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悪魔-デモンズ-  作者: 北郷 信羅
第3章 変化
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2,想い

 翌朝。信冶たちはさらに西に向かって進んでいた。


 「すごい揺れるなぁ……お尻痛いっ」

梓が不平を言う。

「仕方ねえだろ。表通りにはウェルドの軍人たちがいるだろうし」

啓太が返す。

「それくらいは分かってるよぉ……。でもさぁ」

「少なくともウェルド出るまでは我慢しろ」

啓太がぴしゃりと言う。

「お昼くらいに一旦休憩しよう」

信冶が慰めるように言う。


 そして約束通り、昼頃になって、彼は山中で車を停めた。


 「よし。少し休もう」

「やたっ!」

梓は喜んで外に飛び出す。

「うぅーっ、気持ちいいっ!」

「子供かよ」

啓太が呆れ顔で言う。

「あっ、見て!綺麗な花がたくさん!」

梓は坂を駆け上がる。

「ちょっと、転ばないでよ?」

母親のように瑞紀が注意する。

「大丈夫だよっ!ねね、みんなも来て!すごいよ!」

梓のはしゃぎっぷりに少々呆れながら、4人は梓の後に続く。


 平坦になっているそこには、たくさんの花が咲き乱れていた。

「綺麗……!」

由実香の声が弾んだ。

「ほんとだね……」

信冶も同意した。そこは本当に美しい場所で、5人はしばし、逃亡している身であることも忘れて楽しい時間を過ごした。


◆ ◆ ◆


 「綺麗なところですね」

不意に声がして、1人の男が現れた。目には魔族の証が見られる。

「……誰だ?」

信冶が剣を構えつつ、問う。しかし魔族の男は、彼を無視して

「由実香、迎えに来たよ」

と言った。

「迎えに来た……!?」

信冶は由実香を見る。彼女は驚きを隠せないようであった。しかしそれはやがて、切なげな表情に変わっていく。

(そんな顔……それじゃまるで)

信冶はそこで思考を止めた。


 「由実香……、知り合い?」

そして由実香に直接問う。

「あ……、はい」

由実香の答えは少し歯切れが悪かった。

「由実香と俺は、恋人同士なんです」

男はそれをはっきりさせた。

「え……」

「ずっと探してて……。今日、ようやく会えたというわけです」

「恋人……なの?」

信冶は再び由実香に問う。

彼女は信冶から目を逸らして……小さく頷いた。

「別に……隠してるつもりはなかったんですけど……」

そう続ける声は、弱々しい。

「……」


 「さ、由実香、行こう」

由実香は、少し迷っているようだったが、

「由実香」

もう1度呼ばれると、ゆっくりと男の方へ歩きだした。

「まっ……待てよ……!」

信冶が声をあげた。由実香の足が止まる。

「まだ、終わってない……終わってないだろ……?この国を変えるって、変えなきゃダメだって、由実香言ってたろ?」

「……」

「由実香を守ってくださってありがとうございました」

丁寧な言葉と裏腹に、男の声の調子は強かった。

「だ……いたい、あんた今更出てきて何言ってるんだよ……!由実香はその間ずっと寂しい思いしてたっていうのに」

信冶自信、言いながら苦しい抵抗だと思った。瑞紀と啓太が俯く。

(分かってる。この人だって由実香を待たせたくて待たせてたわけじゃない……)


 「……うるせえな……」

信冶の言葉は男の癇に障ったようだった。

「人が下手にでてりゃ、いい気になりやがって……。先に助けたから、あんたの方が偉いってか。ふざけんな」

「そういうことを言ってるんじゃない……。ただ、いきなり出てきて……別れを惜しむ時間もくれずに由実香を引っ張ってくっていうのは」

「いきなり出てきたのはあんたの方だろ!?それにあんたは由実香連れ回して、もう十分に俺が由実香と会う日を延ばしたじゃねえかよっ!ようやく特定した収容所に恋人がいなかった時の俺の気持ちがあんたに分かんのかッ!?」

男の周りで火花が散ったように見えた。

「……それでも……、いきなりこんなの、認められない……!」


 いっそ悪者にされても構わない、と信冶は思った。少なくとも、今目の前で複雑な表情をしている由実香とは別れたくない。


 「それなら、力ずくで認めさせてやるよ……!」

男の周りで炎が燃え上がる。

「オサムっ、やめてっ!」

由実香が声をあげる。

「オサム……?」

梓が反応する。

「こうなったら……力ずくでも止める……!」

信冶も剣を抜く。

「ちょっと、信冶!?」

瑞紀が慌てる。

「まあ、こうでもしなきゃ、あいつ気が済まないだろうからな」

啓太はその隣で信冶を見守る。

「来いよ。俺とお前の力の差、見せてやるから」

オサムが言った。


 信冶は一直線に突っ込んでいく。しかし大きな炎が現れ、彼に襲いかかってくる。

「!」

とっさに右にかわすが、炎はまるで生き物のように信冶を追ってくる。

「なっ……!?」

あっという間に信冶は炎に囲まれた。

「俺を、普通の魔族と同じだと思うなよ」

「まだだっ!」

信冶は大きく剣を振って炎を薙ぎ払う。目の前の炎は掻き消えた。……しかし。

「……!?」

炎の壁は厚く、彼のひと振りでは魔法をうち消しきれなかった。


 「熱っ!」

瑞紀たちの眼前には、激しく燃える炎しかない。

「梓の比じゃねえな……」

啓太が呟く。

「あっ……そうだっ!」

急に梓が声をあげた。

「あいつ、鏑之宮修(かぶらのみやおさむ)だ!上級魔族の」

「上級魔族って?」

啓太が問う。

「簡単に言うと魔族のエリート」


 「ねえ、」

瑞紀が言った。

「信冶助けなくていいの……?このままじゃ由実香も連れてかれちゃうし……」

「由実香が結論出す」

啓太は答えた。

「えっ?」

「この戦いには、由実香は賭かってねえよ」

「どういうこと?」

梓も怪訝そうな顔をする。

「あいつが誰だろうと、由実香が行きたくねえって言えばそこまでだ。それは由実香自身が一番よく分かってる」

「じゃあ、この戦いは……?」

瑞紀が問う。

「我儘な男2人の喧嘩。だから俺らが加勢したら、たとえ勝ったとしても、この喧嘩は意味をなくす」

「よく分かんない……」

梓が唸る。

「理屈じゃねえんだ」


 「くそッ……!」

信冶は剣を振り回す。炎は一時的に弱まるが、すぐにまた勢いを取り戻してしまう。

「ちくしょォッ!」

剣を大きく振り下ろすと、道が開けた。しかしそれは、彼の力で切り開いたものではなかった。その証拠に、道の先には大きな火球を完成させた修がいた。

「終わりだ」

大きな爆発が起こる。

「信冶ッ!」

瑞紀が叫ぶ。


 信冶は炎に囲まれた中でへたり込んでいた。人工魔法で防御したため、ダメージは軽い。しかし、圧倒的な力の前に為す術もない自分が、あまりにもみじめに感じられたのだ。

「人工魔法に救われたか。だが、これでとどめだ」

修が炎を操ろうとする、が。


 「やめてっ!」

由実香が叫んだ。

「もうやめてっ……!行くから……帰るから……。だから、やめて。お願い……」

由実香は、泣いていた。

「……由実香」

「……ッ!くそォッ!」

信冶は立ち上がり、修に突進する。しかし火球を打ち込まれ、あっさりと倒される。

「くッ……そ……!」

地面に爪を突き立てる。

「……由実香に免じて、許してやる。……行くぞ、由実香」

修は踵を返して、山の奥へと歩いていく。


 「……梓さん、瑞紀さん、啓太さん。ちょっとの間でしたけど、一緒にいられて楽しかったです」

由実香は手で涙を拭うと、梓たちに言った。表情は硬い。

「これで、いいんだな?」

啓太が訊く。

彼女は黙って頷く。

「……信冶さん、」

由実香は倒れている信冶に言う。

「収容所から連れ出してくれて、ありがとうございました。……さよなら……」

彼女は少し早口にそう続けると、修を追って走り出す。

「由実香っ」

信冶が彼女の名を呼ぶ。

由実香は立ち止まって信冶を振り返った。

「魔族も、人間も、どっちも幸せになれる国に変えてくださいね……!」

彼女は寂しそうに微笑む。その表情は、収容所で最初に彼女が見せたそれと同じだった。

 由実香は、山の奥へと走っていく。

「待っ、由実香っ……!」

彼女は、もう振り返らなかった。

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