5,協調
「ただいま」
「お帰りなさい!」
しばらくぶりに小隊に戻ってきた奏を、美奈をはじめとする隊員たちが迎える。
「ごめんね、迷惑かけちゃって……」
奏は彼女たちに頭を下げる。
「いえっ、そんな……。って、あれ、」
激しく首を横に振っていた美奈は、そこで気づく。
「そういえば、髪切ったんですね!あれっ、小隊長の階級章どうしたんですか!?」
「あー、それは、ね……」
奏は彼女たちと別れてからのことを説明した。
信冶たちと再び戦ったが、負けてしまったこと。強くなるために師匠の元で修行したこと。髪を切った理由。階級章を将太に預けたこと。自分が迷っていたこと。自分の選んだ道。
一通りのことを話し終えると、今度は奏が美奈に問う。
「……それで、やっぱりまだ将太からは連絡ない?」
「はい……」
美奈は頷く。
「そっか……。私も何度か電話してるんだけど……、ダメ」
ウェルドでの信冶たちとの戦いの後、修行のために正史の元へ向かう奏と別れた将太は、1008小隊の一部の隊員たちと共に信冶を追っていった。しかしそれ以降、彼からの連絡は途絶えている。
「その……、1008小隊の誰かとは、連絡取れないんですか?」
「……1008小隊には、ここに帰ってくる途中で寄ってきたんだけど……、その人たちはもう戻ってきてた」
つまり、将太一人が行方をくらましている状況なのである。
「……」
2人は黙り込む。
将太に一体、何があったのか。嫌な予感ばかりが2人の頭をよぎる。
(将太……、無事でいてよ……!)
今、奏ただ、祈るしかない。
◆ ◆ ◆
「どういうことですかッ!」
議会の席で、修は叫ぶ。
「あんたらは手出ししないって話だったはずだ!」
議長は困惑した様子で、彼を見る。
「……俺は見ましたよ。あれは確かに魔族だった。誰かが動かしたということでしょう!?」
「鏑之宮君、落ち着きなさい」
議長は修をなだめる。
「それだけならまだしも、そいつらは由実香をさらった!どういうつもりだッ!?由実香はどこだッ!」
「落ち着きなさい」
議長は繰り返し、そして他の魔族たちを見回す。
「確かに、私たちは約束した。それは、議会の決定という意味だったはずだ。それなのに、このような……、議員の足並みが揃わないのでは、困る。違反したのは誰だ?名乗り出なさい」
議会がざわめく。
「私です」
意外にも、犯人はすぐに名乗り出た。
「……お前は、啝民城明憲だな?」
「はい」
中年くらいの男……明憲は、余裕のある様子で答える。
「どうして由実香をさらった!?あいつは今どこに……」
「仕方がなかったのだ」
修の声を遮って、明憲は言った。
「仕方なかった?」
「私は、皆さんに提案したいことがございます!」
彼は急に大きな声で議員たちに向かって言う。
「おい!俺の質問にはまだ答えてねえぞッ!」
「……君の質問の答えにもなる」
明憲は冷ややかな視線を修に送ってから、議員たちの方に向き直る。
「……話を聞こう」
議長が言う。
「はい。……実は、私はこれまで、人間……、魔族掃討軍と交渉をしてきました」
「な……!?」
修は言葉を失う。
周りの魔族たちも動揺しているようで、落ち着きなく側にいる議員たちと囁き合っている。明憲が人間側のスパイとして動いていたとすれば、議会の位置やその役割といった情報はもちろん、議員1人1人の情報も漏れた可能性がある。彼らは何よりも、自分の身に危険が起こることを恐れているのだ。
「静かに」
ざわめく議員たちを諫めてから、議長は明憲に問う。
「何故、そのようなことをした?」
「もちろん、私もこの議会を守りたいと思っております。ですから、議会の情報をいくらで売るとか、そういう交渉をしていたわけではありません。そうではなく、議会と掃討軍との協調の道を探っていたのです」
「協調……?」
議長は目を細める。
「そんなこと、できるわけねえ」
修ははっきりと断言する。
「奴らの目的は魔族の殲滅……」
「私が、この場で失敗談をするとでも思うのか?」
明憲は不敵な笑みを浮かべる。
「と、いうことは、上手くいったと言うのか……?」
議長が問う。
「ベストではないかもしれませんが……、我々の安全、プラス、彼らの技術は手に入れられます」
「まさか!」
議会が再びざわめく。
「本当です」
明憲はにこやかに言う。
「……だが、タダでってわけじゃねえだろ?」
修がじれったそうに言う。彼としては、それよりも早く由実香の居場所を聞きたい。
「……ええ、まあ」
明憲の答えに、議会は静まり返る。誰もが、彼の話す「条件」を聞き漏らすまいとしているのだ。
「条件は、2つ。原則彼らへの攻撃をしないことと、魔法に関する研究に協力することです」
「ふうむ……」
議員たちは、それぞれに思案を巡らす。
「しかしその……、『協力』とは……?」
議長が問う。
「ああ、それはですね……」
明憲はそこで、しばし間をおいた。どう話したものか、思索しているようであった。
やがて、彼は口を開く。
「簡単です。ただ向こうの要請に応じて、魔族を派遣すればいいのです」
「なるほど……。しかし、さすがにそんな話に下の魔族たちが従うとは思えない……」
「それどころか、反乱を起こすかもしれんぞ……」
議会からは否定的な意見があがる。
「いえ、その点は問題ありません」
明憲は断言する。
「上級魔族の恐ろしさはよく分かっているはずですし……、たとえ反乱が起こるようなことがあっても、掃討軍から軍人を受け入れることになっていますから、議会は安全です」
修はここで、議会に不穏な空気が流れ始めたことに気づく。
「ふうむ……。掃討軍の軍人をここの守りにつかせれば、議会の安全は保障される、か……」
議長が唸る。
「この話に乗れば、魔族の滅亡という最悪の事態は回避できます」
「まてッ!」
修が叫ぶ。
「それじゃあ、下の魔族たちはどうなるッ!?」
「だから、仕方がないことだ」
明憲は無表情で答える。
「なッ……!」
修は唖然とする。と、同時に、彼が先ほども同じ言い方をしたことを思い出す。
「仕方がないって……、まさか、由実香も人間に売り渡したってのか!?」
「『売り渡した』とは言い方が悪いな。彼女には、向こうで少し研究に協力してもらうだけだよ。……彼女はちょっとイレギュラーだしね」
「てめえッ……!」
修は、余裕の笑みを浮かべながら話す明憲を睨み付ける。
「まあ、落ち着きなさい」
議長がそんな修を諫める。
「あくまで『研究への協力』だ。殺されることはないだろう」
「そんな、『だろう』って……!」
修は議会が傾いてきていることに寒気を覚える。
「皆はどう思う?」
議長は周りを見回す。自分からそれを口に出すのは憚られるのだろう。
議会はざわめく。しかしそのざわめきの中に修が聞き取ったのは、「魔族が生き残る唯一の手段」だの「人間との協調は将来的に大きな意味を持つ」だのと、もっともらしい言い訳だけだった。修の中でそれらの言葉の持つ意味は1つ。「自分たちだけは助かりたい」だ。
「……よし。議会では、啝民城明憲の案を採用することとする」
議長がそう告げるのを聞いて、修は席を立つ。
「どこへ行く?」
不敵な笑みを浮かべて、明憲が問う。
「……ここじゃなけりゃ、どこでもいい」
修は吐き捨てるようにそう言って、議会を出た。