4,アクネにて
アクネの中心部には、魔族掃討軍の主要な施設が集まっている。
「魔族中央研究所」も、そのうちの1つである。
「よっと」
「おい、気をつけろよ」
5人の男たちが、その研究所に忍び込んでいた。
「……しかし、あんたもそうとう変わってるな。掃討軍の抵抗勢力でもなきゃ、何でこんなとこに来るんだ?」
抵抗勢力の一員で、4人の中のリーダー格の男が、短髪の若い男に尋ねる。
「……興味、かな」
若い男は答えた。
「興味、ねえ……」
リーダーの男は、無遠慮にこの怪しい男を見る。彼らがここに忍び込む時に出くわしたのだが、軍の人間でも、抵抗勢力の人間でもないという。魔族でないことも、目を見れば分かる。
(まあ、妙な動きしたら斬ればいいか)
「それにしても、警備が薄いな」
若い男が言った。
「ああ。というか、全く人の気配がない……」
研究所の中は異様に静かだった。
「罠かもな」
「でも、だからといって帰る気はないんだろ?」
若い男が言う。
「ない。軍の新兵器に関する情報が手に入るまではな」
決して多くない抵抗勢力だが、数週間前にその情報を手に入れた。「掃討軍が新しい兵器の開発に成功した」と。
「だけどさ……、何もないぜ?」
若い男の言う通り、辺りは綺麗に片づけられており、めぼしいものは見あたらない。
「まあ、1番警備の薄いところ狙ってきたからな。こりゃあ収穫も少なそうだ」
「警備の人間はいませんが、収穫もありませんじゃ全く意味ねえなあ」
若い男はさして残念そうでもなく、そう言った。
しばらく進むと、大きな扉のある部屋に突き当たった。
「それっぽいな」
若い男が言う。
「ああ。覗いてみるか」
中はだだっ広い部屋だった。やはりこれといったものは見あたらない。ある1カ所を除いて。
「何で……女がいるんだ……!?」
人形のように可愛らしい少女が1人、部屋の奥に座っていた。
「しかも魔族だ」
若い男が付け加える。
「あ、また実験の人ですね」
魔族の少女がにっこりと笑う。
「実験?」
リーダーの男は怪訝な顔をする。
「新兵器を試してるんだそうです」
少女は笑顔のまま答える。
「新兵器……!なあ、君、新兵器がどんなものか知ってるのか……?」
「知ってますよ」
少女は笑顔を絶やすことなく、答えた。
「私です」
「はあッ!?」
抵抗勢力の男たちは、その意味が理解できずに固まった。
「私が、新兵器だそうです」
「ふうん、君が」
若い男だけが、冷静に応じる。
「どこが新しいの?」
「えへへっ、それはですねー、」
少女は立ち上がり、
「秘密ですっ」
悪戯っぽく笑い、右手の人差し指を顔の前で立てた。
「そりゃ、そうか」
若い男は大して気にした様子もなく、そう言った。
「こんなガキが新兵器だと!?笑わせるなッ!」
リーダーの男が叫ぶ。
「おい、あんなしょぼい新兵器、さっさと潰して帰るぞ」
抵抗勢力の4人は、少女に向かっていく。
「私も、ここに入ってきた人間は全員殺せって言われてます」
男たちの上に何本もの刃が現れる。
「!」
「鉄かな?」
若い男は相変わらず冷静な口調で問う。
「鋼です」
鋼の刃は男たち目掛けて落ちてきた。
「落ち着け!人工魔法だ!」
しかし、人工魔法が発動しているはずの剣は、それらの刃を普通に弾いただけだった。
「なっ……!?」
「うわァッ!」
抵抗勢力の1人の背に、刃が突き刺さった。
「クソッ!調子にのんなァッ!」
別の抵抗勢力の男が刃の中を抜けて少女の前まで来た。少女は攻撃をやめる。
「終わりだッ!」
男は剣を振り下ろしたが、彼女の前に現れた鋼の壁に阻まれる。
「このッ……!」
男は剣を何度も叩き付けるが、少女の盾はびくともしない。
「ダメだ、人工魔法が効かない……!」
……と、次の瞬間、少女の盾の一部が変形して、男の胸に突き刺さった。
「ああァッ……!」
「人間って弱いですね」
少女が最初と変わらぬ笑顔で呻く男に言う。しかしその後ろからまた別の抵抗勢力の男が迫ってきていることには気づかない。
(もらった……!)
剣は、入らなかった。やはり同じように鋼の壁に阻まれる。
「!?」
「うわ、吃驚したあ……」
少女は本当に驚いた様子を見せ、
「脅かさないでくださいよ」
3人目を斬り刻んだ。
「何なんだ……こいつ……!」
リーダーの男が呻く。3人の仲間たちは、既に動かなくなっている。
「人工魔法が効かないなんて……」
「だけじゃねえ。死角からの攻撃にも対応できるようになってる」
若い男が冷静に付け加える。
「どうする?逃げるか?……逃げるのも一苦労だろうけど」
「うぅ……!」
リーダーの男は、恐怖でパニックを起こしかけていた。
「お……俺は逃げねえッ!」
リーダーの男は少女に向かって突っ込んでいく。
「あは、そうこなっくっちゃ」
再び刃が降り注ぐ。男はなかなかに剣の扱いが上手く、刃を上手く逸らしてかわしながら少女に向かっていく。少女は攻撃をやめた。
「死ねェッ!」
男の力強い一撃は、少女の盾によって阻まれる。
「残念でした」
盾から刃が伸びる。
「ぐッ……!」
男はなんとかそらすが、1つが足に刺さった。
「あーあ。もうダメですね」
少女はそう言って、若い男の方を見る。
「助けないんですか?この人」
「頼む助けてくれッ……!」
リーダーの男は足を地面に釘付けにしている刃を抜こうと必死になりながら、叫ぶ。
「うーん、助けてやりたいけど、俺正義の味方みたく強くないから。自分の命の方が大事だし」
「おいッ……!」
リーダーの男が悲鳴に近い声をあげる。
「そですか。酷いですねー」
そう言って少女は、何の躊躇いもなく4人目を斬り刻んだ。
「……でも、あなたは助けてあげるなんて言ってませんよ」
「なあに、逃げることくらいはできるつもりで来たんだ。俺は危ない橋は渡らねえの」
若い男はそう返すと、少女に背を向ける。
「じゃあな」
「ムカツク人ですね」
少女は笑顔のまま、男に向かって刃を放つ。
「おぉ、」
男はかわすが、少女はさらに刃の数を増やす。男は剣を抜いて刃を逸らす。
「逃がしませんよ」
少女はさらに刃の数を増やす。
……と、男は突然踵を返し、少女に向かって突っ込んできた。
「!」
男は素早く少女の前まで踏み込むと、大きく剣を振った。少女の前に鋼の壁が現れる。が、壁は攻撃を受けて砕けた。少女は尻餅をつく。
「うッ……!」
少女はすぐに刃を放って反撃する。男はそれをかわして後ろにさがった。
「魔法物質の改造か。やっかいだけど、完全じゃ、ないな」
男は再び少女に背を向けて歩き出した。
「殺さないんですか?あなたなら私を殺せるかもしれないのに」
少女が言う。少し前までの笑顔は消えており、今は不機嫌な様子で男を睨んでいる。
「さっきも言ったろ。危ない橋は渡らねえんだ。『もしかしたら勝てるかもしれない』で俺は戦わない」
男は振り向きもせずに答える。
「それに、俺がここで殺さなくても、お前はいずれ負ける」
「……名前訊いてもいいですか?」
少女は座ったまま言った。
「杉田総一郎。お前は?」
「啝民城渚」
「そうか。じゃあな、渚」
総一郎は部屋を出る。
「おっと、帰すわけにはいかない」
部屋の外には十数人の軍人たちがいた。
「おわ、どこからわいてきたんだ?」
総一郎は面倒くさそうに言う。
「殺せ!」
隊長の指示で軍人たちは一斉に総一郎に斬りかかった。
「……うーんっ。なかなか面白い見学会だったなあ。次はどこに行こうかな……?」
総一郎は倒れている軍人たちを尻目に、研究所を後にした。