1,休息
信冶たちはウェルド西部にある山中で休息をとることにした。
「この格好じゃ、すごい目立っちゃうね……」
瑞紀の言葉に他の4人も頷く。梓の囚人服もそうだが、他の4人も血塗れになっている。町に出られる格好ではない。
「救急箱くらいは車にあります。まずは傷の手当てを」
由実香が言う。
「服は俺と由実香のがまだあるよ。サイズは合わないかもしれないけど、我慢して」
信冶がそう付け加えた。
「梓、由実香の服着れんのかぁ?」
啓太がからかい口調で言う。
「なっ……、太ってるって言いたいのっ!?」
梓が叫ぶ。
「別に?太ってるとは言ってないじゃん」
「言ったも同然だよっ!……そりゃあ、ちょーっと由実香よりは丸いかもしれないけどさぁ……」
梓は唇を尖らせた。
「大丈夫でしょ……。問題あったとしてもそれは身長でしょ」
瑞紀がフォローに入る。実際のところ、梓は由実香よりひとまわり体が大きいのだが、この場で必要なのは冷静な考察力ではないだろう。
「瑞紀はちっちゃいから、逆にブカブカじゃない?」
恩を仇で返すような一言を梓は口にする。
「ちっちゃい言うなっ!」
確かに由実香より背は低いが、人から言われると腹が立つ。
「まあまあ、それくらいで……」
信冶が割って入る。彼らの基準になっている当の由実香は、にこにこと楽しそうにその様子を見ている。
「着替えには車使って」
「覗かないでよー?」
梓が啓太に突っ掛かる。
「覗いても面白くねえもん覗かねえよ」
「ムカッ……!」
◆ ◆ ◆
一通りの作業が済むと、信冶は戦いの中で気になっていたことを誰にともなく尋ねた。
「魔族が魔法使うのって、結構命がけなもんなの?」
「あー、そうでもないよ」
梓が答えた。
「えっ?でも啓太が……」
「あ、いや……そうじゃなくてね、」
梓が両手を振って否定する。
「私は命がけなの」
「?」
信冶はわけが分からないというように首を傾げる。
「信冶さんは知ってます?私たちが魔法使うために必要なもの」
由実香が代わって話す。
「知ってるよ。魔法物質と魔法支配能力だよね?」
「そうです。でもこの2つ、どっちも持ってる量や高さに個人差があるんですよ」
「個人差……」
「まあ、運動神経とか、そういうのと同じです」
「ふうん」
「魔法は、魔法物質を多く持ってる人ほど、たくさん使えるんです。で、同時に、命のメーターっていうか……」
「命のメーター?」
「例えばさ、」
梓が続ける。
「魔法で同じ大きさの火の玉を1つずつ作っていくとすると、ある人は10こまで普通に作れたり、また別の人は20こまで作れたりするの。そしてこれがライフポイントでもあってね、自分の限界を超えて作ろうとすれば……」
「命を落とす……?」
「そういうこと。なんか、魔族は魔法物質がないと生きていけないみたいでさあ……。全部を魔法で別の物質に変換しちゃうと、アウトになるみたい」
「魔族は魔法を持ってますけど、それ以外は人間よりも弱いんです。魔法物質はある意味、麻薬みたいなものなのかもしれません。快楽を得る代わりに他の全てを失うように。私たちの場合はそれが魔法であるってだけ。もっとも、私は魔法を使えて嬉しいなんて思ったことありませんけど」
由実香は溜息混じりに言う。
「私も。もし魔法物質に浸かるのを避けられるんだったら、絶対自分から手のばしたりしないのに……」
梓も賛同する。
「……なんか、『魔法が使える』って、人間が思ってるのと違って辛いことなんだね……」
信冶は2人の魔族を見ながら呟く。
「そうだよ。大変なんだから!……ってちょっと話ズレちゃったなあ。それはとりあえず置いといて……。つまりね、私は普通の魔族よりも、持ってる魔法物質が極端に少ないの。だから私は命がけになっちゃうってこと」
「なるほどね……。由実香は?」
「えっ、あ……私は平気です」
由実香は少しまごついたが、そう答えた。
「そっか」
「私みたいのはそんなに多くないよ。それに私と同じ人たちの中でも、魔法物質使い切って死んだ魔族なんてほとんどいないし」
「それでもお前、気をつけろよ」
啓太が言った。
「へへっ……うん」
梓は素直に頷く。
「ありがとう。教えてくれて」
信冶は2人の魔族に礼を言った。
「いえいえ」
由実香はいつも通りの言葉を返す。
「どういたしましてっ」
梓も笑顔でそう返す。
「……さて、明日はこのまま西に行ってウェルドを出よう」
信冶の提案に他の4人が頷き、5人は就寝の準備を始めた。
◆ ◆ ◆
「何これ……」
奏の眼前にあるのは、焼け焦げた収容所である。その前には、魔族や人間たちが倒れている。
「大丈夫ですか……?」
奏は傷ついた軍人の1人に声をかける。
「あ、ああ……大丈夫です。救護班も、動いてますから……。あなたたちは……?」
「アクネの0309小隊の者です」
「アクネの……そうですか……」
「これは……北原、ですか?」
奏は少し躊躇いながら問う。
「ええ。この収容所の魔族も、ほとんど全員解放させてしまいました……」
「そう、ですか……」
「うちの小隊の1人とここの収容所の看守の裏切りもありましてね……隊は総崩れ。小隊長も……」
「……」
「北原はその軍を裏切った2人とここの収容所にいた魔族1人を連れて、5人で逃亡しました……」
「……ごめんなさい」
「え……?」
「奏、行こう」
将太が言う。
「……うん」
「あ、あの」
去ろうとする2人を軍人が呼び止める。
「はい、何でしょう……?」
「北原を追うのなら、うちの小隊に、まだ元気な連中がいるんで、連れていってもらえませんか?」
「えっ?」
「あいつら、隊長の仇を討つって言ってまして……。しかし1008小隊の立て直しには、しばらくかかりそうなんで……」
「……分かりました」
奏は頷いた。
(信冶……自分が何してるか、分かってるの……!?)
彼女はかつての友人に、強く訴えかける。