3,リベンジ
「……ここが、魔族の世界の中心……」
信冶は呟く。目の前には緑の濃い山があり、辺りには霧が立ちこめている。
「ホントにこんな所にあるのかよ?」
啓太は怪訝そうにその山を見つめる。
「あるよぅ」
梓は少し膨れて言う。
「魔族はみんな1度は来てるのっ。上級魔族の適性を調べるためにさ」
「ふうん」
「よし、行こう」
信冶は山に向かって歩き出す。しかしここで、梓が待ったをかけた。
「あのさ、今更言うのもなんだけど……、ここから先は、かなり危ないと思うよ?」
「それは始めっから分かってたことだろ」
啓太は事も無げに言う。
「ただでさえ仲悪いのに、今は掃討軍のこともあるし、そうとう人間恨んでるだろうね」
瑞紀も冷静に言う。
「袋叩きに遭う可能性も十分にある……」
「……そ、そうだよ?だから、例えば、私だけ行って修呼んでくるとか……」
梓は心配そうに提案する。
「いや、梓にそんなこと頼むわけにはいかないよ」
しかし信冶はそれを断る。
「梓はここまで案内してくれたしね。それで十分。……啓太たちもそうだよ」
「え?」
急に話が回ってきて2人は首を捻る。
「この先にまでついてこなくてもいいって言ってる」
信冶はそう付け加える。梓を含め3人は、しばらく呆然としていたが、
「……何言ってんだ」
啓太が呆れたように言った。
「ここまで一緒にやってきたのに、急にこんなところでもういいよ言われても、困るよ」
瑞紀も言う。
「私は『行かない』って言ったつもりはないよ。ちょっと注意しただけ。信冶がそれでも行くんなら私も行くよ?」
梓も信冶を真っ直ぐに見て言う。
「……分かった。ごめん」
「行こうぜ、信冶」
啓太が言う。
「そうだね。行こう」
4人は、山に向かって歩き出した。
◆ ◆ ◆
深い森を抜けると、広い平地に出た。霧は相変わらず濃いので、はっきりと見ることはできないが、大きな建物が遠くの方に確認できた。
「あれが魔族の『議会』か……」
信冶は再び歩き出そうとして、その足を止めた。
その建物の方から、2人の魔族がこちらに向かって歩いてきたからである。
「まさか、こんな所まで来るとはな……」
修は半ば呆れた様子で言う。彼の後についてきた由実香は、黙っている。ただ、喜びと悲しみを含んだ複雑な表情を浮かべて、信冶たちを見つめている。
「悪いんだけど、俺の中では、話、終わってないからさ」
信冶は、自分の言っていることに自分で苦笑しながら言った。
「おとなしく帰れっつっても、ダメみたいだな」
修はゆっくりと剣を抜く。
「啓太たちは下がってて」
信冶は3人にそう言ってから、自分も刀を抜く。
「由実香、下がってろ」
修も由実香を下がらせる。彼としては、部屋で待っていてほしかったのだが、彼女がそれをどうしても受け入れなかったのだ。
「今度は火傷するくらいじゃ、済まねえぞ」
修は剣を振りかぶる。
「俺だって中途半端に終わらせるつもりはない」
信冶も自分の前に刀を構える。
「そうか……、いい度胸だっ!」
修は剣を大振りする。その剣からは、火の玉が放たれた。
「!」
信冶は横にステップしてかわす。地に落ちた火の玉は爆発するように燃え上がった。
「うわっ、あっぶね!」
数メートル離れた所にいた啓太たちにも火の粉が飛んでくる。
「やっぱりレベルが違うよ……」
梓が呟く。
「もう少し下がっといた方がいいみたいだね」
瑞紀は呆然と立ち尽くしている梓の手を引いて、下がる。
「どうした、攻めてこねえのかっ!」
修は次々と炎を放つ。信冶は走ってそれをかわしながら、修の周りを回る。
「時間稼いだって、俺が息切れすることなんてねえぞ!」
修は一際大きな炎を放った。炎は信冶を囲むように襲いかかる。
「ッ!」
信冶は刀を大きく横に払いながら、炎の中を抜ける。人工魔法の力で炎は砕けるように消えるが、大量の魔法物質に効果が追いつかず、いくらかの炎は信冶を直接襲う。
「ぐうッ……!」
それでもなんとか炎の中を抜けた信冶は、やはり修に突っ込んでいくことはせずに、再び彼の周りを回る。
「魔法がほぼ無尽蔵だってことくらい……分かってるっての……」
「……いつまで逃げ回ってる気だ!?」
修はイライラし始める。信冶は一向に修に向かってくる気配を見せず、彼の放つ炎を避けながら彼の周りを走るばかりである。
「俺を馬鹿にしてんのかっ!?」
修の怒りに反応するように、炎が一層爆発的に燃え上がる。しかしそれでも、信冶はそれを刀を払って打ち消し、走り抜け、また彼の周りを走る。
「このッ……!」
修はさらに炎の勢いを強めようとして、異変に気づく。
(魔法が……、ついてきてない……!?)
辺りは激しい炎に包まれており、外から見ている由実香や啓太たちからは分からないが、修の側……もっと正確に言えば、信冶が走って作る円の内側での炎の力は、外側に比べると弱い。すなわち、修の期待に魔法が「ついてこない」のだ。
(『人工魔法の空間』を作ってたのか……!)
信冶の走る円の半径が徐々に狭まっていく。
「くそッ!」
修がその空間の外に向かって走り出したのと、信冶が修に向かって走り出したのは、ほぼ同時であった。
「来たかッ!」
修は、出来うる限りの炎を巻き起こし、信冶を迎え撃つ。しかし、彼の魔法は、それまでその空間にあった人工魔法と、今信冶が放ったそれとでほとんど打ち消される。
「!」
信冶の振り下ろした刀が、修の構えた剣に叩き付けられる。
修も、魔族の中では剣の扱いが上手い方だが、それはあくまでも「魔族の中で」だ。軍人として、ずっと剣だけを扱ってきた上に、修行でさらに実力を上げた信冶には、その剣も及ばない。
信冶は右に左に刀を舞わせる。修は防戦一方だ。
「くそッ……!」
修は大きく剣を横に払って信冶の刀を弾くと、一旦距離をとる。信冶は一瞬迷うが、すぐに踏み込む。
(ここは攻め時だよな……!)
「なめんなよッ……!」
修は再び炎を巻き起こしながら、突撃する。その勢いは、人工魔法の影響を受けているのにも関わらず、すさまじかった。
「熱ッ!」
人工魔法が追いつかず、信冶は炎を浴びる。しかしその中にあっても、彼は冷静だった。力強く刀を振り上げて、修の剣をはね除けると、素速くその空いた空間に向かって、刀を横に振り抜く。
「ぐッ……!」
彼の刀は、修の脇腹の辺りを捉えた。