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悪魔-デモンズ-  作者: 北郷 信羅
第3章 変化
20/58

3,力

 風が吹き抜ける。美しき草花を失った焼け野原を。


 風に舞うのは色鮮やかな花びらではなく、黒い灰。


 修が姿を消すと同時に、炎は幻のように消えた。そして草花のなくなった黒い地に、信冶はへたり込んでいた。


 「信冶……」

瑞紀は躊躇いがちに声をかける。

「全く敵わなかった」

信冶は呟く。

「あいつは、何だ……?」

「鏑之宮修。上級魔族だよ」

梓が答える。

「上級、魔族?」

「前に話したでしょ?魔族が持っている魔法物質や魔法支配能力には個人差があるって」

「ああ……」

信冶は黒い地面を見たまま、相槌を打つ。

「上級魔族っていうのは、そのどちらにおいても優れている魔族のことだよ。毎年、その年に成人した魔族は検査を受けるの。そしてその時にある一定の基準を満たしていれば、上級魔族として認められる……」

「なるほど、『魔族のエリート』ってのはそういう意味か」

啓太が納得したように言う。

「魔族の社会は上級魔族たちで構成される『議会』によって統治されてる。力のない魔族にとってはちょっと苦痛だよ」

「実質、生まれた時点で身分が決まってるってことじゃねえか……」

「修の名前を知ってたのはどうして?あいつ有名なの?」

瑞紀が問う。

「いや、そうじゃなくて……、私が人間に捕まった、その年にあった検査で上級魔族になった魔族の中にあいつもいたから、覚えてたの。最近は力の強い魔族が少なくなってきてて、その年に上級魔族になれたの、修入れて4,5人くらいだったし」

「なるほどね」

「まあ、大体のことは分かった。……で、これからどうする、リーダー?」

啓太が信冶に問う。

「……」

信冶は答えない。

「ここでじっとしてたって由実香は帰って……」


 啓太は辺りを見回す。

「……誰だ?」

足音が近づいてくる。

「あっ……、しまった!」

瑞紀が空を見上げて声をあげる。今もまだ、空に向かって黒煙が上がっていた。

「まさかそっちから居場所を知らせてくれるとは思ってなかったよ」

坂をのぼってきたのは奏だった。


 「ちッ……!」

啓太が剣を構える。奏の後に続いて将太と1008小隊の隊員たちが現れたのだ。

「今度こそ捕まってもらうから。……って、ん?」

奏は辺りを見回す。

「どした?」

将太が問う。

「氷の魔族はどこ?」

奏は信冶に向かって言った。

「……」

信冶は答えない。

「不意打ちしようったって、無駄だよ」

「いない」

信冶が呟く。

「え?」

「由実香は、いない」

奏は怪訝な顔をした。

「いない?何で」

「……」

信冶は再び沈黙した。


 「まあ、いないならいないでいいか、逃げたにしても1人じゃ何もできないだろうし」

奏はそれ以上の詮索をやめた。

「そんなことより私は、信冶に借りを返さなきゃね」

奏は抜刀の姿勢をとる。

「『そんなこと』?」

信冶が立ち上がった。奏は少し怯む。彼の様子がいつもと違う気がしたからだ。

「お前にとっては『そんなこと』かもしれねえけどなァ……!」

そこで奏は、自分が地雷を踏んだことに気がついた。


 次の瞬間、信冶はいきなり剣を抜き奏に向かって斬り込んできた。

「……ッ!」

奏は攻めるタイミングを失い、信冶の剣を受け止める。

「俺にとっては重大なことなんだよォッ!」

剣にのる信冶の力が強くなる。奏は押されて1歩下がった。

「……ッ!知らないよッ!」

奏は強く斬り返し信冶の剣を弾くと、今度は自分から斬り込んでいく。勢いのある斬撃を受けきれずに信冶は弾き飛ばされる。

「将太ッ!」

「分かってる。手出しすんなだろっ?」

将太は答え、

「俺らはこっちの3人担当だ」

続けて1008小隊の隊員たちに言う。彼の指示を受けて、隊員たちは啓太たちに斬りかかっていく。

「やるしかないか……!」

「馬鹿、お前はさがってろ」

梓にそう言うと、啓太は剣を抜く。

「消耗して動けなくなったら逃げられなくなるよ」

瑞紀もそう言って2本の短剣を抜く。

「え、でも……」

「逃げる時にお前の力がいる」

啓太がつけ加える。

「信冶の指示が出たら、すぐ頼むぞ」

「……うん、分かった」

梓は素直に啓太たちの後ろに下がる。

「信冶の方のケリつくまで持ちこたえるぞッ!」

啓太は突っ込んできた軍人に向かって剣を振り下ろす。


 「!」

奏は戸惑っていた。信冶の動きがいつもと全く違うのだ。剣を力の限りに振り回して、とにかく斬り込んでくる。奏が弾いて反撃しようとしても、守ろうとはせずに攻めてくる。

(これ……ホントに信冶……!?)

攻め方は乱暴で、隙をみて奏が刀を振るうのは造作もなかった。奏の刀は確実に信冶の左肩を捉えた。

「信冶ッ!こんな戦い方……」

しかし信冶は怯まなかった。左手で奏の胸倉を掴むと、右手に握った剣を振り下ろそうとする。

「ッ!」

奏は信冶を振り払うと刀を構え直す。……が、彼はすぐに起き上がるとまた乱暴に斬りかかってきた。奏は受け止めて反撃する。奏の刀は信冶の右腕を掠めた。それでも信冶は攻撃の手を緩めない。

(な……何なの……!?)

彼女は恐怖を感じていた。そしてそのために、隙があっても攻められなくなっていた。

(……ッ!何やってんだ、私……!)


 奏は焦りを感じて踏み込んだ。彼女の斬撃は信冶の腰の辺りに入った。しかし、彼女らしからぬ、勢いのない中途半端な攻め方であった。次の瞬間、倒れながら放たれた信冶の斬撃が奏の頬を掠めた。

「!?」

信冶は尻餅をつく形で倒れる。奏は頬に手を当てた。そしてその手をじっと見る。確かに彼女の血液が流れ出ていた。


 信冶は再び向かっていこうと立ち上がる。が、足が止まる。

「な……」

奏は手を見つめたまま、涙を流していた。


 奏は、自尊心の強い人間だった。そしてそんな奏は、信冶に負けるどころか、剣を掠めることすら許したことがなかったのだ。奏は信冶よりずっと強いはずだった。それが、訓練と同じ1対1の戦いで、崩れた。


 本当に小さな傷。しかし彼女のプライドを傷つけるには十分なものだった。奏は膝から崩れ落ち、声を出さずに泣く。


 「……なんだよ……」

信冶の怒りは、どこかへ消えてしまった。

「そんなの……卑怯だろ……」


 信冶は山の上の方を見る。奏と戦っている間に、啓太たちと離れてしまっていた。


 「卑怯だろ……」

もう1度呟いてから、信冶はポケットに入っていたものを奏に投げて、啓太たちの元に向かった。


 奏は涙でぼやける視界の中で、膝の上に投げられたものを見る。ハンカチだった。視界がますますぼやける。

「こんなの……ずるいよ……」


 坂を駆け上がってきた信冶は、軍人たちと激しく斬り合っている啓太たちを見つけた。

「梓ッ!」

それだけ叫べば、十分だった。梓はすぐに、火の玉を辺りにまき散らす。

「奏はッ……!?」

将太が思わず口走ったのがまずかった。隊員たちに不安が伝染する。辺りで燃える炎も彼らの心を煽り、隊が混乱する。


 「どけェッ!」

信冶は腰の引けた軍人たちに向かって斬りかかる。道は、あっさり開かれた。啓太たちもそれに続く。


 「馬鹿ッ、追うぞ!」

「でも、奏隊長は……!?」

「……ッ!お前ら追えッ!俺も後から行くッ!」


 信冶たちは山を駆け下りる。しかし車は破壊されていた。

「表だ!こうなったらどこにいても変わらねえ!」

啓太が叫ぶ。

「あ、車みっけ」

梓が言う。

「馬鹿、動かせねえよ。あいつらのだ。焼いとけっ!」

「分かった!」

表通りに出ると、啓太は以前にやったように1台の車の前に立ちふさがった。

「!」

運転手は急ブレーキをかけて彼の前で止まった。

「わりぃ、車貸して」

言うが早いか、啓太は剣を抜こうとする。

「ひいっ」

運転手が車を降りて逃げる。

「ごめんなさいっ」

瑞紀が運転手に向かって深々と頭を下げている間に、他の4人は車に乗り込んだ。

「瑞紀、行くぞ!」

啓太が叫ぶ。

「うん!」


◆ ◆ ◆


 「くそッ!」

軍人たちは焼けた車の前で立ち尽くしていた。

「早く車呼べッ!」


 一方将太は、山を少し下りたところで奏を見つけた。

「無事みたいだな」

奏はへたりこんではいるが、頬に傷があるだけだ。


 「……将太、」

奏はいつになく静かに言う。

「ああ、悪い、また逃げられた。けど今1008小隊のやつらが……」

「違う」

奏は懐から短剣を取りだして右手に持つと、左手で結ばれた長い髪を持った。

「あ、おい……」

長い髪を無造作に切った奏は将太を見る。

「私、(せんせい)のところに行ってくる」

「え?」

「今の私じゃ、ダメだ。だからもう1度訓練し直したい」

「……」

「将太も、来る?」

奏は問う。

「……いや、俺はいい」

将太はかぶりを振った。

「そっか。じゃあこれ……」

奏は襟についていた階級章をとって、将太に差し出した。

「預かってて」

「え、いや、それは……」

「それも今は邪魔なの。お願い」

「……分かったよ」

将太は溜息をつきながら、それを受け取った。

「ありがと。……将太は信冶を追う?」

「ああ」

「分かった。気をつけてね」

将太は奏を残して山を下りていった。


 奏はしばらく落ち着かない様子で短くなった髪を弄んでいたが、

「……よし」

携帯を取りだした。


 「信冶、これからどうするの?」

車の中で梓が訊いた。

「もう1度由実香に会いに行く。あんな表情した由実香とこのまま別れたくない」

「えっ、でもそれってことは修と戦うってことでしょ……!?」

「そうなるね。でも今のままじゃ絶対勝てないってことはよく分かってる」

「それじゃあ、どうするの?」

「……俺を鍛えてくれた師のところに行って、もう1度鍛え直してもらう」

「そっか。そうだよね。強くなればいいんだよね。……私も強くなりたい」

「よし、じゃあ、その師のとこに行くとするか。……で、その人はどこにいるんだ?」

啓太が問う。

「このまま西へ。今はオルガの東部にいる」


 信冶たちの乗った車は、ウェルドを出ようとしていた。

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