7,師の言葉
瑞紀は素速く短刀を振る。その斬撃は、今までよりも力強かった。
「そうだ。あとは今までの動きも混ぜて、攻撃に波を作るようにするといい」
正史がアドバイスする。
「はい。ありがとうございます」
律儀に頭を下げる瑞紀に、ああ、と返事を返すと、正史は訓練場を道場に向かって歩いていく。
瑞紀の近くで素振りをしているのは啓太だった。
「おい、啓太」
「はい?」
「俺の相手してみろ」
「ああ、分かりました」
啓太が木刀を構えると同時に、正史は刀を振り下ろした。
「!」
啓太はそれを受け止める。正史は手を緩めることなく、刀を振り回す。彼はその1つ1つを丁寧に受け流し、正史の刀が大きく逸れたタイミングをねらって踏み込んだ。そして正史が再び攻撃に転じる前にその首筋を軽く打った。
「俺の勝ち……で、いいっすよね?」
「ああ、そうだな」
正史は頷く。
「……そうだ、それでいい。どんな状況でも、熱くなって飛び出したりするなよ」
「分かってますよ」
啓太は刀で自分の肩を軽く叩きながら返事した。そんな啓太の態度を軽く諫めてから、正史は道場に向かう。
訓練場の真ん中で慣れない刀を振っているのは梓だった。
「あー、師」
「梓、」
「何ですか?」
……と、正史は首を傾げている梓に向かっていきなり刀を振り下ろした。
「なっ……!?」
梓は素速く反応してそれを受け止めた。
「何するんですかっ!?」
「……うん、ちゃんと反応できてるな」
「はい?」
「守りがしっかりしていれば、負けることはない。それを忘れるなよ」
「はあ……」
あっけにとられている梓をよそに、正史はまた歩きだす。
道場の側で丁寧に動きを確認しているのは信冶だった。
「……もうお前の相手は、俺じゃ無理だな」
「え?」
「焦るなよ。お前がこれからどんな敵と戦うことになるかは分からないが、どんな敵であろうと焦って行動起こすとろくなことにならないからな」
「はい」
「お前の強さは冷静な守りにある。守りながら確実に勝てる方法を考えて、それから行動するんだ。それを心に刻んでおけ」
「はい!」
信冶の横を抜け、正史は道場に入る。
道場では、奏が正座をして瞑想していた。
「奏、」
「はい、何でしょう?」
奏は顔を上げて正史を見る。その目を見て、正史は分かった。
「……見つかったみたいだな」
「はい。師のおかげです」
「自分をしっかり持っている奴は強い。俺からお前に言えるのは、もうそれくらいだな」
正史はそう言うと、そのまま道場を抜けて自宅へ向かった。
◆ ◆ ◆
その夜。夕食時に、正史は突然宣言した。
「訓練は今日で終わりだ」
「ええっ!?」
梓が驚いて声をあげる。
「ちょっと待って、何でそんな急に」
「もう、俺が教えられるだけのことは教えた。後はそれぞれ、自分で努力するだけだ」
「時間的にも、限界でしょうしね」
信冶も言う。
「え?信冶知ってたの?」
梓が問う。
「知ってたよ。師がいつも急に言うってことはね」
「あ、そっち?」
瑞紀がつっこむ。
「まあ、そろそろ軍の人間も来るだろうし、師が言わなかったら俺から言うつもりだったよ」
信冶はそう続ける。
「なんだ……それだったら早めに教えてくれれば良かったのに」
梓は少し膨れて言う。
「ああ、悪い」
「……とにかく、そろそろここを出た方がいい」
正史がまとめるように言った。
「そうっすね」
啓太も頷く。
「……どうする、リーダー?夕食食ったらすぐ出るか?」
「……いや、とりあえず今日は休んで、明日の朝出よう」
「了解」
「……奏はどうする」
正史が訊いた。
「私も明日出ます」
奏は短く答えた。
「そうか」
こうして唐突にやってきた訓練最後の夜は、静かに更けていった……。