏は再び首を捻る。

「繋がるよ。『議会』っていうのは、魔族の中のリーダーたちが集まっている所のこと。俺らでそこの安全を確保するんだ」

「え、でも……、何から?人間(わたしたち)以外に誰が魔族を攻撃するっていうの?」

「魔族だ」

将太は短く答える。

「えっ?」

奏は怪訝な顔をする。

「意味が分からないんだけど……」

「下の魔族から、そのリーダーたちを守るんだ。今回の話に、下の魔族はおそらく反発する。なんせ、安全なのは上の魔族だけで、下の魔族は実験材料にされるかもしれねえんだから。だけど上の魔族は、それを力で押さえようって考えてんだよ」

「何それ」

奏は呆れた様子で言う。

「さすがに下の魔族に同情するね。そいつら、自分たちさえよければ、それ以外はどうでもいいんだ。最っ低……!」

「いや、そういうもんだろ」

「え」

将太の言葉に、奏はぎょっとして彼を見る。

「この世をうまく渡っていくのに必要なのは『いかに他を欺いて己を満たすか』だと俺は思うね」

「な……に言ってんの……!?」

奏は背筋に寒気を感じて、将太から1歩退く。と同時に、奏は自分の失敗に気づいた。


 ――将太(あいつ)は時々、ひどく不安定になる時があるからな……――

正史の言葉が頭の中に響く。その意味を、奏はよく分かっていたはずだったのだ。


 多くの人間は、心の中に不変な「柱」を持っている。「意地」や「信念」といったものだ。例えば奏にとってのそれは人間の世界を守りたいという想いだし、信冶の場合は、2つの種族が啀み合うこの世界を変えたいという想いだろう。

 しかし、将太は違う。彼に「不変」は存在しない。熱しやすく、冷めやすい……。だから、周りの影響を受けて良い方向にも悪い方向にも傾く。それを正史は「不安定」と表現したのだ。


 (私は分かってたはずなのに……!)

それなのに、彼を1人で行かせてしまった。その結果、彼は第3の道に出会い、大きく傾いだ。


 「……将太、その話……、掃討軍にとっての本当のメリットって何?」

奏は、自分でも驚くほど冷静に訊いた。その答えが、自分と彼とを引き離すものであろうことは、よく分かっているはずなのに――。

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