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悪魔-デモンズ-  作者: 北郷 信羅
第5章 ズレ
34/58

5,協調

 「ただいま」

「お帰りなさい!」

しばらくぶりに小隊に戻ってきた奏を、美奈をはじめとする隊員たちが迎える。

「ごめんね、迷惑かけちゃって……」

奏は彼女たちに頭を下げる。

「いえっ、そんな……。って、あれ、」

激しく首を横に振っていた美奈は、そこで気づく。

「そういえば、髪切ったんですね!あれっ、小隊長の階級章どうしたんですか!?」

「あー、それは、ね……」


 奏は彼女たちと別れてからのことを説明した。

 信冶たちと再び戦ったが、負けてしまったこと。強くなるために師匠の元で修行したこと。髪を切った理由。階級章を将太に預けたこと。自分が迷っていたこと。自分の選んだ道。


 一通りのことを話し終えると、今度は奏が美奈に問う。

「……それで、やっぱりまだ将太からは連絡ない?」

「はい……」

美奈は頷く。

「そっか……。私も何度か電話してるんだけど……、ダメ」


 ウェルドでの信冶たちとの戦いの後、修行のために正史の元へ向かう奏と別れた将太は、1008小隊の一部の隊員たちと共に信冶を追っていった。しかしそれ以降、彼からの連絡は途絶えている。


 「その……、1008小隊の誰かとは、連絡取れないんですか?」

「……1008小隊には、ここに帰ってくる途中で寄ってきたんだけど……、その人たちはもう戻ってきてた」

つまり、将太一人が行方をくらましている状況なのである。

「……」

2人は黙り込む。

 将太に一体、何があったのか。嫌な予感ばかりが2人の頭をよぎる。

(将太……、無事でいてよ……!)

今、奏ただ、祈るしかない。


◆ ◆ ◆


 「どういうことですかッ!」

議会の席で、修は叫ぶ。

「あんたらは手出ししないって話だったはずだ!」

議長は困惑した様子で、彼を見る。

「……俺は見ましたよ。あれは確かに魔族だった。誰かが動かしたということでしょう!?」

「鏑之宮君、落ち着きなさい」

議長は修をなだめる。

「それだけならまだしも、そいつらは由実香をさらった!どういうつもりだッ!?由実香はどこだッ!」

「落ち着きなさい」

議長は繰り返し、そして他の魔族たちを見回す。

「確かに、私たちは約束した。それは、議会の決定という意味だったはずだ。それなのに、このような……、議員の足並みが揃わないのでは、困る。違反したのは誰だ?名乗り出なさい」

議会がざわめく。


 「私です」

意外にも、犯人はすぐに名乗り出た。

「……お前は、啝民城明憲(わたみしろあきのり)だな?」

「はい」

中年くらいの男……明憲は、余裕のある様子で答える。

「どうして由実香をさらった!?あいつは今どこに……」

「仕方がなかったのだ」

修の声を遮って、明憲は言った。

「仕方なかった?」

「私は、皆さんに提案したいことがございます!」

彼は急に大きな声で議員たちに向かって言う。

「おい!俺の質問にはまだ答えてねえぞッ!」

「……君の質問の答えにもなる」

明憲は冷ややかな視線を修に送ってから、議員たちの方に向き直る。

「……話を聞こう」

議長が言う。

「はい。……実は、私はこれまで、人間……、魔族掃討軍と交渉をしてきました」

「な……!?」

修は言葉を失う。


 周りの魔族たちも動揺しているようで、落ち着きなく側にいる議員たちと囁き合っている。明憲が人間側のスパイとして動いていたとすれば、議会の位置やその役割といった情報はもちろん、議員1人1人の情報も漏れた可能性がある。彼らは何よりも、自分の身に危険が起こることを恐れているのだ。


 「静かに」

ざわめく議員たちを諫めてから、議長は明憲に問う。

「何故、そのようなことをした?」

「もちろん、私もこの議会を守りたいと思っております。ですから、議会の情報をいくらで売るとか、そういう交渉をしていたわけではありません。そうではなく、議会と掃討軍との協調の道を探っていたのです」

「協調……?」

議長は目を細める。

「そんなこと、できるわけねえ」

修ははっきりと断言する。

「奴らの目的は魔族の殲滅……」

「私が、この場で失敗談をするとでも思うのか?」

明憲は不敵な笑みを浮かべる。

「と、いうことは、上手くいったと言うのか……?」

議長が問う。

「ベストではないかもしれませんが……、我々の安全、プラス、彼らの技術は手に入れられます」

「まさか!」

議会が再びざわめく。

「本当です」

明憲はにこやかに言う。

「……だが、タダでってわけじゃねえだろ?」

修がじれったそうに言う。彼としては、それよりも早く由実香の居場所を聞きたい。

「……ええ、まあ」

明憲の答えに、議会は静まり返る。誰もが、彼の話す「条件」を聞き漏らすまいとしているのだ。

「条件は、2つ。原則彼らへの攻撃をしないことと、魔法に関する研究に協力することです」

「ふうむ……」

議員たちは、それぞれに思案を巡らす。

「しかしその……、『協力』とは……?」

議長が問う。

「ああ、それはですね……」


 明憲はそこで、しばし間をおいた。どう話したものか、思索しているようであった。


 やがて、彼は口を開く。

「簡単です。ただ向こうの要請に応じて、魔族を派遣すればいいのです」

「なるほど……。しかし、さすがにそんな話に下の魔族たちが従うとは思えない……」

「それどころか、反乱を起こすかもしれんぞ……」

議会からは否定的な意見があがる。

「いえ、その点は問題ありません」

明憲は断言する。

「上級魔族の恐ろしさはよく分かっているはずですし……、たとえ反乱が起こるようなことがあっても、掃討軍から軍人を受け入れることになっていますから、議会は安全です」


 修はここで、議会に不穏な空気が流れ始めたことに気づく。

「ふうむ……。掃討軍の軍人をここの守りにつかせれば、議会の安全は保障される、か……」

議長が唸る。

「この話に乗れば、魔族の滅亡という最悪の事態は回避できます」

「まてッ!」

修が叫ぶ。

「それじゃあ、下の魔族たちはどうなるッ!?」

「だから、仕方がないことだ」

明憲は無表情で答える。

「なッ……!」

修は唖然とする。と、同時に、彼が先ほども同じ言い方をしたことを思い出す。

「仕方がないって……、まさか、由実香も人間に売り渡したってのか!?」

「『売り渡した』とは言い方が悪いな。彼女には、向こうで少し研究に協力してもらうだけだよ。……彼女はちょっとイレギュラーだしね」

「てめえッ……!」

修は、余裕の笑みを浮かべながら話す明憲を睨み付ける。

「まあ、落ち着きなさい」

議長がそんな修を諫める。

「あくまで『研究への協力』だ。殺されることはないだろう」

「そんな、『だろう』って……!」

修は議会が傾いてきていることに寒気を覚える。

「皆はどう思う?」

議長は周りを見回す。自分からそれを口に出すのは憚られるのだろう。


 議会はざわめく。しかしそのざわめきの中に修が聞き取ったのは、「魔族が生き残る唯一の手段」だの「人間との協調は将来的に大きな意味を持つ」だのと、もっともらしい言い訳だけだった。修の中でそれらの言葉の持つ意味は1つ。「自分たちだけは助かりたい」だ。


 「……よし。議会では、啝民城明憲の案を採用することとする」

議長がそう告げるのを聞いて、修は席を立つ。

「どこへ行く?」

不敵な笑みを浮かべて、明憲が問う。

「……ここじゃなけりゃ、どこでもいい」

修は吐き捨てるようにそう言って、議会を出た。

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