5,守られる気持ち
(信冶が斬れないのは、信冶がやっぱり、私の大切な友人だから……)
「自分探し」を続ける奏は、正史や信冶たちと食卓についていた。その日も厳しい訓練をして疲れ切った彼らにとっては、心休まる夕食の時間である。
(ずっと一緒にいたから……。だから、信冶が裏切ったことにも、何かわけがあるはずだって……)
口に含んだみそ汁は身体を温めてくれたが、彼女の心は冷えたままだった。
(もしかしたら信冶の方が正しいんじゃないかって思ってる私もいるんだ……)
奏は信冶に目を向ける。彼は啓太たちと楽しそうに話をしている。その笑顔は彼女が知っているそれと変わらない。
(どうして「そっち」にいるの……?)
……と、不意に信冶が奏の方を向き、奏と目があった。奏は慌てて目を逸らす。今、信冶と話すことはできない。今話そうとすれば、このこんがらがった気持ちが溢れだしてしまう。そんな気がしたのだ。実際、彼と目があったというだけで、彼女は自分の中から何かがこみ上げてくるのを感じていた。しかしそれはなんとか押さえ込む。
代わりに自分の足が椅子の下で縮こまっていることには、後で気づいた。
◆ ◆ ◆
「……ところで、梓、」
啓太が話しかける。
「ん?」
「体鍛えることで魔力が強くなったりとかしないの?筋肉みたいにさ」
うーん、と梓は少し唸っていたが、
「……ダメだと思う。魔法物質は生まれた時に持っている分だけだって教えられたもん。増えたなんて話聞いたことないし……」
と答える。
「鍛えてどうにかなるんなら、みんな上級魔族になってるだろうしね」
瑞紀の言葉に確証を得た梓は、そうだよ、と今度は自信たっぷりに言う。
「じゃあ、他の魔法も使えるようになるとか」
「いや、そんなのますます無理」
梓は首を横にふる。
「あ、そういえば魔族ってみんなそれぞれ1つの魔法しか使わないよね?何で?」
信冶が訊く。
「それは『クセ』がついちゃうからだよー」
梓が答える。
「『クセ』?」
「うん。魔族は生まれてから魔法支配能力が形成されていくの。その間に魔法の型も決まってくる。その基準になるのはその魔族の本質だとか言うけど……、まあ、赤ちゃんのうちに目にしたものとか、そういうのが関係してくるんじゃないかなあ」
「なるほど、納得。お前炎みたいに騒がしいもんな」
啓太が茶々を入れる。
「むッ……!こうしてやるこうしてやるっ」
梓は啓太の前に鳥の唐揚げを掲げる。
「一応言っとくと、揚げるのと焼くのは違うからね?」
そこで瑞紀が指摘する。
「……ふんっ」
それを聞いて、梓は顔を真っ赤にしながら唐揚げを頬張ると、ふくれっ面でそっぽを向いた。彼女はどうやら料理をしたことがないらしい。
「えーと……、とにかく、そうして決まっちゃったらもうその魔法しか使えないんだね?」
信冶が取り成すようにそう訊く。
「そういうことですー」
梓はそっぽを向いたまま、投げやりな口調で答えた。
「悪かったよ、梓」
啓太が謝るが、梓はふくれっ面のままだ。
「……っていうか、悪口言ったつもりはなかったんだけど」
「そーですかそーですか」
「だってお前がそういう、めちゃくちゃ明るいキャラだったから好きになったんだし」
「はひッ!?」
梓はますます顔を赤く染める。もはや茹でダコである。
「いや、俺真面目に言ってんだぞ?」
「ん……、ま、まあ、分かった。許してあげる」
梓は満更でもない様子でそう言った。機嫌は直ったようだ。
「えーと、魔法のこと、ちょっと補足すると……、つまりね、物心つく前に能力が完成しちゃって、発動の練習みたいなものも無意識のうちに繰り返してるから、その後にどうこうしようったって、『クセ』がついちゃっててどうにもなんないの。みんな、歩き方って知ってるけど、羽を動かす感覚なんて分かる?」
「うーん、そりゃあ確かに無理だなあ……」
啓太が言う。
「魔法の使い方なんて、感覚の問題だからさ、教えてもらうっていうのも無理。どうやったら歩けるかなんて説明のしようないじゃん」
「それもそうだな」
「余計なことは気にしなくていい。お前にとっては、剣を扱えるようになるだけでかなりのメリットがあるんだ」
正史が言った。
「あ、はい!」
梓は素直に返事した。
◆ ◆ ◆
次の日。梓は正史の刀を受け流す訓練をしていた。
「そうだ。正面から受けるな」
「……あの、師」
「なんだ」
正史は刀を止める。
「そろそろ攻める方も教えてもらえませんか?」
「……お前は守りを極めた方がいい」
「え?何で?」
「お前には魔法があるだろうが。攻める方はそれで十分だ」
正史は呆れた様子で言う。
「問題は守り。魔族は魔法に頼りすぎていた。だから人工魔法が完成した今、その魔法が破られて接近されるとどうしようもなくなる。……だが、剣が使えれば、もう1度間合いをとることができる」
「そうか……」
「接近戦になったら誰かに守ってもらうっていうのは、お前も嫌だろ?」
「!……はいっ!私、守りを極めます!」
思えば、守られてばかりだった。魔力が弱いということもあって、両親はいつでも梓のことを庇ってくれた。だから、いつの間にかそれが当たり前のことになっていたのだろう。あの日……掃討軍に捕まった時、梓は、どうして誰も助けてくれないのかと、すべてを恨んだ。だが、それでも、啓太たちは梓を救ってくれた。梓自身が投げ出した彼女の命を守ってくれた。その後も、ずっと梓は彼らの後ろ。命をかけて戦う彼らの後ろで、自分だけ安全な場所で戦ってきた。
だが、守られてばかりなのはもう嫌だと、梓は思うようになっていた。
(私も、)
梓は思う。
(私も、大切な人たちを守れるようになるんだ……!)
「よろしくお願いします!」
正史に言って、刀を構える。
(そのためにも、まずは自分自身を自分で守れるようにならなきゃ……!)