6,二律背反
「……信冶、焦るな」
正史が声をかける。
「はい。すいません」
信冶は刀を構え直す。
「お前の強さは冷静な守りにあるんだ。焦って攻めにいくようじゃ、勝てないぞ」
「はい」
「一旦休んだ方がいいんじゃない?」
信冶の相手をしている瑞紀が言う。
「いや、もう少し」
信冶は首を横に振る。
「……分かった。じゃあ、行くよ?」
「うん」
修が信冶たちの前に現れた時、信冶の中で最初に沸き起こった感情は、「喜び」だった。掃討軍によって家族と引き離されてしまった由実香の前に、ようやく、彼女との繋がりを持つ者が現れたのだ。喜ばしいことだと、信冶は思った。
しかしその次の瞬間、彼は自分の中にもう1つの感情があることに気づいた。気づいてしまった。
(どうしてこんな急に、由実香が連れていかれなきゃならないんだ……!?)
それはあまりにも傲慢な、あまりにも自分勝手な「怒り」だった。つまり、由実香がいつまでも自分のそばにいるように思っていたのである。たかだか数週間、一緒にいたというだけで。
信冶は由実香が去っていった後、いや、奏の涙を見た時であろうか……、冷静になった信冶は、自分の中にある、その2つの感情が綯い交ぜになっていることを自覚した。
そして、信冶は思った。このまま、有耶無耶にしてはいけない。傲慢な自分と決着をつけなければ、と。
(そのためには、もう1度由実香に会いに行かないと。修とも戦うことになるはず……)
そして、彼と戦えるだけの力を得るために信冶は、正史の元で修行することを決めたのだ。
それ自身、我が儘なことだということは、信冶も分かっている。だが、由実香を奪い返そうとまでは考えていないのだ。それくらいのことは許されていいだろう。
信冶は、由実香を解放した。しかし、由実香もまた、信冶を解放したのだ。軍に、国に操られていた彼を正気に戻したのは、間違いなく彼女だった。だから、そんな彼女の幸せを、信冶も喜びたいと思った。
信冶は瑞紀の素速い斬撃を丁寧に受け流す。そして、
(……今!)
彼女のわずかに乱れた左の斬撃をはね除けると、右の短刀が来る前に大きく踏み込んで、瑞紀の右肩に一撃を入れた。
(強くなるんだ……!弱い自分に勝つために)
信冶の思いは、日に日に強くなっている。
◆ ◆ ◆
(私の信じる私は、どっち……?)
奏は木刀を素振りしている。そうしていなければ、自分の中に何か嫌な気持ちが溜まって、苦しくなるからだ。
(軍人としての私……?それとも、信冶の友人としての私……?)
奏は、迷っていた。
両方を選ぶことはできない。軍人ならば、信冶を斬らねばなるまい。友人ならば、今度は逆に軍と戦うことになるだろう。
かと言って、選ばないわけにはいかない。それは、今現在の彼女であり、今の自分のままではダメだということは、彼女自身が一番よく分かっている。どちらかを選んで、彼女は彼女を確定しなければならない。
奏はもう1度、これまで考えてきたことを振り返る。
どうして掃討軍に入ろうと思ったのか。どうして信冶が斬れないのか。「そっち」に信冶がいることに対する苦しさ。
……そして、
(……そうか。そうだよ……!)
1つの答えに至った。
奏は木刀を構え直し、抜刀する。その一閃はもう、ブレなかった。