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悪魔-デモンズ-  作者: 北郷 信羅
第4章 訓練
29/58

8,答え

 翌日の朝。6人は道場にいた。


 「ああ、もう出発かあ……」

梓が呟く。

「あっという間だったね」

瑞紀も言う。

「お前ら、感慨に浸ってるのはいいが、これ忘れるなよ」

正史が道場の倉庫から、信冶たちの武器を出してきて言った。

「お、やっぱりこっちの方がしっくりくるな」

啓太が言う。


 「……えっと、」

梓が困った様子で正史を見る。

「大丈夫だ。これ使え」

正史は手に持っていた剣を梓に差し出す。

「え、それ……」

「俺のだ」

「いや、だから、それじゃあ師困るでしょう……?」

「もう真剣はいらない」

正史はそう言ったが、それでも梓が困惑した表情を見せるので、

「……それに、俺は知り合いの軍人通じてまた手に入るしな」

と付け加えた。

「そう、ですか。……それなら、頂きます」

梓はようやく、彼の剣を受け取る。


 「それじゃあ、俺らは行きます」

信冶が言った。

「ああ」

正史は素っ気なく返事する。信冶たちはそんな彼に一礼してから、道場を出ていく。


 「信冶、」

しかし、そこで奏に呼び止められた。

「……奏」

「私ね、ここにいる間、ずっと考えてたの」

奏は淡々と語る。

「私はどうするべきなのかなって」

「……」

信冶は黙って、彼女の次の言葉を待っている。

「それでね、分かったの」

奏はそこで一呼吸おいてから、刀をゆっくりと抜いた。信冶も1歩退いて、剣に手をやる。

「私は、人間(わたしたち)の幸せを守るために戦う。そして、北原信冶は、それを揺るがす存在なんだよ……!」


 奏は刀を信冶に向ける。その刀は、今までのそれとは比べものにならないほど、ぎらついているように彼には見えた。

「信冶、」

そして奏の目にもまた、これまでにない迫力があった。

「決着をつけよう」

信冶は一瞬、落胆した様子を見せたが、すぐに奏を正面から見て

「分かった」

と答えた。


◆ ◆ ◆


 2人は、軍に入隊する前からそうしていたように、道場の真ん中で向かい合う。


 「ねえ、やめようよ……こんなの」

梓が悲痛な声をあげる。

「だって、2人は幼なじみなんでしょ……?ずっと仲良くしてたんでしょ……?なのに、こんな……」

「奏が選んだことだ」

正史は事も無げに言う。

「そして信冶が選んだことでもある」

「でも、『決着』ってつまり……」

「見ていられないなら、外出てろ」

正史は冷たく言い放った。梓は、今にも泣き出しそうになりながらも、その場に残って、対峙する2人を見つめる。


 「2人とも、準備はいいな?」

「はい」

2人の声が重なる。

「よし。……始め!」

その瞬間、奏の抜刀が信冶の剣に叩きつけられる。

「!」


 奏の刀は、今までにない速さで舞う。信冶も素速く対応するが、彼女の速さには及ばない。早くも、奏が振り下ろした刀が信冶の左肩に浅く入った。

「ぐッ……!」

信冶は大きく剣を振って刀を弾き、間合いをとろうとする。しかし、奏はすぐに踏み込み、それをさせない。信冶は致命傷こそ避けているものの、次々に斬撃を受けてしまう。

「うッ……、あァッ!」


 信冶は、今度は逆に大きく踏み込んで、奏にぶつかっていく。

「ッ!」

金属が擦れ合い、鈍い音を響かせる。技術的には信冶よりも上の奏だが、やはり単純な力では彼に敵わない。押し合いでは分が悪いと判断した奏は信冶の剣を払い、一旦距離をおいた。


 「……俺は……、人間の幸せを、潰すつもりはないっ……!」

信冶は荒い呼吸をしながら、訴える。彼の服は既にあちこちが裂け、血に染まっている。

「俺は人間も魔族も、幸せになれる国を」

「幻想にすぎないよ、それは」

奏は冷たい視線を、信冶に向ける。

「幻想なもんか……」

「違うんだよ、信冶」

奏は、まるで子供に言い聞かせるような口調で話す。もっとも、その言葉には、子供に対する時のような優しさや温かさといったものは微塵も感じられない。

「信冶は、ただ人間の平和を脅かしてるだけ。現状を悪化させてるだけなんだよ」

「違う……俺はっ!」


 信冶は奏に向かって突進していく。しかし次の瞬間、彼の横を奏が風のように素速く走り抜けた。反応の遅れた信冶は、その高速の刃を右の腰辺りに受けてしまった。

「いッ……!」

「分かってる……、分かってるよ、信冶」

奏は、片膝をついて傷に手を当てる信冶を振り返る。彼の足下には、いっそ美しいと思えるほどに鮮やかな赤が広がっている。

「言ってもダメだってことは、分かってる。だから私が、……」

奏はそこで口を噤む。それ以上は、口に出したくなかった。

「……覚悟を決めて。信冶」

奏は友人の血が滴る刀を軽く振ると、再び構える。


 「ねえ、ちょっと、ダメだよ……!助けないと、ねえ……!」

梓は啓太に、瑞紀に、呼びかける。しかし啓太は黙って首を振り、瑞紀も苦しげな表情を浮かべながら、ただ立ち尽くしているだけだ。

「やっぱりダメっ、私……」

だが、動こうとした梓の首筋に、木刀が当てられる。正史だった。

「もう1度言う。見ていられないのなら、出ていけ」

正史は梓を睨みつけ、先ほどよりも低い声で言った。

「……ッ!」

梓は服を握りしめ、身を強張らせる。しかし顔はあげて、戦う2人からは目を離さない。

(逃げるな、私……!)

その理由が、特別あるわけではなかったが、梓はそうしなければならないような気がして、その場に留まった。


 奏が再び放った斬撃をなんとか受け止めた信冶は、しかし床に転がされてしまった。

(いや、違う。焦るな……)

彼は自分に言い聞かせながら、立ち上がる。


 「ッ!……奏、」

奏は、答えない。

「……ごめん」

信冶は静かに言った。

「……何で謝るの……」

奏が口を開いた。

「何で……」

「ごめん」

信冶はもう1度言う。

「だから、何で謝るのっ!?」

奏は叫んだ。

「軍に戻る気ないなら、謝らないでよッ!」

奏は再び攻撃する。信冶は奏の振り下ろした刀を逸らさずに受け止める。刀が悲鳴をあげた。奏は信冶の剣を弾いて半歩退き、今度は刀を右から突き出す。

「……なッ!?」


 信冶は、左の脇腹に入った刀を左手で握って押さえ込んだ。そして次の瞬間、彼の剣を奏の右腕に突き刺す。

「いッ!」

「おおォッ!」

そのまま道場の壁に奏ごと突っ込んだ。剣は彼女の腕を貫通し、壁に深く刺さった。

「!……信冶っ!?」

奏の手を離れた刀が床に落ちて、鈍い音をあげる。

「奏の『決着』は、俺を殺すことしかないけど、」

信冶は、その刀を拾い上げる。

「俺の『決着』は、奏から逃げることだよ」

「そんなのっ、認めな……、ッ!」

奏は動こうとするが、壁に深く突き刺さった剣はビクともしない。ただ、余計に血が流れるばかりである。

「行きます、師。鍛えて下さって、ありがとうございました」

信冶はそう言って、ふらつきながら道場を出ていく。

「信冶っ……待っ……、まだッ……!」

奏が悲痛に叫ぶ。信冶は立ち止まった。

「……ごめん」

彼は振り返らずにもう1度言って、再び歩き出す。

「……だから、謝んないでよ……!」

奏は掠れた声で言う。


 「信冶、もういいの……?」

瑞紀が問う。梓は既に、涙をこぼしている。

「うん。……行こう」

啓太が信冶に肩を貸す。4人は正史にもう1度頭を下げて、道場を出ていった。


◆ ◆ ◆


 「……手、貸そうか?」

正史が静かに訊く。奏は首を振る。

「……すいません、1人にしてください……」

「……分かった」

正史はそれ以上何も言わずに、道場を出ていった。


 「……ッ!」

奏は左手で剣を掴み、引く。

「ぐッ……!」

彼女の血液が剣を伝う。

「うぅッ……!」


 ようやく、剣が抜けた。腕から溢れ出る血は、今度は直接、彼女の足下に流れ落ちる。

「ハァ……、ハァ……!」

その場で彼女は膝をつき、座り込んだ。力が抜けると同時に、涙がこぼれた。

(何で……、何でっ……!)

奏は嗚咽が漏れるのを堪えながら、涙を拭う。しかし涙はあとからあとから溢れてきて止まらない。

(何で私も守るのっ……!)

足下に広がる血だまりに、涙が落ちて混じり合う。

「馬鹿っ……!」

堪えきれなくなった嗚咽と共に口をついて出た言葉は、信冶に対する怒りと、自分に対する情けなさだった。

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